居合いを始めようと思うのだが

 近くにある道場に見学の申し込みをしたがいまだに返事を貰えない。かって三島由紀夫がいい刀を見ていると人が斬りたくなると書いていた。それを読んですごいことを言う人だなと思っていたら数十年後、市ヶ谷で腹を切ってしまった。介錯された三島由紀夫の首の写真を見ていると寒気がした。
 わたしはもし居合いを始めるなら人を斬るつもりで稽古にはげみたい。しかし三島由紀夫のように派手に刀を振り回すつもりなどさらさらない。稽古の行き帰り車に日本刀をつんでいるとどういうことになるのか。まず警察に行って銃刀法違反とかなにかそんな罪に問われるのかどうか、そんなところから始めて合法的に練習したい。警察ではなんと答えるのだろう。
 日本刀が持てないなら拳銃はどうか。ピストルを持つなどとはさらにとんでもないことだろう。日本でいま誰か殺しても歴史が変わることは絶対にない。明治維新のころまでは人ひとりころして歴史が大きく転回することはしょっちゅうだったのではないか。
 人をたたっ斬るつもりで稽古にはげみ実はシナリオを書くのだ。人ひとり殺しても時代が変わらないのなら脚本1本書いて世界を変えたい。うつ病を治すにはこう考えるのが一番だし抗うつ剤や精神安定剤を飲んだりするよりも間違いなく効果があると両親が医者だったわたしとしては確信しておるのですがいかがなものでしょうか。
 そう言いながら来週も心療内科に行きます。一点をじーっと見つめている(薬のせい)人々の間で1時間も2時間近くも待つのはちょっと異様です。みなさんも一度経験なさるといいですよ。人生に深みが出るような気になりますよ。
(このように書いたからといって重い病気の方々を馬鹿にする気などさらさらありません。短絡的にしかものごとをとれない一見まとも実は病気という人たちをわたしは憎みますが精神科や心療内科に通院なさっている重症の患者さんたちとそのご家族には心の底から気の毒に思っておるということを改めて申し添えておきます)
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by hiroto_yokoyama | 2008-03-20 05:48 | ブログ
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