シベリウスの交響詩『フィンランディア』

 いつだったかNHKFMで見だしの曲を聴いたときいい曲だなと思った。フィンランド独立という時代のなかで生まれ、曲のタイトル「フィンランディア」というのもはじめ問題になったらしい。シベリウスはフィンランドでは国民的な英雄だということだ。こんなことをラジオで知って曲を聴いてみると勇壮な中にもなんだか苦みというか重みみたいなものを感じてさっそくiPodに入れて散歩のときなんども聴いたのだが『フィンランディア』のおかげで歩く距離が伸びた。
 きょうの産経新聞11面の「正論」というコラムで新保祐司(しんぽ ゆうじ)という都留文科大学の先生がこの曲について書いている。そこのところを引用させていただく。
 このところ、フィンランドの大作曲家・シベリウスについて批評文を書きつづけているが、シベリウスの有名な交響詩「フィンランディア」をとりあげ、その時代背景としてロシアからの独立運動のことに筆が及んだとき、……
 フィンランドは、12世紀から19世紀初頭までは、隣国スウェーデンの支配下にあった。
 1808年、ロシアのフィンランドへの侵入をスウェーデンが撃退できなかったため、1809年以降ロシアに服属することとなった。
 完全な領土化は免れ、大公国待遇ではあったが、ニコライ1世の時代から圧迫は強まり、ニコライ2世の治世になると、フィンランドの自由は次々と奪われ、属領化策が強引に推進され、フィンランドでの愛国運動の高まりが激しくなった。
 シベリウスの音楽、特に「フィンランディア」はそのような時代のただ中で生まれてきたものであり、
……
 日露戦争での日本の勝利の後、ロシアに革命が起こり、ついにフィンランドは1919年に完全に独立国となった。日露戦争とフィンランドの独立は、こんな風につながっている。
 さすがに大学の先生だけあってわたしなどより遙かにまとめるのがうまい。どうです。みなさん、少し賢くなったのではありませんか。
 そんなことより、同じく産経新聞のきのう(11月23日日曜日)の1面に載っているが「対馬が危ない!!」らしい。グーグル地図サービスで〝領土戦争〟 /「韓国領」書き込みなんだって。韓国の右翼どもが竹島問題同様、対馬も朝鮮の領土だとほざいているようだがわが日本ではとてものことに国民的な関心には100パーセントなりませんよね。
 日本という存在は息子たちの時代になると恐らく消えてなくなってしまうのではないだろうか。こちとらはとっくに死んでしまっているのだから関係ないといえば関係ないがそんなことでいいのだろうかという疑問は残るのであります。
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by hiroto_yokoyama | 2008-11-24 07:12 | ブログ
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