担当する車両(タクシー)にやっとなじんできた

 前担当者は40代の男性。三郷かどこかの路線バスの運転手になってバードタクシー(仮名)を退社した。それでわたしにお鉢がまわってきたというわけだ。
 ほぼ1ヶ月になる。前任者がごてごてと運転席まわりに妙な部品をはりつけていたのをひっぺがしトランクにもどうでもいいものをしまってあったのを始末し車の癖をほぼつかんでわたしが運転しやすいようにした(英語ではカスタマイズというのだろうか)。運転について例をあげれば発進のとき「D」でスタートするとエンストしやすい(この車は新車のときから、それが顕著だった。アイドリング時でもストンとエンジンがとまってしまい交差点で恐い思いを何度か経験した)。客を乗せて動き出すときは「2」で動かしすぐに「D」にシフトアップする。坂道発進も同じ。
 乗務については2日乗って1日休み、1日乗ってまた休み。そして2日乗るというシフト(というのだろうか)は変わらないのだが洗車をする圧迫感がとれて何とも言えず楽になった。担当車両がないときは洗い方が悪いと担当者から何か言われはしないかとたえず気を配らせられた。(窓の拭き方が悪いと言われたことが1度だけあった。この運転手を殴ってやりたかったのだが暴力沙汰を起す前に本人の素行が悪くてとっくにクビになっている)
 プレッシャーがなくなったらタクシー乗務の日であろうが休みの日であろうが明け番の日であろうが創作(という言葉は好きではない。わたしには立派すぎる)を中心にすえた生活のリズムが作りやすくなったのだ。創作というより頭の中でこんな映画あんな映画と具体的なイメージがどんどん(いや、「ちびちび」という方が正確)湧いてくるのだ。かすかに浮かんだ画面を金魚すくいのようにメモにとる(取ろうと思いながらまだ実行できずにいる)。
 幼少からまわりの女性たちにセクハラしっぱなしの人生だった反省(「思い出」、という方が美しい)を面白おかしい話に頭の中でいくつも組み立ててあるのだが伊勢物語よろしく短篇に仕立てあげてしまう作業もなんだか進みそうな気配(わたしの書くものの主人公の名は「昔男」にすると決めただけ)がわたしの身辺に立ちのぼってくるようで少しいい気分で〆の20日が迎えられそうなのだ。
 そんな具合なので20日の土曜日は湘南に住むMさんを都心に呼び出して久しぶりに映画について人と語りあう時間を持とうと予定している。福岡でH.Y.やF.M.に煮え湯を飲まされた苦い経験にも懲りずわたしは孤立を恐れないでやはり連帯を求めているのかも知れない。(こんな風に書くと格好よすぎますかね? )
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by hiroto_yokoyama | 2009-06-15 05:12 | ブログ
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