母親に毒をもった少女について

 この少女は『毒殺日記』という本は読んだのだろうが先日わたしがこのブログに書いた三島由紀夫の『中世~』という短い小説は読んでいないに違いない。三島由紀夫の名前すら知らなかったかも知れない。もし『中世~』を見ていたら人を殺すことを想像するのは勝手だし人間なら誰しも人を殺したいと思うことはふつうにあること。想像のなかでこそ「殺人」は楽しいのだ。しかし実行にうつすとなるとまったく違う(三島は他人は殺さずに自分を殺めた。もし誰かを殺したいならその刃は自分に向けるべき)のだということがこの少女には分かっていなかったのではないか(両親が教えていない)。
 この少女の母親が自分の娘に本当に毒をのませられたのならこの母親は「娘のしたことだから」と諦めるしかない。この女の亭主(娘の父親)はどうしているのだろう。自分は関係ないという顔をしてまさかきょうも仕事に行って「額に汗した」(わたしはこの言葉が大嫌い)としたならこの家族はもうどうしようもない。(週刊新潮にこの男の名前と写真をぜひ発表してほしいものだ)
 数日前死刑反対論者の亀井静香ではあるまいし法務大臣が死刑執行にサインしないなどとほざいて翌朝にはあわてて撤回したらしい。もしこの少女が母親を殺そうとしたのが真実で母親が死んでしまうようなことがあれば未成年でもやはり死刑がふさわしいとわたしは考える。そのときはためらわずにサインができる人間をわたしたちは法務大臣にすえなければならないのではないだろうか。
 マスコミがけっして言えないことをきょうもわたしがかわりに言ってみました。
[PR]
by hiroto_yokoyama | 2005-11-03 20:15 | ブログ
<< 北朝鮮拉致問題について 作家・佐藤愛子さんの記事に励まされた >>