宮崎孝一訳のデフォー『ロクサーナ』(池田書店)から

 図書館に返却しないとならないので、わたしが興味深いと感じたはじめの部分(11ページ〜12ページ)を引用させていただこう。
……彼がハンサムな男で狩猟が好きだったとお話ししますと、もう外にはつけ加えることはありません。ですから、他の若い女性たちと同様に、私も、彼がハンサムで快活な男だからというだけで選んでしまったのは本当に不幸なことでした。他の点では頭が弱くて空っぽな、教養のない男で、どんな女性だっていっしょになりたいとは思わないような人間でした。ここで私は厚かましいことかもしれませんが、自分自身のその後の行ないのいけない点はさておいて、私の同胞、この国の若い婦人方に向かって老婆心までに申し上げます。もし、あなた方が将来の幸福について何らかの関心をお持ちなら、夫と仲よく暮らすつもりがおありなら、自分の財産を維持し、たとえ何かの不運に会っても、またそれを取り戻そうお望みなら、いいですか、決して馬鹿とだけは結婚してはいけません。どんな夫でも、馬鹿よりはましです。他の種類の夫を持っても不幸になることはありましょう。しかし、馬鹿を夫にしたら目も当てられません。くどいようですが、他の種類の夫を持っても不幸になることはありましょう。ところが馬鹿といっしょになったら不幸になること必定なのです。たとえその気になっても、馬鹿は相手を満足させることはできません。すること為すこと間が抜けていて、何を言っても中身がありません。ちょっとでも分別のある女性なら、うんざりするに決まっていますし、一日に二十回も胸がむかつく思いがすることでしょう。女性が、ハンサムで見た目の悪くない男を夫と呼んで人前に連れ出したのはいいものの、その男が何か言うたびに自分は顔を赤らめなければならないなんて、こんなつらいことはないでしょう。他の殿方は筋の通ったことをおっしゃるのに、自分の夫は何も言えないのです。馬鹿まるだしの顔つきで、さらに困ったことには、変てこなことを口にして、皆から笑いものにされるのを聞いていなければならないのです。
 次に申し上げたいことは、馬鹿にもずいぶん種類があるということです。数え切れないほどの変種があって、どれが一番質
(たち、ルビ)の悪い種類か見当がつかないほどです。ですから、私の申し上げたいことは、どういう種類の馬鹿も絶対に相手になさいますなということです。瘋癲(ふうてん、ルビ)馬鹿、まじめ馬鹿、利口馬鹿、阿呆馬鹿すべて願い下げです。とにかく馬鹿だけはお止めなさい。馬鹿といっしょになるくらいなら、どんな道でも、自然の最悪の呪いともいうべきオールド・ミスの道でもお選びになった方がましでございましょう。……
 引用が長くなってしまった。芸能界に限らず身近な夫婦がすぐに思い浮かぶ人も多いのではないだろうか。
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by hiroto_yokoyama | 2009-10-15 07:21 | ブログ
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