酔っぱらい女にタクシーのなかで吐かれた

 本太二丁目に住むステューピッドないかず後家(30代後半讀賣新聞の「人生案内」に身の上相談していそうな)女がわたしのタクシーに乗って吐いた。同乗したツチヤと名乗る50代の不倫相手らしき成金男にわたしはみごとにしてやられた。
 反省しきり。わたしは人間が小さい。この薄汚い男女をとがめ立てしすぎた。挙げ句メーター料金740円しか取られなかった。悔しい。情けない。もっと卑屈に下手にでて5000円でも10000円でも巻きあげるべきだったのだろうか。いや、決してそんなことではない。成金の醜男を殴らなかった自分がつくづく嫌になる。
 「わたしはたえず学びつつ老いていく
 おととい買った岩波文庫『孤独な散歩者の夢想』(ルソー著、今野一雄訳)35ページ。
「第三の散歩」の劈頭にある文章。
「わたしはたえず学びつつ老いていく」にきょうはどんなに励まされたことか。
 そのあとに続く文。
 「ソロンは老年になってからしばしばこの句を唱えていた。この句には、老境にあるわたしにもそう言うことができるような意味がふくまれている。しかし、わたしが二十年来の経験によって得た知識はまことににがにがしい知識だ。知らないでいるほうがよっぽど望ましい。逆境はたしかに偉大な教師ではあるが、その授業料は高価で、その授業から得られる利益はしばしばそれにかかった費用にも及ばない。それにまた、こんな晩学によってそういう知識を手に入れるまえにそれを用いるのに適当な時は過ぎてしまう。…」
 わたしは不細工なツチヤをいかず後家に嫉妬のあまり殴らなくてよかったのかどうか? 天地神明に誓って言うがわたしはどう考えてもこのステューピッド女に嫉妬はしなかったですよ。ツチヤの顔はしっかり覚えている。こんど会ったらどうしてくれよう。わたしには策があります。その策についてはまた今度。きょうはこれで寝ます。(20050614早朝)
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by hiroto_yokoyama | 2005-06-14 05:22 | ブログ
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