カテゴリ:映画( 207 )

北野武監督『その男、凶暴につき』を見た

 この映画は、わたしの記憶に間違いがなければだが、初め深作欣二監督がお撮りになるはずだった。深作監督は自分の企画のことはほとんど話されなかった。かりにご存命であってもご本人から経緯を聞けたとは思えない。
 北野監督『アウトレイジ』を見たいと思った。「そりゃ順番がちがう。やはり、『その男…』を見てからではないか」と思い直した。この映画にはわたしの映画にかかわったスタッフが2人ついている。チーフ助監督とカメラマンだ。2人とも現在、行き来があるわけではないので多くを語る気はない。少しだけ言えば、北野監督はたいへん義理堅い人らしく、助監督に1本監督させた。わたしは新聞発表でそれを知ったときビートたけしは偉い奴だとおもった。もうひとつ。カメラマンにはこの作品以後も何本も撮らせた。これにも驚いた。初監督するときに最も世話になるのがカメラマンとチーフ助監督(もちろん全スタッフのバックアップあってのデビュー作だが)。カメラマンを辛抱強く使い続けたのには驚愕した。我慢強い人なのだ。わたしに比べて(比較すること自体が北野監督に失礼だが)苦労の仕方が違うのだ。わたしは温室育ちのもやしだ。ビートたけしは、わたしが尊敬する数少ない映画人のひとりだ。なるべくはやく『アウトレイジ』を見に行こうとおもう。
 最後に北野監督が先週だかテレビのインタビューで『その男、凶暴につき』に触れていた。「(はじめて監督した映画なので)カットじりが甘かったりして恥ずかしい」と言っていた。これは監督のせいではない。カメラマンの技量だ。プロが見たら誰でも分かる。北野武監督もさすがに何本目かにカメラマンを他の人に変えたことに気づいた映画ファンはあまりいないのではないだろうか。(カメラマン交代が遅きに失したとわたしは断言する)
[PR]
by hiroto_yokoyama | 2010-07-03 09:29 | 映画

井上靖原作、堀川弘通監督『あすなろ物語』を読んでから見た

 「あすは檜(ひのき)になろう、あすは檜になろうと一生懸命考えている木よ。でも、永久に檜にはなれないんだって! それであすなろうと言うのよ」
 原作には6人の女性が登場する。(映画は3人)トップバッターは冴子。わたしの初恋の人の名も冴子。劇中、上記の台詞を言うのが冴子。
 「あすは檜になろうと念願しながら、ついに檜になれないというあすなろ(羅漢柏)の説話」と井上靖は言うけれど「翌檜」(あすなろう)はいくらなんでも作者の造語とばかり思っていた。念のために広辞苑をひいたらなんと「翌檜」が載っている。わたしはこのことをさっき知った。
 6人の女性の中ではやはり冴子がわたしは1番好き。映画では岡田茉莉子が扮しているがとても魅力的だった。主人公・鮎太は久保賢(のちの山内賢、二話は鹿島信哉、三話は久保明(久保賢の実兄)が演じる)がとてもいい。(わたしの少年時代にそっくり。というのはウソ)
 ちなみに脚本は黒澤明が自分のチーフ助監督を務めた堀川弘通のために書いている(堀川弘通『評伝 黒澤明』でわたしは知った)。
[PR]
by hiroto_yokoyama | 2010-05-09 16:45 | 映画

山本嘉次郎監督『ハワイ・マレー沖海戦』をようやく見た

 昭和17年(1942年)に「太平洋戦争開戦一周年記念映画として、大本営海軍報道部企画、海軍の全面的協力によって作られた戦争スペクタクル作品である」と解説に書かれている。
 監督は小学生のころNHK人気番組『私の秘密』のレギュラー回答者だった山本嘉次郎。いうなれば、「幼なじみ」。その監督の撮った映画ということでタイトルは以前から知っていたが「戦意高揚」映画を忌避する気分が強く、たぶん見ることはないとずっと思ってきた。
 ところが田草川弘氏『黒澤明vs.ハリウッド』(文春文庫)に
 山本嘉次郎監督が書いた『ハワイ・マレー沖海戦』の脚本と黒澤明監督らによる『虎 虎 虎』「準備稿」には、とても偶然とは思えない類似点が数多くある。
 とあり、内容については
 ……簡単に言えば、田舎育ちの純朴な中学生の少年が飛行機乗りに憧れて海軍に入り、猛訓練の結果一人前のパイロットに成長して真珠湾攻撃に参加するまでの五年間をセミ・ドキュメンタリー風に描いた一種の教養小説(ビルドウングスロマン、とルビ)とも言うべき体(てい、とルビ)をなしている。その中でいくつかの師弟関係を組み合わせ、全体を青春群像劇に仕立てている。
 ビルドウングスロマンと聞けば見たくなる。数日まえガールフレンドからの連絡待ちの無聊を慰めるためにビデオで見た。見はじめると115分の長さだが引き込まれた。解説に
 一九四二年一二月に「開戦一周年記念」として封切られ、未曾有の大ヒットとなった。
 とあるがこの映画が今日まで永らえているのは決して「戦意高揚」映画だからなのではない。あの円谷英二特撮監督の功績が大であることは誰が見ても明らかである。この12年後あの『ゴジラ』が世に出た。
[PR]
by hiroto_yokoyama | 2010-05-08 09:21 | 映画

吉田喜重監督『秋津温泉』を見た

 この映画が作られたのは昭和37年(1962年)、わたしが中学2年のときだった。封切りで見たのではない。当時見ていてもはるかに理解の外であったろう。『キネマ旬報ベスト・テン80回全史』によるとこの年公開されてすぐに見た映画は何本もあるが好きな映画は『切腹』『椿三十郎』『おとし穴』くらいだろうか。最後の『おとし穴』はもしかしたら封切りより遅れて見たかも知れない。
 『秋津温泉』は映画監督を志して上京したのち勉強のためにどこかの名画座で見た記憶があるのだがディテールはほとんど覚えていない。きょうも勉強のつもりで再見。岡田茉莉子と長門裕之のまさに「しのぶ恋」というのだろうか、すばらしい。撮影は成島東一郎。色彩と構図がなるほどなるほどとうなづかされる。音楽は林光(わたしは林さんに拙作『卍』の音楽をお願いした)。武満徹はその著『音、沈黙と測りあえるほどに』のなかで台詞が「あくまで観念」なので音楽は「それを官能的な次元に置換えて」「直接的に働きかける」役割を担っていると言っている。まさにこの映画の林光の音楽はその見本のようである。
 ヒロインが最後に死ぬ映画をここのところ続けて3本見た。成瀬巳喜男監督『浮雲』昭和30年(1955年)、川島雄三監督『花影』昭和36年(1961年)そしてこの『秋津温泉』。どの映画もひどく切ない。それでいて心が洗われる気がする。自分では男女のことを知り尽くしていると自惚れていたが中途半端に、頭のてっぺんで分かったような気になっていたに過ぎない。ようやく還暦をすぎて分かるようになって来たのだからずいぶん奥手なのだと驚いている。時既に遅し。
[PR]
by hiroto_yokoyama | 2010-05-03 15:53 | 映画

田草川弘『黒澤明vs.ハリウッド 『トラ・トラ・トラ!』その謎のすべて』(文春文庫)をいっきに読んだ

 この本のことは4年前に単行本が刊行されたときから知っていた。著者には申し訳ないがタイトルがなんだかキワモノっぽくて手に取ることもしなかった。しかし書いた人が田草川(たそがわ)さんという映画評論家でない方というのが気にはなっていた。映画評論家は監督になろうとしてなることが出来なかった人間が多いことから評論家をわたしはおおむね信用しないのだ。
 先月、文庫になったらしく書店で手にしてすぐ買った。いっきに読み終わる。付箋紙を貼りまくっている。わたしの知らないことがたくさん書いてある。どんな本か田草川さんの「文庫版のためのあとがき」から引用する。
 一九六八年十二月に起こった『トラ・トラ・トラ!』黒澤明監督解任事件。
 クロサワが生涯最大の屈辱を受けたあの事件は何だったのか? 何故起こったのか? そして、夢幻と消えたクロサワの真珠湾物語は、我々に何を語りかけようとしたのか?

 映画評論家ではない著者はアメリカに取材して第一次資料を渉猟して書いている。それだけに圧倒的に読む者に迫ってくる。わたしは今読み終わって言葉がでない。
 表紙カバーに本作『黒澤明vs.ハリウッド』で、ノンフィクション作家として史上初の4冠受賞を達成した。とあるのははじめ何のことかと思った。著者自身びっくりなさったようで「文庫版のためのあとがき」に書いている。
 異例といわれた四賞受賞は、第二十八回講談社ノンフィクション賞、第三十三回大佛次郎賞、第五十七回芸術選奨文部科学大臣賞、第三十八回大宅壮一ノンフィクション賞の順。この他、キネマ旬報社の映画本大賞二〇〇六でベストワンに選出された。
 映画評論家には書けないものだというのは読んでいて分かったがこんなに賞を貰った本とはまったく知らなかった。
[PR]
by hiroto_yokoyama | 2010-04-30 10:55 | 映画

ポール・マザースキー監督『ハリーとトント』をはじめて見た

 数日前からこの映画が気になって仕方がなかった。作品名と監督は知っていたのだが老人と犬だったか猫だったか。記憶違いかも知れないが、わたしに「あれはいい映画だった」と教えてくれたのは深作欣二監督ではなかったか。昨日、近所のレンタルショップにあるかないか、犬か猫かを見に行った。するとDVDに猫と老人が写っている。こりゃいいわ、と今朝のオープンを待って借りてきた。
 なんの予備知識もなく今見終わって、いい気持が続いている。主演のアート・カーニーはこの映画でアカデミー主演男優賞をとっている(これもネットで今知った)。ハリーは老人の名。トントは猫だがテレビ映画『ローンレンジャー』の登場人物の名前らしい(劇中、ハリーが言っていた)。「キモサベ! 」と言いながら主人公のそばに寄ってくるインディアンのことだったろうか(これも不確か)。
 ニューヨークで暮らしているハリーが区画整理でアパートを追い出され、ニュージャージー(? )かどこかの息子の家に行く。長男の妻とうまくいかずシカゴに娘を訪ねる。そのあと次男にも会いに行くのだが結局、西海岸にトントを連れてひとりでたどり着く。老人と猫のアメリカ横断ロード・ムービー。
 肩に力がまったくはいっていないピッチャーの投げる球のよう。手もとでグッと伸びる。こう書きながらまだ余韻にひたっている。わたしには逆立ちしても撮れない映画。見てとても得をした。
 前半は飼い猫の長女・さくらが膝にのっていた。見終わったら次女のリボンがそばで寝ている。そう言えばトントは、無意識に雄と思って見ていたが、気にしなかったけれど雄猫なのだろうな(うちの雄猫は写真に写っている寅彦)。
 1974年の映画なので、いまさらだが、猫が好きな映画ファン必見。
[PR]
by hiroto_yokoyama | 2010-04-23 15:33 | 映画

有馬稲子と市川崑

 「週刊新潮」4/29号を立ち読みしてきた。日本経済新聞にいま連載中の「私の履歴書」がネタ。
 新聞広告に小さく「有馬稲子」が暴露した「市川崑」との修羅とあるのが気になった。わたしは有馬稲子のファンなので記事を読んで切なくなった。彼女の映画では『夜の鼓』が思い出される。
 この映画は原作近松門左衛門『堀川波の鼓』、監督今井正。わたしは有馬稲子の映画ではこの作品がいちばん好きだ。
[PR]
by hiroto_yokoyama | 2010-04-22 12:35 | 映画

フィルムセンターの思い出

 わたしが京橋のフィルムセンターにはじめて足を運んだのは昭和41年(1966年)の2月だったと記憶している。わたしは身の程知らずにも東大の文Ⅲを受験(この受験については出身校で物議をかもしたが他で書く)。振り返ってみると受験で上京すると言うよりもフィルムセンターに行きたいという思いの方が強かったのではないか。
 見た映画は市川崑監督『黒い十人の女』だった(同監督『私は二歳』が翌日の上映? )。
 きのうフィルムセンターで2本見た。同日に2本見るというのは何年ぶりだろう。映画は大岡昇平原作、川島雄三監督、池内淳子主演『花影(かえい)』と吉行淳之介原作、中平康監督、仲谷昇主演『砂の上の植物群』。貰ったチラシを見ると前者は1961年(昭和36年)後者は1964年(昭和39年)の製作。すると『花影』を封切りで見たとすればわたしは13歳。中学2年生。ませていたとは言えちょっと考えられない。というのは昨晩見てディテールはともかくつい最近見た映画のようによく覚えている。封切りで見たとばかり思っていたが再上映が初見だったのかも知れない。
 それでフィルムセンターに話を戻すと足繁く通ったのは1970年(昭和45年)映画監督になろうと決意して上京した年と翌昭和46年、5浪ののち日本大学芸術学部映画学科監督コースに入学した年である。ほとんど毎日と言っていいくらい通った。見た映画はこまかく手帳に書き留めていたのだがその手帳を紛失した。100本か200本かもっとか。溝口健二特集、田中絹代特集、ドイツ表現主義特集(違う名称だったかも)ともかく見まくった。
 これからもたぶん命ある限り通うだろうがフィルムセンターの観客の年齢層がむかしに較べて相当あがった。ゲートボール会場に紛れ込んだのではないかと錯覚を起こすほどジジ、ババばっかり。わたしは死んでもゲートボールをやる気はしないがフィルムセンターがいまや老人クラブになりはてたかと思うと情けなくなる。映画の、いや日本の将来を憂う。
[PR]
by hiroto_yokoyama | 2010-04-14 06:46 | 映画

「映画界の人材育成」について

 毎日新聞きょうの夕刊5面「Crossroads」というコーナーに勝田知巳という人が記事を書いている。はじめの何行かを引用。
 かつて「映画の学校」と呼ばれ、映画作りのイロハを教え込む場でもあった撮影所がその機能を失ってから、人材育成の問題が映画界を悩ませていた。……
 この文章を読むと勝田さんという人は若い方だろうと想像できる。わたしは1973年(昭和48年)から4年6ヶ月東映東京撮影所で契約助監督として働いた。撮影所が「映画の学校」と思うことができはじめたのは監督第1作『純』を撮り終えてしばらくたってからのことだった。撮影所は特別の場所ではなくごくごく普通の職場でしかない。刑事が育たないという話はもう20年くらい前からときどき新聞記事などで見る。「事件」は刑事を育てるために起きるわけではない。同じように撮影所は映画を効率よく作るための工場であってけっして「学校」ではない。
 水をさすようで申し訳ないが日本映画学校で講師をしたり福岡市で映画塾をやってみた経験から言えば、映画に限らず仕事というものは口をあんぐり開けてだれかが呑み込ませてくれるものではないと思う。映画界にほとんど絶望している62歳の老人が言う戯言(たわごと)とお聞き流しください。
[PR]
by hiroto_yokoyama | 2010-03-16 18:43 | 映画

村上元三『ひとり狼』(「時代小説の楽しみ 三 関八州の旅がらす」(新潮社)所収)を読む

 映画ファンなら誰でも知っている 市川雷蔵主演『ひとり狼』(監督:池広一夫)の原作。わたしはこの映画のビデオを持っている。
 シナリオ(脚本:直居欽哉)を読んでみたくなりネットで検索してみたが雑誌などに掲載されなかったようだ。残念無念。図書館には村上元三の原作があるので前に読んだことがあるような気がしたがもう一度読んでみる気になって借りてきた。
 もうすぐ62歳。ボケるには早すぎるがどうやら今回読むのが初めてらしい。ビデオはレンタル用のものをネットで求めたのでちゃんと見られるかどうか分からない。テープに黴がはえているかもしれない。再生するのが恐い。デッキが壊れてもいいから近いうちに映画『ひとり狼』を必ずみよう。雷蔵扮する伊三蔵 (いさぞう)は原作のイメージ通りとってもカッコいい。真似したくなる。
 雷蔵の代表作は森一生監督『ある殺し屋』とこの『ひとり狼』だとわたしは思う。ビデオパッケージにある惹句を引用。
おれにドスを抜かせるな、無駄な死人がまたふえる! 木曽の夕陽に冷たく笑う一本どっこの凄い奴!
[PR]
by hiroto_yokoyama | 2010-03-12 21:56 | 映画