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「小説家52人の2009年 日記リレー」を読み終わる

 52人の留めは古井由吉氏。氏は妻の叔父の高校時代の同級生。1度だけお目にかかったことがある。拙作『眠れる美女』の試写会に叔父に連れられて来ていただいたとき。  劇場で売るパンフレットにも老人の性について書いてくださった。そのせいもあるだろうが特別に後光がさすようにありがたく拝読した。むすびの3行を引用する。日記の日付はもちろん「十二月三十一日(木)」。
 (除夜の鐘のこと)の声は祗園精舎だろうと駅前商店街(に流れるテープ)だろうと鐘の声、いまさら、しらけるにはおよばない。
 古井氏は旧仮名遣いでお書きになっている印象を持っていたが現代仮名遣い。この特集のなかで旧仮名遣いで書いているのは高井有一氏おひとりだけ。
 いちばんの掘り出し物は村田喜代子さんの「五月八日(金)」の 「必殺咳止め」。そのくだりを引用。
 夫は熱はないが毎晩、咳が出て夫婦で不眠気味だ。夜、必殺咳止めの、蓮根、大根、生姜をおろしたものに梅干しを加え葛湯で飲ませる。これでダメなら私だけ布団を引きずって隣室へ逃げることにする。夜中、咳止めが効いた。
 わたしもよく咳をする。売薬を常備するのも金がかかるので早速村田さんの咳止めの方法をまねさせて貰おう。
 村田さんと言えば数年前、福岡市在住の女流作家4人の講演会(全員が舞台にいっしょにあがり井戸端会議風)があったときわたしは会場にもぐり込んだことがある。高樹のぶ子、夏樹静子、あと1名(どうしても名前が思い出せない)と村田さん。とつじょ壇上で村田さんが兎の話をはじめた。化粧品会社が兎を多数殺すのが許せないと言うのだ。いまや海賊とみまごうばかりの例のシーセパードのはしりみたいなことをえんえん口走り出してわたしはたいへん驚かされた。
 このおばさんはたしか映画館でキップ切りをしていたと聞いている。 『鍋の中』で芥川賞を受賞した。Wikipediaを見たら
(同作を)黒澤明が『八月の狂詩曲』 として映画化した際には不満で、「ラストで許そう黒澤明」を『文藝春秋』に寄稿した。
 話がそれたが兎のことで怒りに怒る村田おばさんが印象的だったので「必殺咳止め」はもしかしたら本当に効くかも知れないと思えてくる。
 村田おばさんのつぎは小川洋子という人。この人の日記は「ラブの右目の疣がいよいよ無視できない大きさにまで盛り上がってきたが」で始まる。「ラブ」とはいったい何者か猿なのか人間なのか、最後まで説明がない。たぶん犬らしい。女性というものはしょっちゅうこういう話し方をする。ラブの正体が気になる。するときょうの毎日新聞夕刊を見ると4面に小川さんの書いた記事がたまたま載っている(「楽すれば苦あり」、 副題「中学校から『ふるさと』が聞こえてきて」)。彼女の日記よりこの新聞記事の方が分かりいい。 文中「犬の散歩の途中」と出てくるのでラブとはやっぱり犬の可能性が高い。
 52人の作家の日記と言っても、ま、どうでもいいことばかりが書き連ねてある。わたしはとってもおもしろく興味ぶかく読了した。この人たちとわたしはその生活ぶりにおいて何ら変わるところがない。唯一違うのは原稿料を貰うか貰わないか。貰えないわたしはどうしても僻んで読んでしまうのでちょっぴり情けなく思う。
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by hiroto_yokoyama | 2010-03-10 19:25 | ブログ

「小説家52人の2009年 日記リレー」3回目

 6番。岡田利規。この人のことはまったく分からない。顔は無論、名前の読み方も。なにをしている人なのかも。たぶんわたしより年が若そう。7番。黒井千次。この人の名前は知っている。きっと人生の大先輩だ。ベテラン作家の書きそうな日記。8番。星野智幸。どうも若い作家らしい。興味はわかない。9番。川上弘美。名前は活字でよく目にする。金原某に比べてずっと品がいい。10番。よしもとばなな。吉本隆明氏のご息女(言わなくても誰もが知ってますよね)。以前拙映画『眠れる美女』(原作:川端康成)を撮る前に参考に『白河夜船』を読ませて貰ったことがある。日記の末尾に「*著者公式HPより転載」とあるが 『白河夜船』が何年の刊行か見ようと覗いたが父君吉本氏には申し訳ないが、ばななは作家とか小説家というより売文業者と呼んだ方が正しい、というのがわたしの感想。11番。桐野夏生。この人の名前を「なつお」と読めなくて無学なわたしはいつも「なつき」と読んでしまう。新潮社の PR誌「波」で同音の「なつお」(相手は男。ルポライターらしい)同士の対談を見てやっとのみ込めた。この人の顔写真はよく見るが美人なのか恐い顔というのか判然としない。鼻くそのようなものがついているのも気になる。『グロテスク』とかいう本を古本屋チェーンで105円で買ったがまだ読む気になれない。嵩がはるので処分したいがまだ思い切れずにいる。12番。筒井康隆大先生。この方には2度ほどお目にかかったことがある。『大いなる助走』を鈴木則文監督が映画化なさったが筒井氏の映画化許諾をいただいて都内のホテルをお訪ねした。年賀状も頂戴した。鈴木監督とシナリオの件でもめてわたしがいいたい放題いったらプロデューサーを務めるはずのわたしは降ろされた。筒井氏との交流はこれで途絶えてしまった。とても残念。氏はわたしのことなど露ほども覚えていらっしゃらないだろうが筒井康隆をひそかに(と言うのはへんだが)尊敬しておる。13番青山真治。この人はたしかわたしと同じ福岡県出身。映画部屋、のはず。顔も分からないし映画はもちろん書いたものも見たことがない。今後も読むことはまずない。 14番宮本輝。たしかこの作家はわたしと同学年ではなかろうか。高名なので顔もよく分かる。『避暑地の猫』というのを映画化してみたいと密かに考えたことがあるが行動はおこさなかった。15番柳美里。この人はなにかと物議を醸す人という印象が強い。なるべくなら近づきたくない。作家としての才能はありそうな日記。 16番瀬戸内寂聴。いまや高齢のために大作家の風格だがわたしは若年の頃、氏には申し訳ないがエロ的な興味だけからずいぶんと読みあさった。ナンパする教科書にさせていただいた。感謝している。
 昨夜はここまで読んだ。
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by hiroto_yokoyama | 2010-03-10 07:28 | ブログ

「小説家52人の2009年 日記リレー」を読む

 4番手、辻(どっちでもいいと思うが原文では左側は辶になっている)原登。可もなく不可もなし。5番。町田康。読んでいたら眠くなった。つまらない。雑誌を放りだして寝た。
 何年か前、町田はなかまの布袋寅泰に殴られ被害届を出した卑怯な奴。わたしはラジオのニュースで聞いたとき驚いた。こんな男がいるのか。布袋はネットで見てみると木更津簡裁より傷害罪で罰金30万円の略式命令を受けたらしい。考えられない。この2人いまは当然絶交しているだろうな。(まだ行き来があったりなんかして)この世代の人間がわたしには分からない。どうでもいいことだが気になる。
 あと47人の日記をわたしは読み続けることが出来る限り読み続けよう。掘り出し物があることを期待して。
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by hiroto_yokoyama | 2010-03-09 21:31 | ブログ

雑誌「新潮」3月号(2月6日発売)を図書館から借りてくる

 先月新聞の広告を見たとき、おもしろい企画だと思った。題して100年保存大特集 小説家52人の2009年 日記リレー。950円出して購入するのがおしくて1ヶ月待った。しみったれていますでしょ。
 早速はじめから3人分を読んだ。トップバッターは大江健三郎。さすが大江。読ませる。2番目。金原ひとみ。顔が分からない。どうせ美人でないことはたしかだろう。一読、このタイプの女は嫌いだ。スキップしようかと思ったが我慢しておしまいまで読む。今後この女の書くものはすべてに目を閉じようと決めた。3番目。島田雅彦。どうもニューヨークに住んでいるらしい。 カッコいいですね。この人の顔がやはり思い浮かばない。何か読んでみようという気持もおきてこない。
 日記風に言えば3人目まで読んだら空腹を覚えた。下品な金原ひとみの真似をして「昼飯を食う」ことにする。
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by hiroto_yokoyama | 2010-03-09 11:51 | ブログ

大岡昇平『現代小説作法』(第三文明社 レグルス文庫22)

 いま読み終わる。奥付に1984年2月11日土曜日に藤沢市のデパートの書籍売場で購入したとわたしは鉛筆で書いている。ものもちがいいでしょう? 読了するのに26年もかかっています。
 はじめの1行。
昔から「何とか作法」というものに、ろくなものがあったためしはありません。
 と書いてある。解説は立原正秋。この人が解説文を書くなどとはちょっとめずらしい。立原正秋は若い頃むさぼり読んだ。はじめは17歳だったと思う。母の日にオートバイで事故を起こして入院した。病院のベッドで『剣ヶ崎』か何かを読んだ(たしか芥川賞候補作品だった)。その後『白い罌粟』で直木賞を受賞したが立原正秋はわたしの青春時代の私淑したひとりであった。
 『卍』の後、わたしは夏目雅子(イメージキャスト。出演交渉はしていない)で谷崎潤一郎の『お艶殺し』を撮ろうと計画した。東映の窓口になったのはA.N.という男(故人)だったがなんと「これ現代劇になりませんかねぇ」などと寝ぼけたことを言ってきたのですぐ突っぱねた。次に沢田研二(これもあくまでイメージ)で立原正秋の『白い罌粟』をやろうとしたら「豊田商事事件」が起きて
(金貸しが殺された。『白い罌粟』は金を借りてわざと踏み倒す男の話)嫌な予感がしたが(会社が)「社会的な影響を考えて」これも没。
 26年前と言えばそんなことがありました。
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by hiroto_yokoyama | 2010-03-08 18:32 | ブログ

きょうも週刊誌は買わない

 週刊現代3/20号の広告から。歌を忘れた民主党 ボクちゃんたちの失敗だって。次は前原──枝野か、それとも菅直人か同じダサイタマ県人としていっぺん枝野にやらせてみたい。熟年のセックス 7つの魔法を授けます【体位篇】わたしには必要ありません(引退オア現役どっちの意味だって? 秘密)。
 週刊ポスト3/19号。「年金」「子ども手当」「出産」「タクシー」…鳩山生活破壊民主党「解体新書」。「コリア・アズ・ナンバーワン?」。ルビー・モレノ 8年ぶり決意のヌード。ルビー・モレノってまだ日本にいたの? フィリッピン婆ァの裸なんか見たくない。
 400円と350円ちょっと買ってみたい気もするが貧しいわたしはじっと我慢の子なのであります。ふた月遅れで床屋で見よう。
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by hiroto_yokoyama | 2010-03-08 06:43 | ブログ

ブログとツイッターは結びつくのか

 ツイッターは昨年末ぎりぎりに始めました。嫌になってこきやめようかと何度も思いましたがこのブログをはじめた頃のことを思い出してまだ継続中です。弊ブログはもう6年目に入っていますが当初「あげまん」か「さげまん」か忘れましたが見た目のいい(だけ? )若い女性とやりとりしてトラブったことがありました。いわゆる「炎上」とかの憂き目にあいそうでした。2ちゃんねるがどうしたこうしたとかほざいておりましたがわたしとは人種が違う連中とはつきあいかねるとコメントもトラックバック(いまでもこの2つのことをわたしはあまり理解できておりません)も禁止して、以来勝手に好き放題のことを書き連ねてまいった次第です。
 ツイッターでは相変わらずほとんどの者たちが匿名(堂々としていないのでわたしは大嫌いです)でやりとりしていますがスパム報告やブロックもできるので以前のブログよりまだましなようです。
 いつものようにごちゃごちゃ書きましたが一度拙ツイッターも覗いてみてください。
 これがわたしのツイッターです。 http://twitter.com/hiroto_yokoyama
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by hiroto_yokoyama | 2010-03-08 05:47 | ブログ

松本清張の書いた短篇数を訂正

 以前うろ覚えで松本清張の書いた短篇の数をいい加減に書いたようなので訂正する。
 H氏賞受賞詩人で評論家の郷原宏氏の解説(松本清張『黒の様式』(新潮文庫)の巻末)から引用。
……清張は生涯に四百二十八篇の小説を書きましたが、その六十六パーセントにあたる二百八十一篇は短篇です。
……清張短篇の特長をひとことでいえば、事件と登場人物に社会的なリアリティがあり、テーマとストーリーに圧倒的なアクチュアリティがあるということです。菊池寛にならっていえば、そこには人が生きていくために避けては通れない《実人生の地理歴史》が、具体的な事例に則して生々しく描かれています。
……清張の短篇は何よりもまず時代の真実を映し出す「紙の鏡」なのです。
 わたしは生きている間に二百八十一の清張さんの短篇を全部読んで勉強しようと決めている。年譜に印をつけてはいるがまだちゃんと数えてはいない。もう半分くらい読んだのかな。
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by hiroto_yokoyama | 2010-03-07 19:13 | ブログ

「連帯を求めて孤立を恐れず」

 浅学のわたしはこの標語はてっきり全共闘の貧乏学生が言い出したとばかり思っていた。毎日新聞2月26日の夕刊3面、中山裕司という人の記事「特集ワイド」「谷川雁 再びの息吹」によると谷川雁が残した言葉のようである。不勉強を恥じて出典を探してみたい。
 昨年末ツイッターをはじめたがわが日本の村落共同体につきものの付和雷同というのが目立ち嫌悪感を催すことがままある。「付和雷同」は広辞苑によると 「自分に一定の見識がなく、ただ他の説にわけもなく賛成すること」らしい。アメリカに行く前はこのベチャーッとした現象はアジア特有のものとばかり考えていたがそうでもないらしい。「ピアプレッシャー」というのがあると聞いてちょっとびっくりした。どういうことかと言うと小学生などがクラスの誰かが例えばユニの消しゴムを買ったら誰かが真似する。すると他の子供がすぐ親にねだる。あっというまにクラス中がユニの消しゴムだらけになるそうな。わたしは質問した。「ミーは天の邪鬼なのでそういう場合は絶対ユニなどかわない。どこかから拾ってきてでもオマケについてくるような消しゴムを使うだろうがそういうガキはこのニューヨークにもいるのか」返事は「イエス」。「じゃきっといじめられるのだろうな? 」と尋ねると「ノー」なのだ。その子はクラスのヒーローになるらしい。(わたしは天の邪鬼だから映画を撮ることができたのだ)
 いいことを聞いた。やっぱり鬱陶しい梅雨の空みたいな日本人の人間関係と西欧の個人主義は違うなあと感心した。ああ、そうそう「連帯を求めて孤立を恐れず」に話を戻すとあの爬虫類総理鳩ポッポがツイッターをたしか1月に始めた。自民党の誰かが「ツイッターやるひまがあるなら普天間問題を真剣に考えるべきだ」などと言っていた。わたしはメトロノームのように揺れに揺れるカメレオンのツイッターなど誰も読まないだろうと予測していた。ところが驚くなかれ鳩ポッポのフォロワーは約35万人もいると新聞に出ていた(わたしは20名! )。嫌になるよ(タコ総理のフォロワーが多いことを羨んでいるのではない)。権威に弱いというか総理と名がつけば「一定の見識がなく、……わけもなく賛成する」輩がわんさかつめかける。汗でぬれたシャツが背中にベトッと張り付いたような不快感を持つ人間はわが国にはあまりいないようなのだ(気持ちがいいと感じる奴の方が多いのだろうか? だからきっと女子高生の汚い股ぐらを盗撮する馬鹿ばっかりになるのだよな)。
 再度言う。誰が言ったか知らないが「連帯を求めて孤立を恐れ」ぬ勇気を持つことはとても大事なことだと思う。死んでもこの感性をわたしはすてるつもりはない。
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by hiroto_yokoyama | 2010-03-07 13:15 | ブログ

きょう勉強になったこと

 毎日新聞夕刊7面に「シニア映画歓」というコラムが載っている。きょうの副題は「芸術を描く芸術」だって。すごいなぁ。わたしは老眼鏡をかけ居ずまいを正して読んだ。
……テレビもそうした特性は持っているが、映像の深みは映画に軍配が上がる。だからこそ映画は「第七芸術」といわれるのだ。
 それを言ったのはイタリア人のリッチョット・カニュードで、1911年に 「第七芸術宣言」を発表した。

 わたしは知らなかった。桑原武夫の「第二芸術論」というのの間違いじゃないかと思ったくらいだ。
……最近、デジタルで撮影された映画が増えている。それはそれでいいのだが、デジタルはフィルムに比べ、照明が軽んじられがちだ。 映画は光と影の芸術であり、照明は大切な役を担う。「照明マンの仕事が減っている」などと聞くと、危機感を覚える。
 野島孝一という人の署名入り。この野島という人のことをわたしは知らない。「デジタルはフィルムに比べ」どうして「照明が軽んじられ」るのだろう。わたしはそこが知りたい。野島さんは偉い人のようだから分かっていらっしゃるのだろうがわたしはボンクラなのでなぜデジタルでは照明が軽いのか皆目見当がつかない。そんなものなのだ、では納得がいかない。説明されていないからひとりであれこれと考えてみよう。ソクラテスが言ったかどうかも覚束ないが自分がなんにも知らないということを知ることが出来てとても勉強になった。
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by hiroto_yokoyama | 2010-03-04 17:35 | ブログ