「『青春の門』のモデルがタクシー運転手になるわけがない」

 きょう(7月1日午前3時すぎ)早朝タクシー会社の洗車場での1場面。1年ほど先輩のK.H.氏がわたしの通勤用の車のナンバー(首都圏ではひじょうに珍しい「筑豊」ナンバー)を見て「あれ! 筑豊と言えばあの『青春の門』の? 」とわたしにいつものようにじゃれてきた。わたしはなにげなく「そうですよ。『筑豊の子供たち』で有名だし高倉健、魁皇の出身のあの筑豊がわたしの出身地。じつを言うとわたしは『青春の門』のモデルなのですよ」と言ってしまった。(モデルというのはウソ。東映映画『青春の門』の撮影に『純』のキャンペーンで忙しい中、仲人の深作欣二監督の要請でわたしは方言指導で参加していた。べつのことで原作者の五木寛之氏とは面識がある。氏はわたしのことなど忘れてしまっているだろうが)
 K.H.氏はわたしと同学年(氏は昭和22年の遅生まれ)で、京都のお公家さんのような顔をしている。30歳と年子の28歳、そして25歳の未婚の娘さんたち3人をかかえて生活はたいへんそう(知り合いのお嬢さんたちなのでいくらなんでも「行かず後家3人」とは言えない)。それにもめげずに毎日明るくわたしに「タバコ1本ちょうだい」などと言ってくる。「このタバコ乞食が! タクシー業界の明石家さんま(誰に対しても調子がいいから)め! 」という気分で切り返しているうちになんだか気持が通い合うようになった。
 そのK.H.氏が眉毛の薄い馬面の口をぽかんとあいて「いくらなんでも、そんな見えすいた嘘を! 『青春の門』のモデルがこんなところでタクシー運転手をしているわけがないでしょ」とのたまった。わたしは反射的に顔が歪んだ。あ、しまった。「俺は掃きだめ(タクシー業界)の中の鶴」という意識がつい出てしまったのかも知れない。これはまずい。
 それ以上にK.H.氏が「タクシー運転手まで堕ちてしまった」という気分をもっていそうなのが気になって仕方がない。
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by hiroto_yokoyama | 2005-07-01 20:22 | ブログ
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