カテゴリ:日常雑記( 3 )

マルチン・ハイデガー『存在と時間』

 タイトルに哲学の本の名前を書くときっと目をひくことだろう。わたしの意図はそこ。きょうもまたつまらない話。
 盆で家のまわりはとても静か。早朝チョイノリ(SUZUKIのいちばん安い原付)でスーパーに買い物に行く。昨晩ヤンガーがおつかいにいってひきわり納豆を買ってきた。わたしはひきわりが嫌いなのだ。ヤンガーにちゃんと言って聞かせておくべきだった。ふつうの納豆を買い直し、油揚げと長ネギも買う。背中にしょったザックから葱の先っぽを出して、ヘルメットをかぶって原付を運転しているわたしの姿を皆さん想像していただきたい。おもしろくもなんともないですよね。
 しかしわたしの頭の中を去来するのは『存在と時間』のことだったりするわけです。「頽落」などと広辞苑にも出ていない難しい言葉が豆電球のように点滅したりします。「わたしがひとたび言葉を発すれば世界中が凍りつく」という言葉はたしか吉本隆明さんの詩のフレーズだったよなぁなどと思い浮かべるうちに家に帰り着きます。スーパーはほんとうは歩いていった方が早い距離なのです。
 番茶を飲んで煙草を吸って東京新聞にチラと目を通しみそ汁を作り始める。これがわたしの日課なのですが、この行為が習慣というか機械的になってしまうとそれをどうやら頽落とハイデガーは言っているらしいのです。つねに死を意識しながら、いまを生きる。ブログはとてもわたしの生活になじみます。これはもうやめられません。
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by hiroto_yokoyama | 2004-08-13 09:10 | 日常雑記

日曜日の昼

 女房と子供2人はバイト。近所のスーパーで発泡酒とタマゴを購入。冷蔵庫のハムとゆで卵でひとり酒宴をする。発泡酒1050mlでいい気分。
 自動記述でいいことが書けそうな気分になったが、まずしい才能ゆえ、陳腐なことを書いてしまった。これ以上、つづけても訳の分からないことを口走りそうなので、やめる。
 全共闘世代のお父さんたち、死ぬことばかり考えずに、同世代のなんとかいうルポライターが言っていた「ガキがガキを生んでどうする」という挑発にまじめに応えないといけないよ。
 昭和22年、23年生まれ。高校を昭和41年の3月に卒業。3年前に肺ガンかなにかで死んだ相米慎二という監督。俺と同じ学年の映画監督は相米慎二だけだった。
 寂しいよな。69年ころは、石投げて、あたったヤツはみな「痛い」、などと言わずに「映画撮りてぇ! 」と言っていたくせに、日本中に同世代の映画監督はたった俺1人。ベビーブームは情けない。おい! なんとか言ってみろ! 57才。
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by hiroto_yokoyama | 2004-07-25 13:41 | 日常雑記

枝豆をゆでる

 きのう(7月14日)のNHKの「ためしてガッテン」で見たとおりに枝豆をゆでてみた。けっか成功。なかなかうまい。
 この番組はいつもとても役に立つことを教えてくれるのだが、視聴者に媚びる姿勢が気にくわず、たまにしか見ない。ゲストにも生理的な嫌悪感をおぼえる。きのうは我慢して見てよかった。
 一昨年の夏、岩波文庫で『ロビンソン・クルーソー』を読んで以来ときたまやる自炊が楽しい。
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by hiroto_yokoyama | 2004-07-15 20:30 | 日常雑記