2つの小1少女殺人事件と強度偽装問題

 借金をしてやっとマンションを買ったら震度5でぶっ壊れると分かって世間は大騒動。わたしは内心いい気味だと思っています。広島と栃木でおきた殺人事件は被害者だけがかわいそう。わたしが父親なら仕事を放ッぽらかしても自分の娘を毎日学校までむかえに行っていたと思います。被害者のお母さんもお父さんも車と家のローンやクレジットの返済のためにそんな時間など割けない。「額に汗して」日々忙しくしているからきっとそんなひまなどないのです。無論犯人が1番悪い。きっと死刑になる。それは当たり前。つぎに悪いのは誰がなんと言おうが被害者の両親です。間の抜けた校長や教師、及び教育委員会、とろい警察そして近所の住民。そんなところにはなんの責任もない。
 有希ちゃんの殺された今市市のある栃木県のほかの場所で小野田寛郎さんがルパング島で過ごした28年の経験を生かしてキャンプ場を経営なさっているそうですが、その小野田さんがテレビのインタビューに応えて「働くことはそんなに偉いことなのでしょうか? 」と言っていた。広島と栃木の被害者の両親は子供を迎えに行く暇もないほど「よりよい生活のため」に朝も昼も夜もなく働いているのだろう。労働することは美しい。いいことだ。しかし娘を殺されてはなんにもならない。犯人が1番悪いが申し訳ないが両親も悪い。事件が起きないと動けない警察=国家の責任にするのは間違っています。
 同じ伝で、騙されたマンション住人のために簡単に税金を投入する政府はいかがかと思う。マスコミは購読者拡大のため、視聴料獲得のためだけにつまらない哀れな「物語」を捏造しないこと(受験勉強だけに強かったジャーナリストにそれを言っても粗雑な感性には理解の外だろうが)。行政もそこのところをはっきりさせたらいい。イギリスでブラジル人がテロリストと間違えられて官憲に殺された。そのことについてかの国の大臣か誰かが「テロ撲滅のためには(今後も)そんなことがある」と発言した。わたしは今の日本に欠けているのはそう言いきる勇気なのだと言いたい。人間生きていればそんなこともありますよ。わたしがいたいけない小学校1年生の娘(わたしの2人の息子は23歳と19歳。わが愚息が喧嘩であれ交通事故であれ被害者になったらその状況をよく吟味して場合によれば)を殺されたら誰の力も借りません。自力で犯人を殺すだけです。
 一生の夢だったマンションを買ったら地震が来たら潰れてしまうと分かった。この前の衆議院議員の選挙ではほとんどの国民が小さい政府に投票したのだから震度10では壊れるが5なら潰れないという基準などはどうでもいい。ヒューザーの小嶋は阪神淡路大震災を例にそこのところを強調したかったようだが、わたしなら国家権力の力など借りずに隙を見てこのアホを殺す。国に何とかして欲しいと強度偽装のあわれな被害者たちがきょう(12月3日)組合を作ったようだが情けない奴らだと思う。自分だけがかわいいこいつらは恐らく妻や子のことはきっとどうでもいいと思っているはずだ。
 殺された小1の女の子たち被害者2人だけの冥福をわたしは祈りたい。あとの奴ら(まわりの自己保身だけの大人たち、すなわち警察、学校、両親、同級生の親たち、近所の住民)についてはまったくいい気味だ。
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by hiroto_yokoyama | 2005-12-03 21:19 | ブログ
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