本を読むには運転で疲れたときがいい

 雨が降っているときのわたしの最高の贅沢はそとの雨の音を聞きながら寝っ転がって好きな本を読むこと。きょうは読書はしないで『プルターク英雄伝』2をネットで注文した。きんじょのビデオ屋に2、3日で届く。さいたま市立図書館は先月からネット予約ができるようになった。仮パスワードを変更してためしに木田元『哲学と反哲学』、『現代の哲学』、アドルノ『啓蒙の弁証法』の3冊を借り出し予約してみた。本がもよりの図書館に用意できたらメールを貰うことになっている。
 おとといもきのうも「とおまわりをしている」とタクシーの客に文句を言われた。おとついの酔っぱらいは金を多く払いたくないからではなく本太(浦和駅東口のちかく)育ちなのでただ言ってみたかっただけのよう。きのうの新興宗教の信者ははじめて通る近道を遠回りされたと勘違いしたようで金を払って降りるとき「つまらないことを言ってすみませんでした」などとわびていた。
 それにしても「氏(うじ)より育ち」とはよく言ったものだ。酔っぱらいも新興宗教もまず氏(うじ)はそこそこのよう(まあまあ裕福な家の生まれ)。ただ育ちが両者ともに悪い。しかも人間が小さい。「しかも」ではないのかも知れない。人間が小さくなるような育ちをしたのだ。
 わたしにとってこの者たちのことはどうでもいい。人間についてあれやこれやと考える。その材料を遠回りクレームの2人がわたしにくれたのだ。映画の脇役というか刺身のツマみたいなものをリアリティをもって描けるだろう。視線の動かし方。しぐさ。こういうものがわたしの網膜にしっかりと焼きついているので俳優に芝居がつけやすい。
 で、さあ、本を読もうというだんになり時計を見るともうお昼。ろくなものも食べさせていないのでガリガリに痩せた栄養失調気味の息子2人が2階でセンベイ布団に臥(ふ)せっている。起こして安い肉でも腹一杯食わせてやろうかとわたしは思いはじめた。
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by hiroto_yokoyama | 2005-07-04 13:42 | ブログ
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