加藤廣『信長の棺』(日本経済新聞社)を読みおわる

 この本がすぐれているのはあの『信長公記』の著者太田牛一を主人公にすえたこと。その1点。わたしも同じことを考えていた、とか言っても始まらない。加藤氏の総見に脱帽。
 同書145ページにでてくる信長のせりふ。「これからの余は、この国の無能者の掃除人になることに決めた。法華も、その塵芥(ちりあくた)の一つ。天下布武は、その手段ぞ」このフレーズはフジテレビ「報道2001」で紹介された。信長は著者の加藤氏によると天皇はいいがその取り巻きである「おじゃる衆(公家)」も無能者とみていたらしい。
 ではなぜおじゃる衆はだめなのか? それは国中の暦(こよみ)を統一できない(=無能)からと氏は言う。もうひとつは金平糖(若い人は知らないだろう。わたしの父は金平糖が大好きだった。この小説では「コンフェイト」という名ででてくる)
 「このコンフェイト。この国の菓子司は、今もって誰も作れませぬ」と主人公の太田牛一に言わせている(339ページ)。ここまで読むと小泉総理の構造改革と郵政民営化がこの小説にダブってくる。現代日本の無能者は銀行、生保、損保、証券、広告代理店は言うに及ばず官僚とサライ族、そして朝日とNHKに代表されるマスコミ全般(これはわたしの意見)。いまの日本には無能者が多すぎる。わたしなどは掃除人などにはなれっこないのでこの無能者どものたがいの殺し合いを待つしかない。
 で、小説としての『信長の棺』はわたしの採点では60点。本能寺と阿弥陀寺か南蛮寺か知らないがトンネルでつながっていたとする説(なんと信長は光秀に襲われてそのトンネルを使って逃げようとした! )。武田信玄なども敵の城をおとすとき銀山の掘進夫を使っていたようなのでトンネルを掘ることにリアリティはあるのかも知れないが抜け穴を小説の謎解きに使うとなると荒唐無稽になってしまうのだ。もう1つ。女が描けていない。司馬遼太郎や新田次郎などこの世代に共通している点(「男女7才にして席を同じゅうせず」の最後の世代)かも知れないが男女関係のところがまったくおもしろくない。女性の読者(がいたらの話だが)がこの本を読んだとしたらどんな感想をもつのだろう。
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by hiroto_yokoyama | 2005-10-03 14:50 | ブログ
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