「それでいいのか 蕎麦(そば)打ち男」

 讀賣新聞「ぴーぷる」1面に「定年後も社会との回路を」などと気の利いた、中身のない軽い記事が出ていた。著者は1950年生まれの女プロデューサー。わたしは彼女を1度パーティで見かけたことがあるが人の褌でしか仕事ができない(リスクを決してしょわない)部類の人間。それにしてもサライ族へむけて「それでいいのか 蕎麦打ち男」というタイトルはなかなかいいではないか。しかしこの本を誰が買って読むのだろうか? 広告代理店勤務者だけだろう。
 おなじ1面の下部にタクシー・ハイヤー乗務員募集の広告がすごい。むかし上京したてのころ知りあった映画青年が「東京でタクシーに乗るなら大日本帝国にしなさい」と親切に教えてくれた。大日本帝国というのは「大和」「日の丸」「日本」「帝都」「国際」のことだったのだろうか。この5社に加えて「東都」も広告を出している。
 勇気と志のあるサライ族がどんどん運転手になっている。「志」(こころざし)というのは「よいしょ」がすぎるがわたしの勤務するタクシー会社にもくたびれ果てたサラリーマンが流れ者の運ちゃんともども殺到している。
 きょうの讀賣新聞はあまりおもしろくないので長男が友人から貰ってきたチョイノリより遥かに高性能の原付スクーターでコンビニに産経新聞を買いに行った。両切りのピースもわたしにはかかせない。ピースをくゆらせながら産経1面の石原知事「日本よ」を読む。きょう(10月3日)のタイトルは『新しい危機構造の到来』。志と向上心が僅かでもあるサライ族ならぜひ読んでみたらいいですよ。
 こんなことをブログで書くのは「連帯を求めて孤立を恐れず」という標語がわたしはたまらなく好きだからなのだ。
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by hiroto_yokoyama | 2005-10-03 08:15 | ブログ
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