酒井法子で映画を撮るなら

 わたしはたったいまデフォー作、伊沢龍雄訳『モル・フランダーズ』(岩波文庫、上下)の下巻を読み終えた。
 デフォーと言えば『ロビンソン・クルーソー』の作者としてあまりにも有名。福岡で映画塾のまねごとをやっているころ読んで感動した。以来「クルーソー」のようにありたいと思い続けている。
 そのデフォーの『モル・フランダーズ』をあのバージニア・ウルフが高く評価しているらしい。行きつけの古本屋でデフォーの『ペスト』が収録されている筑摩書房「世界文學大系」15巻を100円で購入したのをきっかけにこの『モル・フランダーズ』を引っぱりだして読みはじめた。
 「のりピー」から「らりピー」へ、過熱する酒井法子覚醒剤騒動に嫌気がさしているがこの本を読みながら酒井法子で映画を撮るならこれ(モル)をベースにするのがいいと確信した。興味のある方は読んでみるといかがかな。
 伊沢氏の「訳者あとがき」から『モル・フランダーズ』の長い原標題を引用させて貰おう。
「有名なモル・フランダーズの幸運と不運その他のこと。彼女はニューゲート牢で生れ、子供時代を除く六十年の絶え間ない波瀾の生涯において、十二年間情婦、五回人妻(そのうち一回は彼女自身の弟の妻)、十二年間泥棒、八年間ヴァージニアへの流刑囚、最後に裕福になり、正直に暮し、悔悟者となって亡くなった。彼女自身の覚え書きから書いたもの」
 訳者の感想は
……逆説的に彼(=デフォーのこと)をして文学の新しいジャンルを開かせる結果になった。「法廷の証拠書類を読むようだ」といわれるほどの即物的リアリズム、抒情性をまじえぬドライで平明な文体、――情緒過剰、自意識過剰の現代小説のあとで、デフォーを読むと一種の爽かさを覚えるのも故ないことではない。モルはずるがしこく、抜け目がなく、ふてぶてしい。しかし憎めない存在である。そのヴァイタリティには敬意を表したいくらいだ。エゴイズムの塊りみたいだが、温味もある。ひねくれてもいない。犯罪者の暗さもない。要するにモルの生き方はたくましく、健康的である。それは下層中産階級から上層中産階級にのしあがったデフォーの生き方にほかならない。
 酒井法子でこんな映画ができるなら、愉快に思う人も多いのではないだろうか。
[PR]
by hiroto_yokoyama | 2009-09-22 18:25 | ブログ
<< メルロ=ポンティ『知覚の現象学... iMacの方が断然いい >>