思わず笑ってしまったくだり

 「シナリオ」1961年2月号の特集は「ジャンル研究1“ミステリー”」だ。渋沢龍彦─あの渋沢栄一の遠縁にあたるらしいと最近知った─が「仮面について──現代ミステリー映画論──」と題して興味深い論文を書いている。その一部分を引用させてもらう。
 中川信夫監督『地獄』という映画をほめたあと。
「非芸術の芸術とは、いわばグロテスクや悪趣味のなかに、美の再生のための魔術的なヴァイタリティを積極的に追求する方法で、その方法自体がアクチュアリティのための保証となるような、すこぶる危険な点をもっている。かつて前衛舞踊家の土方巽が、らんらんたる偏執狂的な目でわたしを見すえながら、にこりともせず、じつは今度、創価学会のおばあさんを大勢あつめて、彼女たちをヌードにして、ストッキングをはかせて、第一生命ホールの舞台いっぱいにライン・ダンスを繰りひろげてみたいのです、と洩らしたとき、わたしはその着想の非凡さに、思わず口からパイプを取り落し、ウーンと唸ってしまった。「マクベス」の妖婆とストリップ・ティーズの弁証法的統一を、いったい、今までどんな芸術家が着想し得たか。悪趣味(原文には傍点がついている。橫山)という、このどうしようもない強力なアクチュアリティの前に立たされたとき、アンチ・ロマンも、アンチ・テアトルも、いかに観念過剰のこどもだましのように見えることか。いや、わたしはべつだんふざけているのではない。
 ふざけているのではないが、またしても脱線したようであるから
、話題をミステリー映画にもどすとして──さて、ゴシック趣味が、……」
 長い引用になったが渋沢龍彦といえばあのマルキ・ド・サドの紹介者である。勉強しないとならない。
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by hiroto_yokoyama | 2007-05-21 16:46 | ブログ
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