鶴見俊輔氏にお会いしたいのですが

 押し入れの中から岩波書店『図書』3月号を見つけ出した。43ページに鶴見氏の「自分用の索引pribate index」「一月一話 弔辞」がある。まるまる引用するが、これは著作権侵害になるのだろうか。わたしには分からない。どなたか教えていただけないでしょうか。
吉本隆明の『追悼私記』(1993年、アラビア数字にあらためた。横山)を読んで、その一節が心にのこった。
 「ただ依頼があっても、そんな気もないのにいやいや書いたことは、一度もなかった。」(「あとがき」)
 特に「三島由紀夫」(1971年2月、同上、横山)には、こうある。
「知行が一致するのは動物だけだ。人間も動物だが、知行の不可避的な矛盾から、はじめて人間的意識は発生した。そこで人間は動物でありながら人間と呼ばれるものになった。
 〈知〉は行動の一様式である。これは手や足を動かして行動するのと、まさしくおなじ意味で行動であるということを徹底してかんがえるべきである。つまらぬ哲学はつまらぬ行動を帰結する。なにが陽明学だ。なにが理論と実践の弁証法的統一だ。(略)こういう哲学にふりまわされたものが、権力を獲得したとき、なにをするかは、世界史的に証明済みである。こういう哲学の内部では、人間は自ら動物になるか、他者を動物に仕立てるために、強圧を加えるようになるか、のいずれかである。」
 三島の自死に際して、同時代に発表されたものとして、すぐれた文章と思う。
 三島の自死のとき、テレビで見た学生が私に、そのことをしらせてきた。わたしはすぐに、五歳児をつれて家を出て、近くの北野天満宮に出かけた。新聞から電話で感想を求められるのを、避けたかった。ちょうど、北野天満宮は縁日で、そこで団子を買って食べた。ここで、三島についての感想を求める人には、出会わない。彼にたいする私の不意の表現は、うろたえである。
 今もって私には、三島について感想をまとめにくい。敗戦後、「春子」などの作品に私はひかれた。やがて六〇年安保のデモのすぐあとに書いた「喜びの琴」にも共感をもった。右・左どちらかの感情の中に心を置かず、政治の中にあらわれる形を見る警官の造型。
 著者三島のおこした政治行動にはついてゆけない。だが、彼が自分をほろぼすしかたには、自分を超える姿勢が見える。自分を超えるその形を、私は、軽く見ることはできない。しかし、そういうことを、電話口で新聞記者に言ってもしかたがない。当日、私は三島の死について何事も言わなかった。
 三十年余りたった今も、三島由紀夫への追悼の心はある。同時に、彼の政治思想にたいする金芝河のののしりをしりぞけることはできない。私には、今も、三島自死のしらせを聞いたときのうろたえがのこっている。
 追悼の言葉は日常の言葉とかわらない。まにあわないことがある。
               (つるみ しゅんすけ・哲学・評論)

 みごとな文章だ、とわたしは思う。勝手に引用したが鶴見氏だけではなく吉本隆明氏、あるいは岩波書店への著作権侵害になるのだろうか。わたしには分からない。
 さいごに三島由紀夫の自死の日、わたしはなにをしていたか。福岡県飯塚市の実家から家出をしてまもなかった。知り合ったばかりのJALのスチュワーデス(古い言い方)とデートするまえ散髪店に入っていた。仰向けになってタオルで髭をむされているときラジオから「三島が! 三島が! 」とアナウンサーの絶叫する声が流れてきて「事件」を知った。
 ハチ公前にニコニコ顔であらわれたスチュワーデスに渋谷駅頭の電光掲示板を指さして「ぼくはあしたからどうすればいいのだろう? 」と問うた。彼女はどう応えていいか分からず戸惑っていた。2人は気を取りなおして近くの店にはいって食事をしたが、なにを食べたのかわたしはどうしても思い出せない。
 見出しの「鶴見俊輔氏にお会いしたい」というのは嘘です。恐れ多くて用もないのに「お会いしたい」などと言ってはいけない。
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by hiroto_yokoyama | 2005-06-02 23:38 | ブログ
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