映画『黄金の腕』を見た

 バーンステインのタッタタタタタタッタカタータ(文字ではあらわせない!)というあまりにも有名な曲でこの映画は始まる。パッケージに「製作年:1955年」と書いてあるので日本公開は恐らく昭和31年ころだろうか。昭和32年だとしてもわたしは小学校の低学年だった。映画のタイトルと監督したオットー・プレミンジャーの名前は知っていたが映画を見るのはきのう(2月19日土曜日)がはじめて。
 トップシーンはフランク・シナトラ演じる「賭場の凄腕ディーラーだった」フランキーがバスで帰ってくるところ。このシーンはセットで撮られている 。恐らく50代後半から上の世代しかも志をまだもっている古い映画人(ほとんど死んでしまったが)にしか現場での撮影の醍醐味は分からないだろうがわたしは見ていて嬉しくなった。
 むこうのビルの陰からバスがあらわれクレーンにのったカメラが下がるにつれてこちらに向かってバスがやってきて停まる。荷物を持ったシナトラが降り、彼がなじみのカフェまで歩いていく。「ワァ、これが映画だ」とわたしは現場の段取りを思い浮かべながら楽しく感じた。
 いま500円だしてDVDを買ってこの映画を見た人にしかわたしの拙文を読んでもなんのことやら分からないだろう。原稿料を貰うならこんな訳の分からない文章は書けない。ブログだからできる。
 双葉十三郎『外国映画ぼくの500本』(文春新書313)の51ページに双葉さんのこの映画評が載っている。☆が四つ。(「☆☆☆☆以上=ダンゼン優秀」とP.6にある)
 「この映画の物語にはあまり感心しないのだが、場面にリアリティがあり、テレビ中継みたいななまなましい感じが出ている」と評論家みたいなことを氏は言っている(双葉十三郎氏は高名な映画評論家だからあたりまえ)。
 「人物の造型としては悪妻エリノア・パーカーが面白い
 「キム・ノヴァクは派手な役より、この作品の酒場女のようなうらぶれた役の方がいい
 なぜ氏がそう「感じた」のかDVDを静止画にしてわたしならみなさんにいちいち説明できる。双葉さんが「物語にはあまり感心しな」かったのはなぜかコマを戻したり送ったりしながらわたしは興味深くみなさんに分析してさし上げられる。
 「エルマー・バーンステインの音楽が成功の一要素である」という双葉さんの意見にはわたしは全面的に賛成。
 DLPのプロジェクターでこの映画を映写しながらみんなでああでもないこうでもないと映画作りについて語りあえる(自己満足の合評会などとは対極に位置する)日がくるのをわたしは夢見ています。いや、もうそんな日など来なくてもいい。タクシー乗務のない日にひとり部屋で楽しむことがようやくできるようになった幸せをありがたく思っている。
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by hiroto_yokoyama | 2005-02-20 05:00 | ブログ
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