奥付を見ると1975年11月30日となっている。この本の広告を新聞でみてすぐに本屋にいった。当時わたしは東映東京撮影所の助監督だった。撮影所に入所して2年半。仕事に慣れて、そろそろ「俺はこのまま助監督で終わるのだろうか」という不安が頭をもたげはじめていた。上下2冊いっしょに購入することは珍しい。わたしは慎重(というかケチ)なので、読んで面白くなかったら損をした気になる。普通なら上巻だけしか買わない。
一気にむさぼり読んだ。撮影所の製作課でたまたま菅原文太に会った。彼は何だか用事をすませたようで暇そうだったので『復讐するは我にあり』を読んだか尋ねた。わたしは深作監督で菅原文太主演で映画化すると面白いと想像したので聞いたのだが彼は読んでいなかった。 記憶違いでなければ『復讐する──』が直木賞を受賞する前からこのドキュメンタリーノベルの映画化をめぐって映画各社で許諾の争奪戦がおこなわれた。結果最後に名乗り出た今村昌平監督にドラフト逆指名の形で原作者・佐木隆三が映画化許諾を与えた。 今回なぜ再読したかを言えば、わたしが新聞の見出しを読み始めたのはこの事件が起きてからだ。(秘密の自伝執筆についていろいろ確認している)事件発生はたしか高校1年生の秋だった。小説では「榎津 巌」となっているがこの日本中を騒がせた連続殺人事件の犯人の本名は西口彰。「筑橋市」は福岡県行橋市。わたしの生家(飯塚市)から車で30分くらいの所で最初の事件が起きた。多感な年頃のわたしは戦慄を覚え宇高連絡船か何かで西口が偽装自殺のためにフェリーに残した靴をめぐる記事を夕刊でじっくりと読んだ記憶がある。 再読といってもさっと流し読みをしただけだが本を初めて読んだとき(昭和50年)、事件が起きたとき(昭和38年10月)その両方を思いだしああそうだったそうだったと思いおこしている。とくに身近な女性たちのこと。 不謹慎のそしりを覚悟しながら『復讐するは我にあり』下巻140ページと141ページから引用する。 ●女には不自由せなんだな。初めのうち金で買ったが、浜松で浅野ハル(映画ではたしか小川真由美が演じた)が「先生(西口のこと)、今夜からムダ使いやめたら? 」と謎をかけてきてからは、買わずに済むばあいは買わずタダで使わせてもらうことにした。ということは、……しかし女が居るから犯罪を起したわけで、どうもわかりにくいな、女は魔物だ。そこで一句浮んだぞ。犯罪の 前後左右に 女あり ちなみにわたしにとって女性は魔物ではなく天使です。もうひとつ。 ●湯河原温泉へ行ったのは、宇都宮の旅館の女を連れ出したからだ。二十歳くらいの素直な娘じゃったなあ。送って行くと言うても、帰りとうない、どこか遠くへ連れてってえ、と離れんのだ。よっぽど〝遠くへ連れて行って〟やろうかと思うたが、「あんたの人生はこれからじゃないか」と励まして、宇都宮へ送った。別れる晩は、こっちも涙が出たなあ。何発やったか? そげな下品な話は好かんよ、そっちで想像してくれ。 つけたせば、直木賞の選評にこの小説は人間が描かれていないといったような評があったと何かで読んだが、わたしはそんなことはないと思う。西口という人間はちゃんと描かれている。今村監督の映画には大いに不満。というのは西口と父親との相克が軸になっている。その分わかりやすい。しかし西口はそんな分かりやすいタマではない。もっともっとワルだ。とんでもない悪人だ。 誤解を恐れずに言えばわたしが映画監督などにならずに医者になっていたら西口みたいな人間になったかもしれない。医者になることが出来なくて幸いであったと言うべきか。
by hiroto_yokoyama
| 2010-04-02 07:46
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