讀賣「JR西 ボウリング大会」朝日「朝鮮人徴用100社調査」

 両紙の1面トップの見出し。わたしが信長なら「脱線3時間後 天王寺車掌区 区長ら43人参加」(讀賣新聞)の者どもの一族郎党全員を打ち首にする。残念ながらわたしは信長ではない。この馬鹿どもに共通しているのはJR官僚が鋳型にはめて作りあげたステレオタイプの脳みそしか持ちあわせていないのでごく当たり前の「判断」ができないという点だ。
 鋳型といえば朝日新聞にはどういう脳みそが集まっているのか? 見出しを読めば分かると思うが、自虐史観かなにか知らないが朝日はこの日本を共産党や民社党とくんで北朝鮮のような共産主義国家にしたてあげたいに違いない。この国を「仏法社会主義」の国だとテレビで発言した国会議員がいたがわたしは見ていてなるほどと思った。共産主義でも自由主義でも社会主義でもかまわないが「小さい国」にしないと日本という国家はたち行かなくなるのは火を見るよりも明らか。
 J・F・ケネディが就任演説で言った有名なことば「国がなにをしてくれるかを思うより自分が国家のためになにができるかを考えよう」(たしかこんな意味だった)をわたしは忘れていない。
 朝日も讀賣もだが記者のひとりひとりはきっと「いい人」なのだろう。激しい受験競争を勝ち抜き「一流大学」を卒業して難しい入社試験に合格した人たちはたぶんほとんどが社会を知らない、知ろうとしない、相手のみになって考えることなど露ほどもできない人たちに違いない。この者たちが集団を形成するとろくなことにはならない。そんな鋳型脳みそ人間の集まりがこの日本を牛耳ってきた。しかし空白の10年か15年かが過ぎてみると鋳型脳みそ人間ほど自分たちには社会をもう引っ張っていけないという自覚をもっているのはほぼ確からしい。問題は「じゃどうすればいい」という判断がこの者たちは「訓練されていない」ためにできないところにある。進歩的文化人などではないしっかり地面に足をつけて生きる、自分の頭で感じたり考えたりすることができる人間に朝日をはじめマスコミにたずさわるエリートどものすべては変身しようという強い意志をもつべきなのではないだろうか? わたしにはテレビを見ても新聞を読んでもさっぱりその「意志」が感じられない。僭越だし、おこがましいとわかってあえて言う。低能新聞記者やぼんくらテレビ局員どもは、わたしのこのブログを読んで、「勉強」しなおしてみたらいい。
 なんども言いますがこのブログはネット上の「掲示板」や「日記」ではありません。もう勘違いする人間はいないと思いますが、浜の真砂のように雨後の筍(竹の子)のように日々なかみのない新しいブログが立ち上がっているようなのでくどく言っておきたいのです。
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by hiroto_yokoyama | 2005-05-05 09:14 | ブログ
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