松本清張『老春』(「新潮」昭和三十六年十一月号)を読んだ

 わたしはこの16日に62歳になる。高齢化社会になってしまった今「老い」への関心はいやますばかりだ。たぶんわたしひとりではないだろう。
 約半世紀まえに書かれたこの短篇はとても身につまされる。清張さんは「あとがき」(光文社 松本清張短篇全集10 『空白の意匠』)で書いている。
 「老春」(ろうしゅん、ルビ)は、老人の性欲といったものを描いた。 『新潮』には、これにつづいて「筆写」「尊属」の二編を出している。この種のものは、あとも書く気持はある。
 読むと笑う、そしてすぐにわびしくなる。せつなくなる。老醜は映画にしにくい。汚なさに観客は目をそむけたくなるに違いない。それを「美しく」ユーモアたっぷりにしかも乾いた映像にできるのはもしかしたらわたし以外に世界中にもそうたくさんはいないのではないか、と自負している。
 15年前に撮った川端康成原作『眠れる美女』は大コケにコケた。興行的に失敗した原因をいまではよく理解できる。失敗に懲りずに再度この手のものに挑戦しようかとむくむくと意欲がわいてくる。谷崎潤一郎の『瘋癲老人日記』などと同系列の作品。一読に値します。
[PR]
by hiroto_yokoyama | 2010-03-03 06:44 | ブログ
<< 「第60回ベルリン国際映画際報... カトリーヌ・ドヌーブの豊かな腰つき >>