古文は大嫌いだった

 試験のため受験のため古い日本語を丸暗記して覚えるなど愚の骨頂。時期が来れば自然に手が出る。ずっとそう思ってきた。
 きのうの朝木下順二訳シェイクスピア『リチャード三世』をネットで注文したあと妻をバイト先に送り満を持して(? )古本屋に行く。石母田正『平家物語』(岩波新書)を買うと決めふと脇を見ると大野晋『古典文法質問箱』(角川文庫ソフィア)というのが目にはいった。手にとりおおいに迷う。古文をやるのはまだ早いのではないか。いつ死ぬかもわからないのに「まだ早い」はない。遅すぎる。ええぃままよとばかり新書と文庫の2冊をもって番台の小母さんに金を払う。
 家で本の整理をしていると石光真人編著『ある明治人の記録 会津人柴五郎の遺書』で手がとまった。少しまえに読んだ山田風太郎『幻燈辻馬車』で知ったのだが旧会津藩が戊辰戦争後下北半島に追いやられた。それに関連している。帯のおもて「維新の裏面史というべき会津藩の惨憺たる運命を赤裸に描く」。裏には「明治維新に際し、一方的に朝敵の汚名を着せられた会津藩は、降伏後下北の辺地に移封され、藩士は寒さと飢えの生活を強いられた。……『城下の人』で知られる編著者が、……」
 うん? 石光真人だって。同書129ページからだいじなところを引用する。
(柴五郎のこと。横山)に私(石光真人)が接するを得たのは、亡父(石光真清)を通じてである。父と柴翁との交友関係は、少年時代から死にいたるまで続いた。翁は会津の出身、父は熊本の出身で、元来なんの関係もなかった。この二人が結ばれるにいたった因縁は次のようなものである。
 さあたいへん。石光真人はあの石光真清の息子なんだ。今わたしはこの本をむさぼり読んでいる最中です。
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by hiroto_yokoyama | 2007-06-25 07:43 | ブログ
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