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映画は誰にでも作られる 4. 演出力

 演出などと言っても一般の方には何のことやらさっぱり分からないのではないだろうか? わたしは単純に「撮影現場で俳優さんに芝居をしてもらうのを監督としてどのようにうまく運ぶか」つまりわたしの言葉(業界でも通じる)で言えば「芝居をつける」ことと定義する。ものを動かすのは力さえあれば簡単に動くが相手が人間となるとそうはいかない。「あっち向け! 」と言えば俳優はすぐにあっちを向いてくれるわけがない。
 H.Y.という日本映画学校の1期生がいた。わたしはこの男といっしょに映画の仕事をしようと17年間頑張ったがわたしの力不足とH.Y.自身の認識不足(いちばん監督向きでないタイプなのに本人はどうしても監督がやりたいと口先ばかりであった)で10数年間をお互いに棒に振ってしまった。
 このH.Y.を引き合いに出すと演出力とは何かが分かりやすいだろう。数年前通商産業省(いまは「経済産業省」)の映像アーカイブ(世界遺産などを映像化して残しておく。税金を使うことから国家プロゼクトなどと呼ぶ)で「日光の東照宮」の企画をわたしは通した。予算は1億数千万円。みなさんの税金ですぞ。コンピュータグラフィックスをつかい東照宮がなぜ日光のあの場所に出来たのかを興味深く描いた。できはまあまあ。この作品の監督をH.Y.にやらせた。完成して見終わってわたしはどうしてももの足りない。なぜかと考えた。この作品の主役は「東照宮」。人ではなく物である。物でも擬人化してわたしは「東照宮を人間の女性のように色っぽく描く」と通産省の役人にうまいこと言って税金を引っ張り出したのにH.Y.の撮った東照宮はぜんぜんエッチではない。さわってみたいどころか見に行ってみたいという気が起きない。ズバリ言うと、東照宮に限らないがおよそ建物には正面がある。そこから見られることを意識して作られている。つまり「見せかけ」である。その見せかけだけを撮っても、ただよそよそしいだけである。血が通わない。
 わたしはH.Y.に「なぜ陽明門を裏から撮らなかったのか? 」と問うた。H.Y.にはわたしのこの質問の意味が頭のてっぺんでは理解できても肺腑の部分で理解できないのだ。理解しないのではない。できないのだ。これでは人間は動かせない。演出とは人間を機械的にあっちを向かせるのではなく俳優さんにあっちを向く気になってもらわないとならないのだ。そのために手を変えシナを変えああでもないこうでもないと俳優さんにわたしは語りかける。それが楽しいし面白くってしようがない。
 みなさん、こう書くとわたしが撮影現場でどんな芝居をつけるのか見てみたくなりませんか? もうバイトに行く時間なのであすかあさってあの原田芳雄さんから教わったことどもを書こうと思います。
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by hiroto_yokoyama | 2004-08-31 08:23 | 映画

映画は誰にでも作られる 3. 統率力

 わたしが中学2年生だっただろうか、ある日の1時限目教師がわたし(あるいはクラスのみな)の気に入らないことを言った。そこで面白いことを考えついてクラス全員(45名ほどだった)に通達した。「2時限目から先生が何を言っても答えるな。教科書を朗読しろと命じられても知らぬふりをしろ。聞こえないふりをしろ」クラスの数名がわたしの提案にまずのった。あとの連中にいうことをきかせるのは簡単だった。すぐにみな素直に従うようなそぶりをみせた。
 2時限目は国語。教師は高橋という女の先生、あだ名は「チャボ」。誰かに朗読を命じたが、知らぬふり。短気な高橋先生はAくんが読まないからすぐにBさんを名指しした。BさんもAくん同様立ち上がりもしない。A、B、C、Dと4、5人に教科書を読ませようとするが暖簾に腕押しのわたしたちの反応に業を煮やした高橋先生が「どういう訳か!? 」とヒステリックに問うても誰も返事をしない。チャボ先生はこの異様なクラスの雰囲気にしびれを切らしてさっさと職員室に帰ってしまった。つぎは英語。小島という男の先生がやって来た。高橋先生ほどではないが小島先生もわたしたちとの根競べに負けて首を振り振り教壇を去っていった。
 数分後、クラス中がおもしろがってわあわあ騒いでいるところへ担任の畠山という教育大学を卒業後2年目の若い男の先生がすごい勢いで教室に走り込んできた。クラス全員がこの熱心な親身になってくれるクラス担任を好きだった。副級長のメガネをかけたおとなしい女の子(名前を思い出せない)に畠山先生は「なぜこういうことをするのか? 」と優しく尋ねるのだが、この子は何も言わない。気だての優しい子だけに我慢しきれず、無言のまましくしく泣き出してしまった。
 わたしはここが潮時と立ち上がってわたしがクラス全員を扇動したことをわびた。理由は何かをその時はちゃんと話したのだが、それがなんだったのかを今わたしは覚えていない。どうせつまらないことだっただろう。
 わたしは教師たちにとって実に嫌なガキだったに違いない。これを読んでくださる方もあまり愉快な気分になれないかも知れない。けれどもこのエピソードは事実なのです。統率力とはことの理非を超えて、こういうことなのではないか。わたしの知っている映画監督はどなたもこのくらいのアクの強さはみなさん持っている。
 映画を撮るのに才能はいらない、とわたしは思う。だいじなことは自分はどんなタイプの人間かを知ることだし、自分にはどう逆立ちしてもわたしのようなえげつないことはできないと感じたなら、監督するのは諦めてさっさとシナリオライターを目指すとか、ほかの面白そうなパート(美術、撮影、照明、録音、編集あるいはプロデューサーなど)をやるなどと決断するのがいいのではないでしょうか。
 わたしの考える統率力のサンプルケースを示したつもりですが、どうか読み流してください。
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by hiroto_yokoyama | 2004-08-30 22:37 | 映画

裸足のイサドラとアベベ選手

 わたしはアテネ・オリンピックがはやく終わらないかと念じている。テレビとパソコンが売れたか売れなかったか知らないがオリンピックはつまらない。なぜこんなことを書くかといえば女子マラソンの野口選手の履いていた靴は神戸の会社の製品らしい。金メダルを取ったとたんにその靴メーカーに「野口選手の靴がほしい」と予約が殺到したという新聞記事を見た。「なるほど、ヘェー」と勘の悪いわたしはその時思っただけだったのだが、さっき気がついた。
 昭和39年(1964年)東京オリンピックの男子マラソンの金メダルはアベベというアフリカの黒人選手だった。たしかアベベはあのとき裸足で42.195メートルを走って優勝した。「はだし」で、ですぞ。わたしは感動とかいうものを通り越して、次の日から学校に裸足で通った。みなに馬鹿にされたが1ヶ月は続けたと思う。わたしのなかでオリンピックはあの時終わった。
 裸足で踊ったダンサーがイギリスにいたらしい。高田馬場の名画座で『裸足のイサドラ』という映画をむかし見た。監督は『孤独の報酬』という映画を撮ったカレル・ライスではなかっただろうか? イサドラを演じたのはバネッサ・レッドグレープだった(これも不確かです。どなたか映画好きのブロガーの方が調べてくださればそれでいい)。彼女はトニー・リチャードソン監督の奥さんだった人。そんなことはどうでもいい。映画は長いだけでわたしにはちっとも面白くなかった。
 わたしが言いたいのは裸足で踊ったり、走ったりすることが「記録」などよりわたしの記憶に残っているということ。素足で踊るダンサーはイサドラ・ダンカンだけではないかも知れない。ダンスはスポーツとはちょっと違うだろうから裸足で踊ると聞いたらわたしはその人の踊りを入場料払ってでも見に行くかもしれない。マラソンで靴も履かずに金メダルを獲ったのはアベベの先にもあとにもアベベだけ。わたしにはクーベルタンのオリンピックはアベベでとっくに終わっているとしか思えない。
 へそ曲がりなことを言ってしまいました。ブロッガーの方々はきっとほとんどが反論のある人ばかりだとお察しいたします。武士の情け、どうかわたしをそっとしておいてください。それでも許せないという方がいらしたら、仮名とか匿名ではなく実名でコメントください。とことんブログで論争しましょう。
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by hiroto_yokoyama | 2004-08-29 21:40 | 独言

映画は誰にでも作られる 2. 資金調達力

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 じつはわたしに資金を集める能力があるかどうか自分でも分からない。映画監督志望の人のほとんどは映画を撮るにはある程度の資金が必要で、自分で集めるしかないと考えているようには見えない。考えているのかも知れないが、それは資金調達にはほどとおく俗に言う「タナボタ」を心のすみで願っているだけだ。そのくせ「映画だ、映画だ」と叫ぶばかり。これじゃおもちゃ屋やお菓子屋の前で親にだだをこねる子供といっしょ。
 とくに監督デビューとなるとなんの実績もないわけだから誰も映画の金など出すヤツはいない。わたしの場合は運がよかった。中学時代の同級生はわたしの親が金を持っていることを知っていた。資金が回収できなければわたしの親からとればいい、そう考えてわたしの『純』に出すことにしたに違いない。と言うのも映画完成(1978年3月)から1980年9月まで、その間にカンヌ映画祭の批評家週間のオープニングで上映されたことをはさんでさえ日本のどの映画会社も『純』を見向きもしなかった。同級生には「ぜったい儲かる」とわたしは言っていたので彼が「あの金で家を建てたい」と遠回しに資金の回収を急ぎ始めたときわたしは父に泣きつくしかなかった。両親は息子のしでかしたことなのでとすぐに銀行から融資を受け同級生が出した金の元本と焦げつきまでの利息(200万円くらい)を返してくれた。
 家に金があるヤツはいいが、家に金のないヤツはじゃどうすればいいのか(映画が撮れるのか)? わたしがこれまで何度となく聞かれた質問だ。よく考えてもらいたいのはわたしは『純』を撮るときこれは仕事なので(仕事にするという強い意志がわたしにはあった)親に頼むようなことではないとはっきり意識していた。「儲かるから」と言って映画のことがなにも分からない同級生に頼んだのがまずかったのだ。わたしは同級生が会社を立ち上げて事業を始めると聞いたときいくら持っているかと尋ねた。同級生は2000万円とこたえた。わたしは「映画はぜったいに儲からないが、もしかしたら当たる(ヒットする)こともある。半分(この場合1000万円)出してくれないか」と彼にお願いすべきだったのだ。
 はじめの1本を撮るとき(監督デビュー)実家に金があってもなくても「男(人間という意味、あなたがもし女性なら「女」と言いかえてもかまわない)一生の仕事にするのだ」と親類縁者友人知人から恋人にいたるまで無心してまわって1円も集められないようでは映画など作れるわけがない。そんな人はポケットマネーで撮ればいい。
 わたしの場合は『純』が大ヒットしたので『曖・昧・Me』のころ(1989年)まで資金調達の苦労はしなくて済んだ。ついでながらいっしょに載せた写真は『純』がヒットしたとき東映の担当者からもらった「配分金内訳」だ。大企業ともあろうものがこの紙切れ1枚しかわたしには渡さなかった。しかも数字はウソだ。266,000とあるところは本当は1,000,000でなければならない。(単位千円)
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by hiroto_yokoyama | 2004-08-29 18:44 | 映画

映画は誰にでも作られる 1. 企画力 承前

 個人のこだわりや思いこみだけではいい企画はたてられない。いい企画というのは映画の場合まずその映画がヒットするかどうか(商品として売れるかどうか)という判断がだいじなのだがその判断ができる人は滅多にいない。むかしは東映の岡田茂相談役とか東宝の藤本真澄氏(故人)など各社にプロデューサーとしてすぐれた役員がいらしたがいまはきのうも言ったが「前売り券を何枚保証できますか? 」という質問しかできないプロデューサーというより営業マンだけになってしまっている。
 わたしの場合「自分の撮りたいもの」をまわりの人に話してみる。それも仲間だけではダメだ。映画を作りたいなどと思ったこともないような異業種の人の反応をみる。すぐれたプロデューサーがいないのだからいい企画かどうかの判断は自分で下すしかないのだが独善(ひとりよがり)に陥るのが恐い。レフリー役がぜったい欠かせない。
 インターネット上のジャンク情報やチープサイトがうたかたのようにあらわれては消える現象はネット上のプロデューサーが不在のために起きているという視点をわたしは強調したい。
 映画に話を戻すとほとんどの人が「作りたいから作る」だけの映画が多すぎる。これでは苦労して映画を撮っても1本作ったら終わりだ。完成させられるならまだいい。途中で放り投げたり資金がつづかずにやむなく中止に追い込まれる人は後を絶たないのが現状だ。
 事業にするなら「継続性」が絶対条件なのに「一過性」というか刹那主義で映画に向かう人(映画カブレ)が多すぎる。わたしが映画コンサルタントが是非とも必要だと思う所以である。だれもやらないし、だれもやれないのでわたしがネット映画講座でやるしかないという使命感のようなものがわたしにはある。と言って悲壮感がただよっているなどと受け取ってもらっては困る。わたしは死ぬまで楽しく明るくブログを活用して長嶋監督が言う「野球の伝道師」よろしく映画の伝道師に殉じるのだと勝手に悦にいりたいだけなのですよ。
 繰り返しますが企画力とは「技術」です。試験勉強の頭では決して身につきませんが技術である以上はきっと人に伝えることが出来るはずです。みなさん、わたしのこのネット映画講座にご注目下さい。
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by hiroto_yokoyama | 2004-08-29 10:07 | 映画

映画は誰にでも作られる 1.企画力

 映画会社に企画を通すとき真っ先に聞かれるのは「前売り券は何枚保証できますか? 」ということ。内容はどんなものかとかだれが出演するのかという以前に映画会社にとってはだいじな質問だ。スマップの誰々が主演で、ある宗教団体が前売り券を300万枚買い取ってくれます、と応えたら企画はいっぱつで通る。映画を作りたい人はここだけで何年も苦労して消耗する。これは企画力とは言わない。たんなる営業マターにすぎない。
 映画はアイディアだと言ったのは大島渚監督だった。もし死刑囚が刑を執行されても死ななかったらどうなるだろう? そのアイディアが『絞死刑』を生んだ。
 わたしは日大の映画学科の学生のとき友人に薦められて「キネマ旬報」に掲載された倉本聰さんの『純』を知った。一読してこれを監督したいと思ったが「自分に撮れるわけがない」とすぐに忘れた。まえにも書いたが中学校の同級生に製作費を出してもらうことになったときもなにをやったらいいのか『純』のことなど思い出しもしなかった。人に言われて、あ、そうだった「俺は『純』をやりたかったのだ。あれだけわあわあ会う人ごとに言ってまわっていたのに」ってなものだった。なぜ簡単に思い出さなかったのだろう。いい加減と言えばいい加減。だが、よく考えてみると、そういい加減でもない。
 わたしは福岡県の飯塚市から映画監督を目指して家出同然に上京してきたが、真っ先に驚いたのはあさの満員電車。混むこと混むこと、嫌になった。ある日東急の等々力駅から乗った電車で中年の「しこめ」というほかない小母さんと10センチの距離で向き合った。これまでこの距離に接近したのはいいムードになった若い女性とだけだ。おまけにこの小母さんは前の晩ギョウザでも食べたのか吐く息が臭かったから自由が丘に着くまでわたしは地獄の思いだった。こんな経験を積みかさねわたしは「東京」を肌で感じとっていたから『純』を監督してみたいときっと読んだ直後は思ったに違いないのだ。
 『卍』のときもそうだった。わたしは結婚したてで、それまでお付き合いのあった女性方とは全員いっせんを引くことを了承してもらった。それが妻に対してスジだと思った。常識だと思った。線を引くのが度が過ぎて、わたしは結婚生活がどこか息苦しくて仕方がなかったのだろう。『天城越え』を撮った三村晴彦監督は主演の田中裕子とラブラブ(三村さんだけが勝手にそう思いこんでいただけなのだが)だと告白して『卍』は「横山さんの願望なんだよ」と鋭い指摘をされたことがある。
 わたしの考える企画力とは、時代というか社会というか自分のまわりを頭ではなく肌で感じとる、全身で流れをつかみそれを映像(具体的)にできるかどうかその能力のことである。多くの人が漠然としか感じていないことを絵にする力、これが大島監督が言うアイディアなのであろう。
 これをお読みになったみなさんが日々感じていること、それを絵にするには技術がいる。それは「才能」とかではない。絶対的に「技術」だ。ただし受験勉強で整理したり分類したり丸暗記したりしすぎた頭ではこの技術を習得するのは極めて困難だと最後に申し上げておく。
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by hiroto_yokoyama | 2004-08-28 23:31 | 映画

映画監督になるための必要な条件―総論

 ブロガーの方々のなかには老若男女を問わず映画監督を死ぬまでにいっぺんやってみたいとひそかに思っていらっしゃる人はそうとう多いとお見受けしたのでわたしなりの「映画監督になる方法」を伝授して差し上げようと思う。眉に唾をつけて読んでいただきたい。
 6つの要素。
 1. 企画力
 2. 資金調達能力
 3. 統率力
 4. 演出力
 5. 宣伝力
 6. なければなくてもいい要素(およそ3つに分けられる)
 こんばんはバイトで疲れたのであしたからわたしのささやかで愚かな体験にそって具体的に「だれでも映画監督になれる」技術を解き明かしてまいります。
 どうぞお楽しみに。
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by hiroto_yokoyama | 2004-08-27 20:12 | 映画

製作費(鶏)が先かシナリオ(タマゴ)が先か

 いまを去ること34年前わたしは家出同然に上京した。映画監督になるための不文律をあらかじめひそかに作っておいた(これはあくまでわたしの個人的なこと。一般論ではない)
 1. 1本映画を撮る(監督する)まで結婚はしない。
 2. なんとしても20代で撮る。
 3. 今村昌平監督が今村語録で言っていた(ご本人に確認するのをきょうまで忘れていた。未確認情報です)「生活を大事にするヤツに映画は撮れない」を日々戒めとする。
 4. 「シナリオが書けない者は監督になれない」という理屈は映画会社の労務対策にすぎない。シナリオが書けないからとけっして臆してはならない。
5. 貯金をして映画を撮った人はいない。しかしシナリオを書いたからと言ってすぐに映画が撮れた人もいない。貯金して金貯めて映画を撮るという順番にはきっとならないに違いない。フランスに伯母さんの遺産が入ってきたので映画を撮った人がいたようだが監督デビューは僥倖に恵まれる以外に実現できない何かカラクリがあるのだろう。
 したがってタマゴが先か鶏が先かで言えば、こと映画に関しては製作費が先。それでは金のない人には映画が撮れないのか? 言ってしまえば、そうなのだ。
 わたしは以上の「難関」(受験じゃないのだから難関とは言わない)を突破して『純』が撮れた(上京してわずか7年半)。振り返ってみると「難関」などではなくてこれははっきり「技術」だとわたしには言える。技術なら人に伝えることが出来る。このことがわたしの「ネット映画講座」のプリンシプル(第1原則)なのです。
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by hiroto_yokoyama | 2004-08-27 06:00 | 映画

マイケル・ムーアとエリア・カザン

 映画好きのブロガーの皆さんはエリア・カザンのことをご存じだろうか? 赤狩りでハリウッドを追放されたがその後手のひらを返したように共産主義を棄ててうまく立ち回ったのでアメリカでは評判の悪い監督だ。そんな難しいことを言っても「なんのことやら? 」という顔をする人が多いだろう。じゃ、ジェームス・ディーンは知っていますか? そうポルシェで死んだあのジェームス・ディーン。彼がたった1作で世界中で有名になった映画『エデンの東』の監督がエリア・カザンです。
 このあいだの日曜日テレビでマイケル・ムーアのインタビューを見た。いかにも不潔っぽく(風呂に何日もはいっていない感じ。パンツもかえていなさそう)女に持てそうもないこの男はフランソワ・トリュフォーの『華氏451度』からパクッて『華氏911』という題名をつけて有名になった。こいつは監督としてはキリ。エリア・カザンはピン。わたしは圧倒的にエリア・カザンが好きだ。あの人には男の色気があった。
 わたしは好き嫌いでものごとを判断する。『華氏911』を見てもいない(いずれDVDが出て気が向いたら見ますがね)のにマイケル・ムーアのことをぼろくそに言うわたしはほんとんどのブロガーの人から疑われたり嫌われたりするかも知れない。それでもわたしは全然気にしない。
 エリア・カザンの晩年の映画で『アレンジメント』というのがあった。出演者はフェイ・ダナウェイとカーク・ダグラス(マイケル・ダグラスのお父さん)だったかな? 訳の分からない映画だったが、わたしは少しだけ覚えている。あれは女に持てたことがないヤツにはぜったい撮れない映画だ。無茶苦茶なことを言うと思われるだろうが、マイケル・ムーア、あれはたいした監督じゃないよ。『華氏911』を見て感心した人がいたらわたしは是非エリア・カザンの格調高い映画を見てその人に「見巧者」になってもらいたい。
  saka-zuu さんという「どこの馬の骨か分からない」(失礼! 許してくださいsaka-zuu さん)人から嬉しいコメントを頂いたので、いい気になってまたまたいつものように生半可なことを書いてしまいました。『エデンの東』は日本史に出てくる壬申の乱とか織田信長の弟殺しなど(これは教科書にはない)いろいろ興味深く且つ奥深い連想をわたしに呼び覚まさせるのですが、いっぺんにいろいろ言っても皆さんには消化できないかもしれないので日を改めて話します。(あ、生意気で思いあがった言い方でした。済みません)
 あしたはまたバイト。お年寄りの口の中を懐中電灯で照らしに行くのでわたしのこのブログはお休みです。
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by hiroto_yokoyama | 2004-08-26 21:19 | 映画

ブッシュを殺せば世界平和は訪れるのか?

 1990年わたしは文化庁の在外研修生として渡米した。日本国の税金を500万円ばかり使っただろうか? わたしは日本国家から「ジョージ・ブッシュ(George Herbert Walker Bush)を暗殺せよ」というミッション・インポッシブルを課せられた男(これはウソですからね)という気概をもってニューヨークへ行った。しかし若い女性ひとりも口説けない英語力ではブッシュをやるなどは思いもよらないとその日のうちに悟った。「ブッシュひとりを殺しても世界は変わらない」とわたしはすぐに合理化してコロンビア大学のアメリカン・ランゲージ・インスティテュートに次の日から通うことにした。それでも気分は「きっといつの日か」だった。分かりますか? 『ジャッカルの日』(1973年/イギリス・フランス 監督:フレッド・ジンネマン)のあの気分。
 少し考えたら誰でも分かると思いますが、誰かを殺せば日本に平和が訪れるとか、地雷を踏んで脚をなくす子供が世界中からいなくなると考えるのは幻想にすぎないということです。わたしたちの不幸は誰か1人を「殺せばすべて解決」という時代に生きていないということかも知れません。少なくともわたしはずっと夢見てきました。わたしは誰を殺そうか? 誰を殺せばいいのか? と。いまも考えつづけています。
 皆さんはわたしの飛躍する考えというより気分について来られないかも知れませんがネットサーフィンをしていたら興味深いサイトにぶつかりましたよ。
「FJMOVIEが選ぶ、年度別ベストテン」
 ありがたいことにわたしの監督デビュー作『純』はなんと5位にランクされています。そこに寄せられた日本映画街フォーラム会員のコメントがおもしろい。
わたしが嬉しかったコメントを5つあげます。 
氷室浩次さん
 (隠しカメラの部分しか覚えていない)超短評 いま観るとどう思うのか、我ながら(?)興味があったのですが再見できなかった。これって、盗み撮りなんでしょう? 凄いことやるよなあ。

TAKUさん
 痴漢映画ということで話題になっていましが、印象に残っているのは軍艦島であり、(痴漢の被害者よりも)恋人役の朝加真由美でした。

はるさん
 いけない世界を見ると言う楽しみ(笑)だけではないのよね。
 割と面白いと思います。軍艦島に渡ってみたい。

Heroさん
 長崎から帰りの夜行急行は,周遊券だけでは乗れない当時あこがれであった全席指定の14 系急行「雲仙・西海」であったのが強烈な印象です(笑)。後は軍艦島とトイレで犯す江波杏子さんとラストの朝加真由美さん。

堤 昌司さん
 たしか倉本總のシナリオがもとだったんですよね。クレジットされていないのは 直しが気に入らなかったからとか?
 朝加真由美さんが可愛らしかったとか、そんなことより痴漢の映画ですからね、 羨ましいといっていいのか、情けないといっていいのか、身につまされました。
直しが気に入らなかったから
 ではありません。「ラングストン・ヒューズの詩を入れられない」と言ってわたしが倉本さんとの約束を破ったためでした。

「世が世なら「血祭」に上げたいコメント3つ」
 のあとに続く文章は、考えてみるとわたしの品格を疑われそうなので消しました。
 読んでしまった人は、忘れて下さらなくてけっこうです。わたしは闇夜に気をつけて歩きます。駅のホームでも油断はしません。
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by hiroto_yokoyama | 2004-08-26 15:10 | 映画