エリザベスカラーと天草四郎

 犬猫を好きな人ならご存じだろうが畜生たちが傷口を舐めたりしないように獣医さんたちがラッパのようなものを首につけてくれる。変なものを首につけられてしおらしくしている姿を見るとどこか滑稽だ。滑稽ついでに告白する。わたしが九州英数学館で受験勉強などせず暇を持て余していたころ九州大学のキャンパスで犬に白いペンキで眉毛を描いてやったことがある。犬はなんのことやら分からずすましてその辺をほっついていたがその犬の飼い主か動物愛護協会の人に見つかったらわたしは死刑を宣告されたかも知れない。犬には眉らしきものは見あたらない。その犬が眉毛をつけている姿を想像してみると興味深いですぞ。(『シンボルの哲学』という有名な本を途中まで読んだ覚えがあるが、是非これを機会にどこかから探し出してこよう)わたしがはじめてエリザベスカラーを見たのは浦和にこしてきた1988年頃だった。妻にあれはなんだと聞いてはじめて知った。天草四郎の肖像画を見た人は多いに違いない。首にぎざぎざのついたものを巻いているのが印象に強い。わたしは犬が首にエリザベスカラーを巻いているのを見るとどうしても天草四郎を連想してしまうのだ。おかしいでしょ?
 むかし東映が大島渚監督で『天草四郎時貞』という映画を作った。画面のあまりの暗さに「お母ちゃん見えないよぅ! 」と全国の映画館でこどもたちが悲鳴をあげたという。サライ族の映画好きならこんなことはよく知っているはず。
 そんなことはどうでもいいが、けさ(8月23日)のニュースで栃木県に馬頭町(ばとうまち)というところがあるのを初めて知った。そこに広重美術館というのがあって9月19日まで歴史物語や小説に登場する英雄(ヒーロー)たちの浮世絵を展示する「浮世絵英雄列伝」という催しものをやっている。テレビにどことなくユーモラスな弁慶などが映っていた。ぜひ見てみたい。
 パラス・アテネという学芸と戦争の神さまがいてホメロスを映画にするならアニメでいくしかない。俳優をつかうと嘘っぽい。なんとかいう画家が描いた絵を見てわたしはパラス・アテネはこれでいくしかないと思って展覧会でその絵の絵はがきを買った。だいじにしまっていたらどこかにいってしまったが。
 例えば弁慶とかパラス・アテネの絵をコンピュータ・グラフィックスで動かす(CGの制作費がたくさんかかってしまうが著作権の心配はしなくて済む)。実物の人間が演じるよりリアリティを画面に持たせることが出来るのではないか。そんな映画をわたしは撮ってみたい。暑気あたりでそんな妄想がうかんでしかたがない。もう少しすずしくなったら妻をお供につれてカーナビを頼って栃木県の馬頭町までいってみようかと考えている。エリザベスカラーと天草四郎とか言いましたがわたしの言いたいこととあまり関係がありませんでしたね。ごめんなさい。
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by hiroto_yokoyama | 2005-08-23 21:09 | ブログ
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