あるブログが潰れブログの女性とも音信が途絶えた

 出会い系のまえにNTTの悪名高い「ダイアルQツー」サービスを使ったツーショットダイアルというのがあった。
 駅前でたくさんティッシューが配られている。わたしは必ず手を出して受け取る。最近はその中にはさんである宣伝の少し厚手の紙をすぐに抜き取って素早くゴミ箱に棄てるのがわたしはうまくなっている。その宣伝はいまはサラ金が多い。ひところまえは配られるティッシューのほとんどがツーショットの広告だったことがある。
 覚えていらっしゃる方も多いだろう。女性は0120だからかけ放題。男性は30分間だけ無料。わたしはその無料の時間をフル活用してたくさんの女性と話しをした。女性の本音を聞くことで女性について多くのことが学べたと思う。
 わたしは30分の時間制限を超えない(超えると有料)ために電話機の横にストップウォッチを用意した。そこでやおら電話に出てくる女性と話す。好奇心と無聊をなぐさめるためなので、わたしは女性に会う気がないことをさいしょに告げる。ほとんどの女性が不思議がった。「あなたのような人は珍しい。初めてだ」しばらく話すと、わたしは「もう少し話しがしたい。だがこれ以上話すと金がかかる。そちらの電話番号は教えて貰えないだろうから、こちらの番号を言う。気が向いたらコレクトコール(料金はこちら持ち)でかけ直してくれないか」
 ほとんどの女性がわたしと話すのが楽しかったらしく、折り返しの電話をくれた。多くの女性との電話での会話でわたしは日本女性の地位の低さ、男性の横暴さ(ドメスティック・バイオレンス、これは日本だけではないが)をイヤというほど知らされた。そんなまじめな話しをつづけているうちに女性が「あなた、声がいいわね」などと言い出すのだ。「若山ゲンゾウさんみたいかな? それともむかし大平徹という人もいた」などと話しをそらそうとするのだが敵は容赦ない。「ねぇつき合っている人いないの? ……奥さんいるの? 」「いるよ。でもさっきつまらないことで喧嘩して女房は実家に帰っちゃった」
 お察しだろうか? みょうな言い方だがほんとうのテレフォン・セックス(? )はそんな具合に始まるのだ。それは決してわたし(あるいは少し女性のことを分かる一部の男性)の欲望発散が目的ではない。女性の寂しさ(精神的な。けっして肉体的なものではない)を慰める都市化と匿名性のために加速度的に息苦しくなる人生の悲しい「出会い」なのだ。
 ブログはその点悲しくも暗くもない。なぜならブログでは完全な匿名性というのはむつかしい。油が水滴をはじくように言葉のうわっつらだけの解釈が行き違いをうむのがネットの掲示板などのトラブルの原因だったなら、そして同じ原因であるブログが消滅してしまったのなら(音信が途絶えたために女性に確認できない)匿名性が無くなっていくブログ化への今は過渡期だからなのだろうか。匿名性に過度によりかかることの危険性を自覚したブロガーが増えていけばインターネット上でもっともっと明るい出会いができる「便利なツール」になる可能性があるとわたしは信じている。
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by hiroto_yokoyama | 2004-09-08 23:57 | ブログ
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