明智光秀は殺されなかったという大学教授がいる

 『日本地図から歴史を読む方法 2』(武光誠 夢新書S202、河出書房新社)を買った。その90ページ。「…光秀は夜中に小栗栖(京都市伏見区)の竹やぶで落武者狩りの農民に討たれたと公式には発表されている。しかし、織田家中にあって知謀をうたわれた光秀が、やすやすと農民の手にかかったとは思えない。
 何者かが光秀に、信長を倒したのちに自分のもとをたよるように申し入れていたのではないだろうか。徳川家康の引き立てを受けた僧天海が実は光秀であるとする説もある。
 朝廷と光秀と家康の三者の間で、密約が結ばれていたのではあるまいか。この密約があったからこそ、光秀は強敵織田家に牙をむくことができたのであろう。山崎を逃れた光秀は、出家して比叡山などで修行したのちに徳川家康の政僧として迎えられたのであろう
。」
 大学の先生(武光氏は明治学院大学教授)ともあろう人が憶測だけでものを言っている。恐ろしいことだ。わたしは白けた。金を払った以上捨てるのはもったいないから泣きながら押し入れに放り込んだ(本当は破り捨てたい)。1950年生まれのこの学者は眉唾ものですぞ、みなさん、気をつけましょうね。いい加減なことをぬかして銭をとるのは朝日新聞くらいでいいのにね。
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by hiroto_yokoyama | 2005-09-09 22:09 | ブログ
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