「連帯を求めて孤立を恐れず」

 浅学のわたしはこの標語はてっきり全共闘の貧乏学生が言い出したとばかり思っていた。毎日新聞2月26日の夕刊3面、中山裕司という人の記事「特集ワイド」「谷川雁 再びの息吹」によると谷川雁が残した言葉のようである。不勉強を恥じて出典を探してみたい。
 昨年末ツイッターをはじめたがわが日本の村落共同体につきものの付和雷同というのが目立ち嫌悪感を催すことがままある。「付和雷同」は広辞苑によると 「自分に一定の見識がなく、ただ他の説にわけもなく賛成すること」らしい。アメリカに行く前はこのベチャーッとした現象はアジア特有のものとばかり考えていたがそうでもないらしい。「ピアプレッシャー」というのがあると聞いてちょっとびっくりした。どういうことかと言うと小学生などがクラスの誰かが例えばユニの消しゴムを買ったら誰かが真似する。すると他の子供がすぐ親にねだる。あっというまにクラス中がユニの消しゴムだらけになるそうな。わたしは質問した。「ミーは天の邪鬼なのでそういう場合は絶対ユニなどかわない。どこかから拾ってきてでもオマケについてくるような消しゴムを使うだろうがそういうガキはこのニューヨークにもいるのか」返事は「イエス」。「じゃきっといじめられるのだろうな? 」と尋ねると「ノー」なのだ。その子はクラスのヒーローになるらしい。(わたしは天の邪鬼だから映画を撮ることができたのだ)
 いいことを聞いた。やっぱり鬱陶しい梅雨の空みたいな日本人の人間関係と西欧の個人主義は違うなあと感心した。ああ、そうそう「連帯を求めて孤立を恐れず」に話を戻すとあの爬虫類総理鳩ポッポがツイッターをたしか1月に始めた。自民党の誰かが「ツイッターやるひまがあるなら普天間問題を真剣に考えるべきだ」などと言っていた。わたしはメトロノームのように揺れに揺れるカメレオンのツイッターなど誰も読まないだろうと予測していた。ところが驚くなかれ鳩ポッポのフォロワーは約35万人もいると新聞に出ていた(わたしは20名! )。嫌になるよ(タコ総理のフォロワーが多いことを羨んでいるのではない)。権威に弱いというか総理と名がつけば「一定の見識がなく、……わけもなく賛成する」輩がわんさかつめかける。汗でぬれたシャツが背中にベトッと張り付いたような不快感を持つ人間はわが国にはあまりいないようなのだ(気持ちがいいと感じる奴の方が多いのだろうか? だからきっと女子高生の汚い股ぐらを盗撮する馬鹿ばっかりになるのだよな)。
 再度言う。誰が言ったか知らないが「連帯を求めて孤立を恐れ」ぬ勇気を持つことはとても大事なことだと思う。死んでもこの感性をわたしはすてるつもりはない。
[PR]
by hiroto_yokoyama | 2010-03-07 13:15 | ブログ
<< 松本清張の書いた短篇数を訂正 映画の照明について知っているほ... >>