「ええくそっ、いっちょうやっちゃろうかね」
いきなりこんな台詞が出てきても何のことか分からない人の方が多いだろう。松本清張の短篇にあるのだがある印刷工場で働く工員が同居の経営者の奥さんかその妹の裸を見て別の工員に「はたせぬ夢」を吐く愚痴だ。
わたしは飯塚市出身なのでこの言葉のもつおかしみがすぐに分かる。思わず笑ってしまう。そこでわたしは首をかしげる。この台詞のニュアンスを含めて作者の意図することが北九州から離れた土地の出身の人たちにどのくらい伝わるものなのか。
もうひとつ。
昨晩『投影』という短篇を読んだ。プロ野球中継でバッターボックスに立った打者が「見のがしの三球三振」をしたらほとんどの解説者が「せめて1度くらいはバットをふらなきゃ」と言う。清張さんの作品にはわたしにときどき野球のこういう一場面を想起させることがある。短篇でも長編でも読んでいる者にしてみたら「ひどいじゃないか! 」といいたくなるくらい読み始めの数ページで先が見通せてしまう粗末な作品が不思議なくらい時々あるのだ。どうしてこういうことになるのだろうか。きっとものすごく主観の強い人だったのだろうな。
ことしは松本清張生誕101年。間違っても活字になることはない側面をときどき語ってみるのも一興ではなかろうか。