おもわぬ拾いもの

 きのう雨のなか妻をむかえに行くとちゅう本屋によった。受験参考書コーナーで『世界史総合図録』(山川出版社)を税込み780円で購入。『プルターク英雄伝』を読んでいるとどうしても地図で場所を確認したくなる。
 レジの脇に『図書』(岩波書店)7月号があったのでこれを貰う。Arthur Binard(アーサー・ビナード)という人は詩人らしいがわたしは不勉強でどんな人か知らない。この人が「記憶に鮮やか」という一文を書いている。その冒頭。

Incident
   Countee Cullen
Once riding in old Baltimore.
Heart-filled, head-filled with glee,
I saw a Baltimorean
Keep looking straight at me,
Now I was eight and very small,
And he was no whit bigger,
And so I smiled, but he poked out
His tongue, and called me, "Nigger."
I saw the whole of Baltimore
From May until December;
Of all the things that happened there
That's all that I remember.

事件
   カウンティー・カレン
ボルチモアにきて、なんだか嬉しく
その日、うきうきと路面電車に乗った。
すると車内に一人、こっちをじっと
見詰めているボルチモア人がいた。
ぼくは当時まだ八歳で、体が小さく
相手も同じくらいの少年だった。
笑顔で見返すと、彼はいきなり舌を出し
吐き捨てるように「黒ん棒!」といった。
五月から十二月までボルチモアに滞在して
街をだいたい見て回ったはず。
いろんなことがあったに違いないが、今
思い出せるのは、あの一件だけだ。

 以下つぎのページまでアーサー・ビナード氏の文は続くのだが、上の詩(だけ)が心に残る。
 もうひとつ。
 柳田国男に『妹の力』という著書がある。これは「いもうとのちから」と読むのか「いものちから」と読むのか。藤井貞和という人が書いている。「…教科書調査官から『いも』とルビを付けなさいという、指示をもらったことがある。一般には『いものちから』と読まれているから、というその時の説明だったかと記憶する。」なんだか国会答弁のようだがわたしはそうか! と思った。「いもうとのちから」と読んできていたがこれからは「いものちから」と読まないとならないのか。なるほど。筑摩書房『柳田国男著作集』(『全集』だったかも知れない)全40数巻は飯塚市の母の医院の病室に眠ったままだ。
 藤井氏は末尾に(ふじい さだかず・立正大学・詩人)と書いているが立正大学の嘱託か正社員(教授、助教授)かなどはどうでもいい。人を煙(けむ)に巻く文を書いて原稿料を貰う人がわたしはどういう人なのか知りたいとも思わない。
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by hiroto_yokoyama | 2005-07-10 13:40 | ブログ
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