松本清張『随筆 黒い手帖』(中公文庫)

 蒲団に横たわり目をあげれば正面にすぐ見える場所に文庫と新書がはいる小さな本棚をおいている。この本の背をいつも見てとっくに読みおわったものと勘違いしていた。たしかにはじめの部分は目を通したような気がするが後半部分から読みはじめ全部読了するまでに残すところ60ページというところか。
 自分の本だが、最近はマーカーも線引きもしないでもっぱらポストイットを貼るようにしている。あとで見直すときにおのれの書き込みでさえうるさく感じるようになったからだ。さて、気になったところを数行引用する。
……木々高太郎氏によると、ヒッチコックが日本に来たとき、こう言ったそうである。自分がかつてつくった映画に、幼児が時限爆弾を知らずに教会に運ぶ場面があった。観客はそれが爆弾であるから、はらはらして見ている。何も知らない幼児は、教会に行きつくまで、途中で道草をくったり、わき見をしたりしてのろのろと歩く。爆発時間は刻々と迫るから観客は手に汗を握る。この、はらはらさせる手法がスリラーのコツだという。……
 このあとに清張さんの考えが続くのだが、わたしは別のことを考えた。題名を忘れたがこの映画をDVDで見たとき驚いた。なんと爆弾は子供(「幼児」と書いてあるが小学生が正しい)の手を離れる前に爆発してしまった。これでは「スリラー」どころの騒ぎではない。あたりまえだが映画は大コケ。ヒッチコック自身「失敗作」と認めていると植草甚一のエッセイで読んだ記憶がある。おそらく清張さんはこの映画を見ていない。木々高太郎の話したことを枕にして違った意見を述べているのだからそれはそれでいい。わたしは映画監督のはしくれなのでヒッチコックの見過ごしがたいミス(基本的に映画では何の意図もなくテーマと関係もしないのに子供を殺したりなどしてはダメなのだ。ヒッチコックは少しおかしい。)の方が気になりこの記事を書く次第であります。
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by hiroto_yokoyama | 2010-01-30 07:08 | ブログ
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