わたしの日課

 毎朝、わたしは猫におこされる。まえにも書いたが猫の名前はオスだから寅彦。生後7ヶ月か8ヶ月。川口市のどこか公園にすててあったものを去年9月2日妻が知人から貰ってきた。
 2、3日まえ妻は寅彦に子供を生ませられなくする手術を受けさせた。
 この寅彦がタクシー乗務で疲れているわたしを今朝もおこした。糞をヘンなところでする癖はあいかわらず矯正できていないのできょうは妻が目覚めるまで寅を風呂場に閉じこめてみた。結果、まったく効果なし。
 飼い猫の寅以外にわたしは2匹の野良(家のなかにいない。入れようとしても嫌がる)の雌猫をかわいがっている。一匹は黒猫なのでクロ。もう一匹はブスだから(? )花子。クロと花子のエサはくすり屋のチェーン店で安い物をわたしが自分で買ってきている。
 で、この野良猫どもにエサ(以下ポロポロと呼ぶ)をやるのだが普通にはあたえない。じらしに焦らしてやる。わたしの家では煮干しでみそ汁のダシをとるが鍋からとりだした小魚をこのポロポロの上にのせてやる。そうとう長いこと(ときには半日くらい)焦らす。息子たち2人も妻もわたしのサディステックな傾向を病的だと知っているので「こまったものだ」という顔をして見ぬふりをいつもしている。第三者がわたしの焦らしを目撃するときっと眉をひそめるに違いない。動物愛護協会から間違いなくクレームがつくだろう。
 わたしは野良猫にエサを与えているとき死ぬのではないかなどとさっき思った。そんな死に方がわたしにはふさわしいなどと考えるとなんとなく心筋梗塞でいためた心臓が動悸をおこし始めたような気がしてきた。「あかつきに死す」などという気のきいた題名の映画か小説があったがわたしは野良猫2匹に早朝エサを与えながら死んでいくのが一番似合っているのではないかなどとこのごろ実感している次第です。
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by hiroto_yokoyama | 2008-01-24 08:57 | ブログ
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