カテゴリ:ネット映画講座( 29 )

本多信一著『食べていくための自由業・自営業ガイド』(岩波アクティブ新書122)

 おとといタクシー会社の面接をうけるまでに時間があったので本屋によった。上記タイトルの本を手にしたら「はじめに」のところが目に入った。
「……(30歳で)私は尿道ガンという病気に罹り、
 (自分の命はもうあまりない。それなら念願の無料相談人生に入り、短い余命の期間ながら仕事に悩む方たちのお世話をしよう!)」
 わたしはすぐにこの本を買った。読んでみるととても興味深い。この本の著者の本多さんはガンを克服なさって、わたしより少し年長だが今もとてもお元気なご様子。ウェブログをなさっているのならすぐにトラックバックしたいが、URLが書いてない。
 「個人のための無料職業相談業」という「本業は無収入ゆえ、生活の糧(かて)をあげるべく」「生活を二分し、火・木・土を無料相談日とし、残りの月・水・金でフリー・ライターや講演家、エッセイストやラジオ番組の司会、中小企業診断士、といった自由業をあれこれとやってみたことで、なんとか生き抜いてこられた」
 ガンにかかって33年間も無料職業相談業をつづけて「気が付くと六十代入りしていた」。本多さんはわたしの先達と言っていい。わたしは無収入の本業(映画監督、プロデューサー、ブロガー)と生活のためのタクシー運転手をこれからやっていこうと思っているのでこの本は大いに参考になる。このブログで『食べていくための自由業・自営業ガイド』に書いてあることに何度も言及させていただくつもりなので興味のある方は急いで本屋さんでお買い求めになりませんか。
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by hiroto_yokoyama | 2004-09-17 08:50 | ネット映画講座

文化庁に行きその後脚本家に会う

 わたしはきのうひさしぶりに都心に出た。まず東京駅。文部科学省は霞ヶ関のあの古いいかめしい建物だとばかり思っていたら、三菱重工のビルに移ったと知って驚いた。たしかこのビルはだいぶ昔過激派に爆破されたビルではなかったかなどと思いながら3階の芸術文化課を訪ねた。
 用件は2つ。日本全国で200本も300本も映画が作られているのにほとんどが作られっぱなしでいわゆる「お蔵入り」になってしまっている。わたしも『お友達になりたい』を7月にやっとの思いで公開したのでお蔵入り作品の山積み状況は人ごとではない。お手伝いできるプロジェクトを紹介してほしいという依頼を担当官にした。
 もう1つ。フィルムセンターに『純』と『曖・昧・Me』の原版を寄贈したいのだが、それは可能か、どのようにすれば実現するのかを教えて貰った。
 わたしはヘビースモーカーなので街に喫煙場所がないのには往生する。ニューヨークでトイレをさがすのがたいへんだったことを思いだした。東京駅の交番で聞いても若いお巡りは「駅の構内にあるらしいですよ」と素っ気ない。
 新宿に移動しても事情は同じ。小田急デパートのまえに小さなスペースがあるのを見つけたときはホッとした。
 いつもの交番前で北海道からもどった脚本家に会う。ネット映画講座のコーチ役をお願いしたのだが彼はいま企画を数本かかえているので、それが一段落したらもういっぺん話を聞いて貰うことにした。映画やテレビドラマを作る制作プロダクションのことや共通の知り合いについてうわさ話を聞く。
 やはり盛りあがるのは関ヶ原についての話。彼にであれ誰にであれ脚本をプロのライターに依頼する以前にわたしが発注者として自分ひとりでやっておかないとならない作業がある(ヒーローとキャラクターこれがはっきり決まらないと誰に話しても相手にされない。つまり映画のイメージをきっちりと作り上げることがだいじとわたしは思う)。帰宅して阪神・井川が9回おもて中日の代打に3ランをあびたところでテレビを消して『信長公記』を眠くなるまで読む。
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by hiroto_yokoyama | 2004-09-15 09:36 | ネット映画講座

イマジナリーラインを知っていますか?

a0036325_21121358.gif 映画を見るだけなら知らなくてもいいことですが、映画を撮ってみたい人はぜったい知っておいた方がいいのがこの右に描いたイマジナリーラインです。A男とB子が向かい合って坐っている。それを天井から見下ろした絵です。丸は頭。丸についている三角形は鼻。点線をイマジナリーラインといいます。
 わたしが日本大学芸術学部映画学科監督コースで教わったなかで唯一記憶に残っているのがこのこと。
 A男のアップを撮ってつぎにB子のアップを撮るなら、点線を越えて撮ったら、絵がつながりません(目線があわない。2人がそっぽむいて見える)。点線の上の範囲で撮れば切り返しは上の範囲で撮る。下なら下の範囲。ただしまわりに目立つ小道具とかがあればこのかぎりではない。これを守らないと向かい合っているのに、2人が横に並んでいるように見えてしまうのです。カメラポジションと登場人物の位置関係のたいへん重要な問題がこのイマジナリーラインにあるのです。
 私見ですが、物理学の重要問題で「鏡に映る像は左右が対称に映ってしまうのに、なぜ上下は上下が逆(つまり逆さま)に映らないのか? 」わたしはこの問題とどこかで関連しているように思えるのですが「いいの! そんなことはどうだっていいの! あまり難しく考えない方がいいよ」というみなさんの声が聞こえてきそうなのでこのへんでやめておきます。
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by hiroto_yokoyama | 2004-09-14 21:20 | ネット映画講座

再びヒーローについて

 この前の記事「ヒーローとキャラクター」にさっそくコメントとトラックバックをお寄せいただいたのだが、たいへん申し訳ないことに削除させていただいた。わたしは「ヒーローの生まれにくい時代」を嘆いているわけではないからだ。その方には以下のメールを出した。

××さん。
 わたしの記事にコメントをいただいたり、トラックバックしてい
ただいたのはいいのですがちょっとズレといいますか、わたしは社
会学的にヒーロー像を考えたいのではないので2つともはずさせて
いただきます。
 うまく説明できないのですが、わたしの監督第一作『純』の準備
中どうしても「実際に痴漢行為をしている人間に会って取材する必
要がある」とわたしに迫った人がいました。わたしは『純』で痴漢
をする人間を描きたいのではないので取材はしませんでした。
 ××さんにうまく伝えられる自信がないのですが、ヒーローを自
分の中で発酵させたいので、せっかくですがはずさせていただくこ
とをご了承下さい。他意はありません。
 あしからず。
                      9月13日 横山博人

 しかし、これだけで××さんやこれを読んでくださるブロガーの方への充分な説明になっているのだろうか。わたしはいま頭を抱え込んでしまっている。
 シナリオで主人公が「やってくる」と書いてあれば、その男の顔が見えるのだが、「去っていく」と書けば、映画では男の背中しか見えない。「横切る」といえば「横顔」しか見えないのだ。どうあがいても「思い」は絵(映像)にならない。キャラクターがだいじなのは、映画では人物を文字で表現できないので、その人はどんな人か言葉ではなく「仕草」や「立ち振る舞い」あるいは「扮装」などで観客に感じさせないとならないからなのだ。
 スタンダールの『赤と黒』の主人公ジュリアン・ソレルはフランスでは「ジュリアン・ソレルのような人」といえば練られた言葉になっているのでけっこうそれだけで通じるらしいが、「シナリオ」に「ジュリアン・ソレルのような男が向こうからやって来る」と書いても撮影できない。仕事にならない。これでは使いものにならないのだ。
 このような説明でも、まだたぶん説明になっていないのではないだろうか? こんばんわたしは眠れないかも知れない。
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by hiroto_yokoyama | 2004-09-13 17:58 | ネット映画講座

ヒーローとキャラクター

 『ダイハード』をご存じない方はいないだろう。ブルース・ウィルス扮するニューヨークの刑事が主人公のあの大ヒット作。
 わたしは知り合いの銀座のクラブのママさんに「え、あんた見てないの? タイトルも知らない? そんなことでは映画監督としてしようがない」とお叱りをうけて、あわてて三軒茶屋の映画館に見に行った。
 あの映画は典型的な「巻き込まれ」型のお話しだった。
 ある平凡なサラリーマンがちょっとしたことから、たいへんな事件に巻き込まれる(松本清張の作品に多い)。あるいは笹沢佐保の『木枯らし紋次郎』のように「あっしには関わりのないことでござんす」などと言いながら、物語の本質へ関わっていく。ま、洋の東西を問わず、この巻き込まれ型のお話しはおもしろい。
 だが、わたしはどうもこの巻き込まれ型のお話しを作れない。『ダイハード』のような映画はたとえ製作費がいくら集まってもわたしには逆立ちしても撮れないだろう。古い映画だが『ジャッカルの日』というのがある。フレデリック・フォーサイス原作、フレッド・ジンネマン監督の名作だしすでにDVDもでているので、興味のある方はご覧いただける。わたしはこの『ジャッカルの日』のように目標を立ててまっしぐらに行動するヒーローなら描けると自負している。
 さてキャラクターだが、わたしは健康優良児タイプというかマッチョが大嫌い。影がある人間を描かないとつまらない。『卍』を映画にしたいと思ったのは(まえにも書いたかも知れないが)「綿貫」という登場人物を描きたかったからだ。この男はヘンな男でやたらなんでもかんでも契約書を作りたがる。たいへんな二枚目で、芦屋あたりの良家の子女を片っ端からたらし込むよからぬ性癖のもちぬし。最もけしからぬのは良家のお嬢さんを「傷もの」にしたというのなら分かるがこの男はインポなので娘たちをその気にさせるだけ。なにがおもしろいのか女を「蛇の生殺し」状態に追いやる悪癖のあるこの「綿貫」はどういう訳かヒロイン・光子とはなぜか馬が合う。(大映の増村保造監督の『卍』には「綿貫」(川津祐介)が出てくるがわたしが監督した樋口可南子主演の『卍』にはこのキャラクターは登場しない)
 わたしはこんなキャラクターに興味があるのだが、しかし、では「綿貫」を映画のヒーローにできるかといえばそれは難しい。
 なかなかわたしの貧しい感性とひ弱い頭ではヒーローのキャラクターが生み出せそうにないので、いっそのこと2800年前まで遡って『オデュッセイア』の主人公オデュセウスをホメロスからパクッてくることにしたのである。では「オデュセウス」って「どんな人? 」と聞かれるといま手もとに岩波文庫がないのでうまく言えないが、悪だくみにたけているというか口がうまいというかあのポセイドンの一つ目の息子の一つしかない目を騙して潰して危機を脱出したり、三流の女神のヒモ(誤読によるわたしの誤解? )になってみたりする。わたしからすればとてもヒーローとしておもしろく描けそうな人間なのである。
 このオデュセウスを強引に日本の戦国時代にもってくるとどうなるか。まえにも書いたがわたしは島津義弘に見当をつけた。長くなるのでこのへんでやめるが、織田信長とこの島津に接点はあったのか、なかったのか『信長公記』を読んでいたらまんざらなくもないことが昨日の夜分かった。このつづきはいずれまた書きます。
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by hiroto_yokoyama | 2004-09-13 10:21 | ネット映画講座

このネット映画講座の特色は?

 わたしはこのブログにどのような独自性をもたせようとしているのかについて書く。
 日本には、「映画大学」はむろんのことどの大学を探しても「映画学部」が存在しない。先進国では日本だけなのだそうだ。映画をやりたい若者は日本にもたくさんいる。そこで「いかがわしい」映画教育機関が雨後の竹の子のように林立することになる。
 わたしはある映画の専門学校で講師を足かけ3年勤めて、この種の教育機関の限界を痛感した。その限界とは授業料をとっているために「あなたは映画にむいていないからここに来る(映画をやる)のをやめなさい」とはっきり学生に宣言できないところである。文部科学省が映画学部設立の認可を恐くておろせないできたのは、おそらくこの1点においてではないかとわたしはひそかに考えている。
 わたしがたったひとりでそれでは何ができるのか。金さえ貰わなければ「あなたは映画監督にはむいていない。しかし、シナリオライターならできますよ。俳優の方がむいていますよ。カメラマンをやりませんか」など自由に教えてあげられる。それでもどうしても映画に関わりたいならプロデューサーとしてわたしの助手なら可能ですよと提案もしてあげられる。これならわたしがひとりでできる。またひとりでないとできない仕事である。(わたしがオフ会をやりたい目的の1つ)
 この「横山博人ネット映画講座」の独自性と最大の使命はあなたが映画作りのうえでどのタイプかを決めてあげることにある。誤解をしないでいただきたい。わたしはその人の「能力」を判定しようと言うのではない。そんな不遜なことは神さま以外にはできないことだ。あくまであなたが映画作りのうえで「何にむいていそうか」をジャッジすること。それがこのブログの特色です。
 もう1つ。野口悠紀雄著『ホームページにオフィスを作る』(光文社新書011)を読んでいて思いついたことがある。
 野口氏が運営なさっている「野口悠紀雄オンライン」のなかのウエブサイトのリンク集『インターネット情報源』について氏は、
「しかし、多くのリンク集には問題がある。それは、対象サイトの評価を行っていないことだ。評価がないと、「アクセスしたがあまり有用でなかった」という結果になりかねない。
 ……ヨーロッパの旅行ガイドである『ミシュラン』がなぜ有用かといえば、単にレストランやホテルの名前や場所を示しているだけでなく、評価を行っているからである。……インターネットについてこうしたガイドがあれば、情報検索のための有用な羅針盤となる。
 『インターネット情報源』で行っているサイトの評価は、私個人の主観的判断によるものだ。……(132ページ。太字にしたのは横山)
 ……
 そもそも、自分の専門分野でないと、適切な選択はできないし、ましてや評価はできないはずである」(133ページ)
 ウェブサイトを立ち上げるのがむつかしいので、わたしはこのブログを始めたのだがブログも一種のリンク集であるようだ。そこで野口氏の言葉を借りて言えば、わたしは「わたし個人の主観的判断」で映画の企画の「適切な選択」(製作費が回収できるのかあるいは映画祭で賞を獲れる可能性はあるのか)、映画批評の正当な「評価」などをしていくこともわたしにはできるしまたそうしないとならないのではないかという新しい使命感も生まれつつある。
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by hiroto_yokoyama | 2004-09-11 10:24 | ネット映画講座

「十日自負」の方ほかみなさんへ

 「時折アグレッシブだったり、時折硬い文章だったり、時折悲哀に満ちた言葉を放たれていたりする」とかブログ( 「十日自負」)に書かれたのでなにか書かずにおられなくなりました。
 舞台で幕がおり「アンコール! 」の呼びかけに応じるミュージシャンの気分です。このブロガーが書いているとおりなのですが、わたしは喜怒哀楽が激しいというか日替わりメニューで躁と鬱がalternateでやってきます。心療内科とか精神科にいけば間違いなくむつかしい病名がつくことでしょう。間違いありません。
 もう少し説明しますと東映東京撮影所の契約助監督だったころ大先輩の中島貞夫監督に伺ったことがあります。あの全国規模のヤクザ屋さん(東映の映画の題名にもなりました)の幹部の方と北海道を取材旅行なさったときのこと。「あの人たちといっしょにいると疲れるぜ。というのもさっきまでニコニコ話していたかと思ったら急に怒り出すんだよ。ほかの人と違って、恐いんだよ。しかも相手がなぜ怒りだしたのかこちらには分からない。気をつかうこと気をつかうこと」と話してくださったことがある。中島監督は組の大幹部の話をなさっていたのだがわたしは自分のことがどうしてバレたのだろうと聞いていて笑うどころか顔がこわばってしまったことを思い出す。映画監督はみなわたしのようなタイプの人間とは限りませんが、すくなくともわたしは映画を撮る以外にほかのことはぜったいと言っていいですがやれそうにないタイプの人間なのです。
 もう1つ。ネット映画講座について。
 誤解をされると困りますが、わたしが『小平次伝説(仮題)』をみなさんといっしょに映画にしたいと言っているのは企画をおしつけようとしてのことではありません。言いかえると『小平次伝説』をやりたくてわたしはこのブログを始めたのではないのです。ほんとうはみなさんから寄せられたオリジナル企画でおもしろそうなものを映画にするのが1番やってみたいことなのですが、これはいくらわたしにでも荷が勝ちすぎることなのです。
 と言うのも、ふくおか映画塾でも懲りたことなのですが自己主張の強い人、自己顕示の固まり(その割には中身がない。あ、失礼! )ばかりが集まってもいつまでも「気持ちが1つ」になりません。何ヶ月たってもその集団は「寄せ集め」。バラバラなままなのです。こういうのを「烏合の衆」と言います。なぜそうなるのかわたしにはいまだもって理解が行きかねるのですが、間違いなくそうなってしまうでしょう。それをまとめ上げる力などわたしにもないので、まず初めは「呼び水」が必要と考えているのです。
 何度も言いますが筒井康隆さんの『朝のガスパール』の方法を真似てブログでみなさんといっしょにシナリオが作られないものかとわたしは念じているのです。
 われこそはと思う方は怖がらずに是非フェンスを越えてこちら側まで。(まずはわたしのアドレスにメールを下さい)
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by hiroto_yokoyama | 2004-09-10 17:32 | ネット映画講座

3回目のオフ会報告

a0036325_1444523.jpg きょう 「十日自負」の人(37歳、男性)とオフ会をやった。この方にはわたしとヤンガーの2人でお会いした。待ち合わせたのは「新宿駅前西口交番」(右の写真)。昼休みに無理に時間を作ってもらったので話したのは30分間。
 この人は会社が休みのときは俳優業。10月の公演前で忙しいと聞いていた。ブログのことや芝居の話をいろいろ聞いてちかいうちに稽古を見せてもらうようにお願いして分かれた。インターネットのこともわたしなどよりずっと長くやっているので今後いろいろお力添えいただけることと思う。
 このブログをご覧になったみなさんは「十日自負」を覗いてみて下さい。
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by hiroto_yokoyama | 2004-09-10 14:45 | ネット映画講座

鈴木泉三郎氏の著作権継承者が分かるかも知れない

 このブログのアドレスに首都圏在住の方からメールが来た。鈴木泉三郎氏のお妹さんのお孫さんからだ。鈴木氏の著作権継承者のことをよくご存じのようだ。
 企画を進めるうえで最初の最重要課題がもしかしたらクリアできるかと思うと嬉しくてならない。わたしはさっそくこの方にお電話をさし上げて詳しいことを教えていただくつもり。
 ブログのよさ、使いようによってはすごい力が発揮できるのだと実感しています。お名前はまだここではあかしませんがFさん、メールをいただきましてありがとうございました。
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by hiroto_yokoyama | 2004-09-09 08:22 | ネット映画講座

ネット映画講座年内の目標

 わたしが今年いっぱいにオフライン・ミーティングのネット映画講座で達成したい目標は2つある。
 1つ目。鈴木泉三郎原作『生きている小平次』をほぼ原作に忠実に舞台稽古をはじめ、公演を来年いつ、どこでやるのかまでを決定する。スタッフ、キャストはオールブロガーで決めたいが、ネット映画講座の参加希望者が少なければプロのスタッフ、プロの俳優に参加要請する。わたしは最少でも「おちか」、「太九郎」、「小平次」を演じる3人だけでもブロガーでいきたいのですが。
 フェンスを越えてこちら側(現場)に飛びこむ決断をするブロガーは、きょうまではこのブログへの訪問者のうち1000人に1人の割合のようです。(9月8日現在全体訪問者数2831人)
 2つ目。『小平次伝説(仮題)』のシナリオはコーチ役にプロの脚本家とその方のお弟子さん(女性)に要請するつもりなのだが、彼はいま北海道にいるので戻ってからの相談になる。
 わたしはシナリオの第1稿をなんとか12月末までに完成させたい。ブロガーの人でネット映画講座に参加はしないが読んでみたいという方には、事務局を通じて有料で頒布できるとおもしろいなと考えている。
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by hiroto_yokoyama | 2004-09-08 17:13 | ネット映画講座