「わたしにも生活がある」とほざく奴には虫酸が走る

 大先輩の今村昌平監督が「生活をだいじにするヤツにいい映画は撮れない」とどこかでおっしゃっていたことがある(ご本人に確認し忘れたが)。たしかわたしが日本大学芸術学部映画学科の監督コースに通っていたころ目にした。読んでわたしはどきっとしたことを忘れていない。
 「わたしにも生活がある」と思っている人はきっとたくさんいるのではないか?
 きょう(6月5日)の讀賣新聞31面の「人生案内」を読んだ。見出しは「仮面夫婦で娘も夫を憎悪」――食事の音、くしゃみ、夫のすべてが嫌――を投書した「岡山・E子」さん。この人はなぜ離婚しないのだろう。わたしは読んでまずそう思った。彼女も「わたしにも生活がある」と考えているに違いない。この女は虫がよすぎるのではないだろうか?
 間違いなく「岡山・E子」は「人権派」だ。
 本屋にいって手にして見て、気にいったら買いたい本。(讀賣17面「読書」欄)
自由と社会的抑圧』(シモーヌ・ヴェイユ著、岩波文庫)
現代とは、生きる理由を通常は構成すると考えられているいっさいが消滅し、すべてを問いなおす覚悟なくしては、混乱もしくは無自覚に陥るしかない、そういう時代である」と評者の池内恵(日文研助教授)氏が引用なさっている。
 同紙の15面には柳美里(ユウ ミリ)さんが「空想書店」で
 『自由からの逃走』(エーリッヒ・フロム著、日高六郎訳、東京創元社)を紹介している。この本ならわたしは持っている。読まずにどこかにしまい込んだはず。
 「自由は必然的に、動揺、無力、懐疑、孤独、不安の感情を生み出す
 この日本から「人権派」を壊滅させるための勉強をしたい。役に立ちそうな本(同紙、16面)を下に記す。
 『日露戦争史』(横手慎二著、中公文庫)。戸部良一(防衛大学校教授)氏の評を読むとすぐにでも購読したくなった。「壮大な叙事詩『坂の上の雲』を読んだ人はそれを学問的に評価し、あるいは批判するために……」などと書いてあるのだもの。
 その紙面の下にはPHP文庫の広告が載っている。そのなかに『明石元二郎』(野村俊男著、720円)という書名があった。明石元二郎のことは司馬遼太郎『坂の上の雲』を読んだ人なら覚えている名前だ。
 小野田寛郎氏がテレビで言っていた。「働くのはそんなに偉いことなのですかねえ」という言葉がわたしの耳の底から離れない。「人権派」の定義をわたしは自分でまとめ上げる必要を感じています。
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by hiroto_yokoyama | 2005-06-05 07:40 | ブログ
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