<   2004年 07月 ( 37 )   > この月の画像一覧

ウェブログの定義を勉強した

 松永英明著『ウエブログ超入門』という本を購入してこのブログを始めたことはまえに書いた。松永氏のウエブサイト。「はじめてのウェブログ」
 わたしはなまけものなので気が向いたとき開いたページを読む。きょうは「Part5 2.初めて「ウェブログ」を定義したのは? 」(146ページ)というのがあらわれた。
 カメロン・パレットという人の文章が翻訳して引用してある。わたしに都合のいいところを孫引きさせてもらう。
 …小さなウエブサイトで、たいていは1人で更新し、常連さんがいる(わたしのブログにはまだ「常連さん」はたぶんいない)…
 そして、ウエブログというのは、一つの主題とか、隠れたテーマ、まとまったコンセプトに関して集中的に書かれているものである。(このウエブもだいたい近い)
  ……
 定期的に(毎日)更新されている。(ほぼ近い)
 すてきで、さっぱりした使いやすいデザインとインターフェースを有している。
 (まったく外れている)
 初心者向けにやさしく書いたりしないので、エンドユーザーにあまり親切じゃない。(わたしは知らず知らず、初心者に分かりやすく書こうとしすぎているのだろうか)
 テーマがある。(このブログにもあると言えばある)
 ユーザーがお互いに対話する方法がある。(これが、ない)…
 わたしはもっともっとこの本を読んで勉強しようと思う。
[PR]
by hiroto_yokoyama | 2004-07-31 16:52 | ブログ

「ネット映画講座」でわたしのやってみたいこと

 『曖昧Me』の監督は佐藤闘介。『お友達になりたい』の監督は荒木太郎氏。
 わたしは映画監督の端くれであるのに、なぜ、べつの人に監督を「してもらった」のだろうか?
 『曖昧Me』は主人公が17才。撮影当時わたしは41才。佐藤闘介はたしか25、6才だった。17才を描くのに41才より、25、6才のほうが年齢が近いので等身大の17才を佐藤の方がわたしよりまだ上手に描くだろうと考えた。
 『お友達になりたい』は、撮影日数と予算面で、とてもわたしは撮り終える自信がなかった。荒木氏はピンク映画を40本近く撮っている。ピンク映画は予算が300万円。撮影日数3日。(ピンク映画の上映時間は61分以内)荒木氏が『お友達になりたい』のシナリオを読んで「監督したい」と言ったのを覚えていたので、監督を依頼した。
 わたしはいまでも300万円の予算で3日間で撮る自信はないが、どのようにすれば低予算でしかも短いスケジュールで撮れるのかそのコツみたいなものはつかめたように思う。
 ちなみに、『お友達になりたい』の撮影期間は11日。(上映時間は88分)撮影にかかった費用は300万円。(ただし企画費、映画化許諾料、シナリオ作成費、仕上げ費、音楽費、配給費、宣伝費はべつ)
 いまわたしはネット映画講座でやってみたいことが2つある。
 ひとつめは、映画コンサルタント。映画のシナリオを書いてみたい人、映画を監督してみたい人、映画に出演してみたい人、映画のスタッフをやってみたい人、映画に興味はないが利殖を目的に映画に出資をしてみたい個人投資家、映画への興味の持ちかたは人さまざまである。
 わたしは「ネット映画講座」を通して、マン・ツー・マンで映画に興味のある方々とおつきあいできたら愉快だろうなと考えている。
 「映画コンサルタント」を定義すれば「映画全般について相談・助言・指導を行う」(岩波書店の「広辞苑」を参照した)ということだ。
 ふたつめは、筒井康隆氏が「朝のガスパール」という小説をお書きになっている。Googleでウェブ検索してみると「少年育成シミュレーションゲーム 」
という匿名の人のウェブサイトがでてきた。その1部分を引用させていただく。
「なんと読者の声がそのまま小説にのるという
めずらしい形体であり、読者がこの小説の批判なんかするのも
載せているのである。
新聞連載の利点(?)を活かした作品といえよう。
(省略)
今、考えるとよく天下の朝日新聞がこんな実験的な試みを
了解したなあと、感心してしまうほど過激的な作品である。」
 わたしは残念ながら「朝のガスパール」を読んでいないが、1991年ころ、筒井氏が興味深いことをなさっているなぁ、と感心して注目していた。それがずっと念頭にあった。
 わたしは新聞ではなく、インターネットの中で、「ネット映画講座」で筒井氏のまねをしてシナリオを作ってみたいのである。
 このブログは、「ネット映画講座」でやってみたい2つのことが実現できるのかどうかをリサーチするための「準備室」なのです。興味のある方はコメントをいただけませんか。
[PR]
by hiroto_yokoyama | 2004-07-31 10:33 | ネット映画講座

『お友達になりたい』の上映が無事終了した

 7月17日からきょう(7月30日)まで『お友達になりたい』をシネマアートン下北沢のレイトショーで一般公開した。ほとんど宣伝をしなかったにもかかわらず劇場側のご尽力で想像していた以上の数の観客に見ていただけた。このブログを借りて岩本支配人、金子さん、ほか劇場スタッフの方々に御礼を申し上げます。
 日本映画の興行を取りまく環境は、映画作りどうようにたいへん厳しいですが、これをご縁に企画、製作、配給、興行が一体となった、見たときだけ楽しかった、おもしろかったが翌日にはなかみをケロッと忘れる映画もあってもいいけれど、いつまでも心に残る映画、それは日本映画がむかしもっとも得意とする分野でしたから、ごいっしょに日本映画の環境をパワフルに改善していけるといいなと考えております。
 『お友達になりたい』を世に問う機会を与えていただいて本当にありがとうございました。
[PR]
by hiroto_yokoyama | 2004-07-31 00:03 | 映画

『卍』と『フリーター』のあいだ 3

 日本映画学校で2年生の実習は充実していた。講師は週に2日、顔を出すだけでいいと言われていたが、わたしは毎日あさから夕方遅くまで学生たちにつき合った。そのときの学生が2年後(1989年3月)卒業するのを待って、九州のわたしの実家に合宿して『曖昧Me』を撮った。そのことは後日あらためて書く。
 実習はクラスを2班にわけ、700ftと1500ftのショートフィルムを2本、それぞれの班が撮って完成させるという内容。
 そんなある日、『純』のとき制作主任をしてくれたN.K.さんという人から電話があった。代々木上原の仕事場の近くのやきとり屋で『純』以来ひさしぶりにそのN.K.さんに会った。
 N.K.さんは『純』のあと仲間と映画の製作プロダクションをおこし、忙しくしていると聞いていた。そのN.K.さんがわたしになんの用事なのだろう?
 酒が少し回りはじめたころ、N.K.さんは話しはじめた。プロデューサーで某監督にちょっとした大作を撮ってもらったのだが、撮影中もめて監督のたづながとれなくなってしまった。あげく、予算もスケジュールも大幅にオーバーしてしまった。映画が当たれば赤字を埋められたのだが、その映画はヒットしなかった。このままだと会社が倒産する。資金繰りのためになんとしても次回作を成立させたい。新作のスポンサーは見つけた。横山が監督するなら配給してもいいという映画会社があるのだが、雇われ監督をやって貰えないか、と頼まれた。
 わたしは最初がだいじだと思ったので、きちんとN.K.さんに話をした。「俺は、東映を降ろされたばかりなので、つぎは自分の立てた企画を自分で資金的なリスクを背負って次回作をやるつもり。しかしN.K.さんには『純』のときの恩義があるので、今回の企画は是非やらせてもらいたい」と言い、ハッキリと念を押した。
 「俺はあんたの企画で監督をやってやる。しかし、撮影現場では監督をやらせてもらっているという姿勢をくずさない。あんたは自分の見栄から俺に監督をやらせてやっているという態度をひとまえでぜったいにとってはならない。そのような言動を露ほどにでも見せれば俺は直ちに作品を降りる。どうだ? それが俺の条件だ」とお互いが酔っぱらってしまうまえにわたしは言った。N.K.さんはそのときはたしかに了承してくれた。
 厳しい予算、きついスケジュールなので、わたしはすぐにシナリオライターを推薦しシナリオを書くために旅館の手配を頼んだ。翌日からすぐに動きはじめなければなりない。
                                 つづく
[PR]
by hiroto_yokoyama | 2004-07-30 11:31 | 映画

きょうが『お友達になりたい』上映の最終日

 おかげさまで好評のうちに『お友達になりたい』の14日間のレイトショー公開の幕がおります。
 よる9時からのスタートですが、きょうはわたしもこっそりと劇場に足を運びます。興味のある方は、こっそりでけっこうですので劇場に来て『お友達になりたい』とわたしを遠くから観察してみていただきたいと思います。わたしは右の写真ですが、いまは坊主アタマ、この写真よりたしょう老け込んでいるかも知れません。もちろん近くにきてお気軽に声をかけていただいてもかまいません。
 きょうの夜は、たまたまヒマ、という方は是非シネマアートン下北沢までおこし下さい。お待ちしています。
[PR]
by hiroto_yokoyama | 2004-07-30 10:19 | 映画

阪神・井川はもったいない

 阪神・中日戦をいまテレビで観戦している。5回おもて井川が打たれた。このあいだから気になっていたのは、あのサングラス。井川は色盲なのだろうか?
 わたしは映画の監督。野球の監督と同じ監督ということで通じるモノがあると思う。去年は星野監督、ことしは岡田監督。わたしが阪神の監督だったら、井川にサングラスなどかけさせない。マウンドで、殴るわけにはいかないから、試合の始まるまえ井川がマウンドに上がる直前につかまえてベンチでボコボコにしてやる。前星野監督は、彼のサングラスについて、どうお感じになっているだろう。
 皆さん、星野監督に聞いてみたいと思いませんか?
 もう1つ、アリアス選手。バッターボックスに立ったとき、つばを吐きすぎる。見ていて汚い。わたしはホメロスの『オデュッセイア』を映画にしたいのだが、主演のオデュッセウスのイメージはジョージ・アリアスだ。アリアスはギリシャ系なのかな? ちょっと教養がなさすぎるよ。
 黒いほおひげを見て、そんなことがアタマをかすめる。
 きょう阪神はついに6連敗するのだろうか、井川はサングラスをはずして6回のマウンドに立っている。阪神ファンの方、どなたか実名でコメントいただけませんでしょうか。あ、井川がまた打たれた!
 監督は選手を甘やかしすぎてはいけないと思います。おい! 岡田、ペコちゃんよ! ベンチで目をパチパチばかりさせていないで長嶋監督のようにヤカンでも蹴飛ばしてみんかい。
[PR]
by hiroto_yokoyama | 2004-07-29 19:53 | 独言

『卍』と『フリーター』のあいだ 2

 東映の夏休み映画を降ろされて、わたしは悪あがきはしなかった。こんなときにこそこれまでできなかった自分の弱点の補強をしよう、そう考えて簿記をならいに職業訓練所に3ヶ月通った。
 中学の同級生に製作費を出させて『純』を準備しているころ、わたしは何かの拍子に「俺は金のことは分からないから」云々とついもらしてしまった。同級生は烈火のごとく怒った。「2000万円もの金をぶっ込むんだ。その当事者のお前が金のことは分からないとは何ごとか。2度とそういうことを言うものじゃない」と言われた。そこがわたしの最大の弱点という自覚があった。
 複式簿記をやったら、月並みな表現だが、目から鱗が落ちる心地がして毎日が楽しかった。3級の試験を受けて、認定証を手にしたら、もう秋になっていた。職業訓練所の講師の方から「あなたはたいへん筋がいい。うちの会計事務所で働きませんか」という嬉しいお誘いの言葉をいただいたが、「いえ、あの、わたしはこれでも駆け出しの映画監督でして……」とことわり、さてこれからなにをどうするの? と自問自答した。仕事場を借りることにした。
 幼児と赤ん坊の2人をかかえて生活に四苦八苦の女房にことわって、まいにち藤沢から代々木上原の仕事場まで弁当をもって通うことにした。
 昼前に仕事場に着いたら、すぐに弁当を食う。午後1番で近所のプールに行く。疲れて帰ったら、昼寝。夕方のラッシュがイヤなので早めの電車に乗って帰宅する。それでもそうこうするうちに川端康成の『眠れる美女』にいきついた。
 川端未亡人が鎌倉にお住まいだということを調べて、ある日恐る恐る電話を差し上げた。突然の映画化許諾をしかも、失礼にも電話口でお願いしたら、「あ、あなたのお名前は谷崎家(谷崎未亡人か。わたしが『卍』を撮ったとお聞きになっていたらしい)から聞いて知っております。ある監督が『眠れる美女』を映画にしたいと熱心に何年もおっしゃていますが、わたしとしてはその方にお願いするとどんな映画になるのかとても不安です。あなたならかまいませんよ」とありがたいお言葉をいただいて、以後は著作権許諾代行業務というのだろうか株式会社オリオンというところの担当の方と話を進めることになった。
 仕事場で、チビた鉛筆をなめなめ原稿用紙に向かうというのはウソ、その精神でワープロで代々木上原の仕事場にまいにち通いながらなんとか「小箱」まで作ったら、年はあけ1987年になっていた。
 年明けそうそう(だったと思う)、浦岡敬一さんから仕事場に電話をいただいた。浦岡さんは今村昌平監督がはじめた「横浜放送映画専門学院」のスタートから講師をしていた。その「横浜放送映画専門学院」が新百合ヶ丘に「日本映画学校」と名前がかわって移っていたが、浦岡さんはなんとわたしにそこで実習の講師をやれと言う。
 「とんでもない。ぼくはまだたった2本しか撮っていない。監督としては駆け出しもいいところ。人様に教えられる何ほどのモノも持ってはいない」とすぐにお断りした。数日後、また浦岡さんは電話をしてきた。先輩の言うことはもうちょっと真剣に聞いてみるモノだ、と言われ、はっとしていたら、浦岡さんにかわって教務の人が電話にでてきた。わたしとしては教務の人と話すことなどなにもない。仕方なく「講師料は出るんですか? 」と質問したら「もちろん出します。実習期間は3ヶ月で、少ないですが月50万円でお願いできませんか」という答え。わたしにしてみれば月に50万円は少なくない。多すぎるくらいだ。コロッと気が変わり『眠れる美女』のシナリオは後回しにして講師をやることにした。
 これで女房にも顔が立つ。
 日本映画学校で講師をしていると、講師室でいろいろな先輩に会う。ある日、石堂淑朗さんがご自分でお茶をいれているところにでくわした。わたしは軽く会釈をしたが、ひらめくモノがあった。それからなんどもお目にかかったのだが、恐れ多くて言葉をかけることもできない。
 ある日、意を決してワープロで書いた『眠れる美女』の拙い「小箱」を学校に持参して、石堂さんに話しかけた。「わたしの書いたこのメモを読んでおもしろいと少しでもお感じになるところがあるなら、シナリオを書いていただけませんでしょうか」とお願いしてみた。
 数日後か、しばらくたってからか石堂さんから声をかけられた。「きのう藤田敏八に電話であなたのことを聞いたら、あいつは東大でいっしょだったから、ときどき話すんですがね。やってみたら(シナリオを書いてみたら)いいじゃないかと言ってましたよ」とのこと。これで『眠れる美女』のシナリオの完成は見えた、と思ったら、ところがどっこい。
 『フリーター』にたどりつくまでに話を戻すが、つづきはまた明日。
[PR]
by hiroto_yokoyama | 2004-07-29 11:52 | 映画

「匿名か実名か」に反応があった

 「匿名か実名か」にさっそくコメントいただいた。ブログに載せるまえに女房に意見を聞いたら「いまどきこんなこと言ってもまじめに読んで、応えてくれる人などいない」と言う。
 わたしも、どうせそんなものだろう、それでもいい、と期待せずアップしたら
「ジャックのご機嫌はいかが」
 というブログの方からリンクを張ったというコメントを実名でちょうだいした。
 とても嬉しい。
 「メクラ(放送禁止用語? )千人、めあき千人」とか言われていた時代があったが、大げさだが、「日本もまだまだすてたものではない」と希望が持てた。
[PR]
by hiroto_yokoyama | 2004-07-29 06:12 | ブログ

匿名か実名か

 わたしは映画監督です。自分の仕事が特殊なモノとは考えていないのですが、独自性はもっているつもりです。
 ネット映画講座準備室をはじめてきょうで半月です。見て下さる方が知り合いばかりではないようなので、少し、油断してと言うか気を抜いてと言うか、窓を広げたくなっています。
 突然ですが、匿名性についてまず思い浮かぶことを言います。
 わたしはいわゆる全共闘世代。と言ってもわたしは1969年の安田講堂のとき、福岡県飯塚市の自宅の茶の間でミカンを食べながら加藤総長代行のコメントをテレビのニュースで見ていただけのだらしのないノンポリでした。(いまもそうですが)どこかで「これではいけない」と炬燵から出て、俺にできるのは革命とかではなく、映画を本気でやってみようかと青臭いことを思いつき、そして今日までよたよたと映画に関わって生きてきました。
 それで匿名性ということですが本か雑誌で読んだのですが吉本隆明氏が、どこかの集会か何かで公演をなさった。つまらないヤジを飛ばす学生がいて、吉本氏は壇上から降りて、その学生の胸ぐらをつかみ、ヤジったりなどせず壇上で全面展開してみないかと言ったらしいのです。その学生は黙りこんだだけでした。わたしは自分は安全なところに身を置き(この場合は観客席)、安全なところでしかモノを言わない輩が大嫌いです。
 吉本氏のことを読んで、あ、この人は誠実な人だと感じました。
 べつのことを言います。ビルの建築現場にはかならずフェンスがしてあります。そのフェンスにときどき覗き窓があったりしますが、あれと動物園の檻、映画は建築現場のフェンスのなか、あるいは檻の中のライオンとか熊に似ているのではないでしょうか。
 映画館やビデオやDVDで映画をたくさん見たら、映画が作れる、と錯覚している夢見がちだけの人が増えています。確実に増えています。しかし夢見がちなだけでは決して商品としての映画は撮れない。その分かりきったことが分かっていない映画カブレの増殖にわたしは心を痛めます。
 そこでどうでしょう? わたしのこのブログが目にとまり、おもしろそうとお感じになった方がいらしたら、匿名ではなく実名でご連絡いただけませんか。怖がらなくていいです。様子見だけでけっこうです。
 わたしが結果的に身につけた映画作りの独自性を、映画だけではなくひろくベンチャー起業に活かせそうだ、いや活かせると確信しています(思い上がりではありません)。わたしはなんとかわたしの持っているささやかな独自性をできるだけ多くの人に伝えたい。これは思い上がりで言うのですが、この独自性を理解する人が増えなければ、日本がダメになるとは言いません。しかし日本の映画が滅びてしまいそうな気がするのです。
 ほんの少しでいいのでわたしの土俵にのってみていただけませんか。
[PR]
by hiroto_yokoyama | 2004-07-28 11:04 | ブログ

『お友達になりたい』はいよいよあさって(30日)まで

 シネマアートン下北沢のレイトショーで上映中の映画『お友達になりたい』はあさっての金曜日で終わります。
 きのう(7月27日)は火曜日だったのに観客が増えたようです。終わりが近くなったせいか、あるいはこのブログを見て下さった方が、興味を持っていただいたからなのか、先週は平日にガタッと数字がおちたのに、今週は逆に増えたのは驚きであり、喜びです。
 このブログを見て下さる人も増えていくのが嬉しいのですが、欲も出てきました。
 どうせなら、どこの誰が見て下さっているのかわたしに分からないままではつまらない。コメントとかトラックバック(この違いもいまのわたしには分かっておりませんが)をできれば実名でお寄せいただけませんでしょうか。
[PR]
by hiroto_yokoyama | 2004-07-28 10:03 | 映画