映画監督でメシが食える時代はとっくに終わっている

 長谷さん。 「新・カチンコ日記!」
 そしてこのブログをご覧になるすべての皆さん。勘違いをしないでいただきたい。映画監督が職業として成り立っていたのはもう四半世紀くらいまえのことなのです。
 四半世紀まえと言えばわたしの『純』が大ヒットしたころです。ちょうどそのころある雑誌でたしかキネマ旬報の白井佳夫さんが映画監督の年収について書かれたことがありちょっと話題になりました。たしか国民の平均年収が4、5百万円なのに映画監督の年収は2百万円にも満たないという内容でした(数字は正確ではありません)。ちなみに『純』でわたしが稼いだ金は1億にかぎりなく近い数千万円です。
 わたしは映画監督という「職業」の人たちに世間から同情してもらいたくてこんなことを言うのではありません。ちゃんと事実は事実として認識していただいたうえで日本映画界が活性化する可能性を模索することのほうが遥かに現実的だと思うのです。
 長谷さん。そしてみなさん。助監督と映画監督はまったく別の仕事です。魚屋さんと床屋さんが違うくらい違う仕事なのです。
 あの有名なビートたけしさん、映画を監督するときは本名の北野武さん。あの高名な市川準さん。おふたりともタレント業、CMディレクターという本職をおもちです。タレントもCMディレクターも助監督も映画監督に近いようでありながら似て非なるものなのです。
 映画監督は立派な職業であるという幻想は早くお捨てになった方がいい。その上でビートたけしさんや市川準さんのように長谷さんも別の仕事を持ちながら映画を撮る(監督する)ことを模索すべきなのではないでしょうか。
 「助監督の仕事がきたら、断れ」とどなたがおっしゃったのか知りませんが余計なことですが日本映画の周辺にその種の頑迷固陋さが蔓延していることがいちばんの問題だと考えています。もう1度言います。助監督と映画監督はまったく別物なのですよ。
 さいごに一般の方々に理解が行きやすいように数字をあげます。日本映画界が年間稼ぎ出す数字は2000億円、漫画やアニメは7000億円、もっと分かりやすく言えば「ネジ」がありますがあのネジだけを作る地味な仕事があるのですがそのネジの業界が稼ぎ出すのが6000億円。わたしは日本映画はもはや産業とは呼べないと『純』のころ池袋の文芸座の三浦社長から教えていただいたことがあります。そのことを金科玉条といいますか座右の銘にしたおかげでわたしはこんにちまで生きてこられたと信じています。わたしの世代は石を投げたら「痛い! 」というより「映画撮りたい」と叫ぶ人の方が多い夢見がちの世代なのです。しかも数から言えば、わたしの世代の人口が一番多い。長谷さんのお父上もわたしと同世代だそうですよね。
 同じ歳の映画監督は相米慎二監督が亡くなったいま、わたし1人なのです。映画監督が職業であった時代はもうとっくに終わっている、とそのわたしが言うのですから長谷さんも「映画監督はカッコいい立派な職業」という古い固定観念を捨てて助監督をやりながら(別の仕事をしながら)、そのあいまに映画を撮る方法をわたしと組んでまさぐりませんか。
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by hiroto_yokoyama | 2004-08-15 07:41 | ネット映画講座
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