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新潟中越地震の被害をうけたブロガーの方々へ

 きのうタクシーの乗客から被害者の方々が支給された寝具は毛布1枚「それなのに気温は13度」などと聞きました。わたしにできることは何かとずっと考えています。このたいへんな状況でもしパソコンでこのブログを読んでいただいている方がいらしたらご連絡いただけませんでしょうか。何のお役にも立ちませんがひとまずお見舞いに伺って(こんなときになんですが)映画についてお話しするくらいならわたしにもできます。
 わたしは昨晩タクシーの運転手をはじめて1ヶ月めでやっと240キロ走りました。売り上げも埼玉県の平均3万2千円(正確な数字ではありません)を上回る43360円を達成できました。このブログの名前を「まえ映画監督いまタクシー運転手のブログ」と変えた方がいいかも知れないなどと考えています。(新潟へ行く旅費も日程もなんとかします。できます)
 そんなことはともかくひどい目にあってそれでも気持ちに少しの余裕をお持ちになられるブロガーがいらしたらメールをいただけませんか。スケジュールを調整して新潟に行きたいと思います。わたしは生まれてこのかた北越に行ったことがありませんがこれを機会にどなたかと知り合いになり映画をめぐって親睦がはかれればこれ以上のしあわせはありません。
 地震の被害者で映画(俳優でも脚本家でも監督でもかまいません)をやってみたい女性にお声をかけていただければ幸甚です。
 ある宗教の信者の女性からメールをいただきました。その方に入信を勧められたわけではないのですがわたしには宗教について根深い信念のようなものがあります。それは「宗教も哲学もいろんな本を読んで自ら打ち立てなければなんにもならない」というような思いです。借り物はいけません。聖書でも歎異抄でもコーランでもまず自分で読む。図書館や本屋に行けばすぐ手に入ります。人の話を読んだり聞いたりしてそれで「納得」というのではあまりにも安直すぎます。長いメールでしたので、どう返事をさし上げようかと迷いましたが、その方は幸いにもこのブログをときどき読んでくださっているようなので失礼を顧みずこのブログを返事にかえさせていただきます。
 新潟にお住まいの方からメールをいただけなくてもわたしは近い将来、まだ踏んだことのない土地を訪れてみるつもりです。それはボランティアとかNPOとかとは違うわたしの「手前勝手な」ときには「不埒な」思いから出ていることで誰かにお褒めいただくようなことではないのでこの記事もどうぞ読み流してください。
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by hiroto_yokoyama | 2004-10-27 13:40 | ブログ

GoogleのPageRankについてどなたか教えてくださいませんか

 ブログを始めて3ヶ月が経過した。「レポート」を見ると「全体の訪問者数」は5600人とある。2ヶ月が経過したときその時の数を書いたら心ないブロガーから「自慢ばっかりですね」という意味不明のコメントを寄こされて不愉快になったことがあるが、初めた当初は真っ白だったGoogleのPageRankの窓にいつのまにか左側から緑の棒がのびてるのを何日か前に知った。これは何なのだろう?
 毎日どなたかがこのブログを読んでくださっている。これまで訪問者ゼロの日がない。むろん知り合いもいるだろう。奇特なリピーターの方も何人かいらっしゃるに違いない。「通りすがり」の人もいるかも知れない。読む人がひとり、ふたりになれば三日坊主のわたしはこのブログをとっくにやめていた。
 このブログをご覧になる方でパソコンにお詳しい人がいらっしゃるなら、PageRankの緑の棒について教えていただけないでしょうか。決してこのブログにとって悪いことではないと直感できるので、わたしは「自慢する」などという気はなく素直に知りたいのです。
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by hiroto_yokoyama | 2004-10-25 11:29 | ブログ

撮影のときの雨降らし

 日本国民のみなさんは台風はもういい! という気分でいらっしゃることだろう。わたしはタクシーの売り上げが上がるので、内心歓迎する気持ちがきのうまでは強かったのだが、やはり雨降りの夜の運転ほど疲れるものはないので、いまはもううんざりしている。
 少年のころたまに来る台風が嬉しかったことを思い出す。通り過ぎたあとほこりと土と水のいりまじった匂いを水嵩のましたどぶ川で嗅ぐのが好きだった。
 みなさんはご存じだろうか?
 映画の中の雨はどうやって降らすのか?
 自然に降っている雨はなかなかうまく写らない。雨の水の玉が小さすぎるのだ。最近はホースに穴を開けたものでカメラの手前で少々。画面の奥の方で少々。スタッフがちょっと苦労すれば人工の撮影用の雨ができる。
 雨と言えば黒澤明監督の『七人の侍』があまりにも有名。黒澤映画では雨が降るときはいつも土砂降り。風が吹くときはいつも暴風。いまふうのショボイ雨降らしでは黒澤映画の雨でなくても、わたしたちが見るような雨をスクリーンに再現するのは無理なのだ。
 東映映画に『三億円事件・時効成立』(監督:石井輝男、主演:岡田裕介、小川真由美)というのがあった。わたしは助監督のサードだった。府中刑務所の前で雨の日ねらいで撮影した。当時、撮影所には撮影中の発火にそなえてほんもの(と言うのはおかしいが、消防署にあるものと同じ)の消防車が用意されていた。その消防車を刑務所の前に運んで実際の雨に作り物の雨を加えるという作業をした。
 出勤時間なので現場は大混乱。必死で車止めをするのだが、道路工事や水道工事などと違い撮影のために遅刻することを納得する人など誰もいない。クラクションは鳴りっぱなし車から降りてスタッフに殴りかかりそうな人もいる。そういう人たちをなだめて時間稼ぎをするのも助監督(だけではなく「製作進行」も)の仕事なのだが、要領のいいわたしはその日の応援できた先輩の助監督に車止めはまかせて(うまく逃げて)駐車場の片隅で前の日に買った防水着の上下にゆっくりと着替えていたものである。
 雨をそのまま撮っても映画では雨にならない。台風も同じ。台風に見えるように撮らないと仕事にならない。黒澤監督が増村保造監督(当時は大映の助監督だったらしいが)たちのいるスタッフルームにふらりとやってきて「君たちは夏の暑さをどう撮るかね? 」と質問なさったことがあると増村氏のお書きになったものにあった。黒澤作品『野良犬』の冒頭、犬がはぁはぁと息をしているカットがあるが、あれなどが夏の暑さの秀逸な表現なのではないだろうか。
 さいごに『七人の侍』がアニメか何かでリメイクされるそうだが、『七人の侍』のすごいところは篠つく雨の中の戦闘シーンなのだからあのシズル感はやっぱり実写の「雨」でないと表せないと思う。
 アニメ版の関係者の方へ。
 新しい『七人の侍』の営業妨害をするつもりでこんなことを言うのではありませんので念のため。
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by hiroto_yokoyama | 2004-10-21 09:45 | ブログ

新聞の連載小説を読み続ける方法

 吉村昭『彰義隊』を読むためにわざわざ朝日新聞を購読しはじめたのだが心配なことがある。
 わたしはこれまで新聞に掲載される小説を第一回から終了まで、毎日読み続けることがただの1度もできなかった。家を留守にするときなど家人に切り抜いてもらうか、面倒なら新聞まるごと棄てないでおかせた。それでも数十日もすると連載小説そのものの存在まで忘れてしまうという体たらくなのだ。
 『彰義隊』についてもこれまでと同じことになるのではないか。
 おとつい(10月19日火曜日、連載の2回目)挿絵がいいな、携帯電話のカメラで撮っておこうかなどと思いつつ読んでいるとふと気がついた。人名と難しい漢字にルビがふってある。よし、人名をワープロソフトに単語登録してみよう。この作業を欠かさずやれば掲載が終わるまでこの小説を読み続けることができるのではないか。
 何とか読めるが、読み間違うかも知れない人名。
  徳川慶喜(よしのぶ)
  徳川家茂(いえもち)
 読めるか読めないか自信がない。
松平容保(かたもり)
 正直に言って読めない。
松平定敬(さだあき)
板倉勝静(かつきよ)
酒井忠惇(ただとし)
戸川安愛(やすなる)
 読むことができるが試験に出そうな漢字。
提灯(ちょうちん)の灯(ひ)
咳(せき)
 難読ではないが作者がそう読ませたいからか編集部の配慮か。
眼(め)
尊皇攘夷(じょうい)
 以上、「彰義隊〈2〉天保山 二」(朝日新聞 夕刊 3版 3面 20041019火曜日)
 ついでに前日20041018月曜日のスタート(夕刊 3版 3面)「彰義隊〈1〉天保山 一」から。
 難読ではないが作者がそう読ませたいからか編集部の配慮か。
人眼(ひとめ)
先鋒(せんぽう)
斬殺(ざんさつ)
瀕死(ひんし)
攘夷(じょうい)
 書き写しているとやはりもったいないので村上豊氏の挿絵3日分を携帯に保存した。
 さいごは「彰義隊〈3〉天保山 三」(20041020水曜日)から。
 読めない人名。
永井尚志(なおむね)
三条実愛(さねなる)
 読めるか読めないか自信がない。
  正親町(おおぎまち)
広沢兵助(真臣(さねおみ))
兵助(へいすけ、か、ひょうすけ、どちらなのだろう? 横山)
 難読ではないが作者がそう読ませたいからか編集部の配慮か。
公卿(くぎょう)
邸(やしき)
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by hiroto_yokoyama | 2004-10-21 08:39 | ブログ

古い切り抜きから

朝日新聞 夕刊 2版 9面 1996年2月17日土曜日
『黒板』というコラム、見出しは「和辻哲郎賞に井上、阿部氏」
 第八回和辻哲郎文化賞(姫路市主催)は、一般部門に井上義夫氏の『評伝D・H・ロレンス』(全三巻、小沢書店)が、学術部門に阿部良雄氏の『シャルル・ボードレール 現代性(モデルニテ)の成立』(河出書房新社)がそれぞれ選ばれた。
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by hiroto_yokoyama | 2004-10-19 07:11 | ブログ

吉村昭『彰義隊』の連載が始まった

 わたしは朝日新聞が嫌いなのだが、吉村氏が連載をはじめられると知って数日前に新聞の集配所に電話した。東京新聞と同じ集配所なので手間が省けた。小さな洗剤8個を貰って吉村昭氏の小説が掲載されるあいだは東京新聞から朝日新聞にきりかえることにした。
 一昨日はソフトボールの試合がタクシー会社であったので40数年ぶりにバットを振った。膝がガクガクするのだが深夜までタクシーに乗り、きのうも寝たのは午前3時。夕刊が配達される時間まで何もせずにこの小説を読むために充分睡眠をとった。
 『彰義隊』の第1回を読み終わり、薩長連合で坂本龍馬の果たした役割が大きいくらいは知っていたが薩英戦争と長州が「イギリス、フランス、アメリカ、オランダ四カ国の連合艦隊の来襲をうけ、惨敗した」ことが、この仲の悪かった2つの藩の結びつきを深めることになったことを知って勉強になった。
 吉村氏はこの新聞掲載のためにたぶん一ヶ月先くらいまでの原稿はもうお書きになっているかも知れないがこの作家と同じ時代の空気を吸っているわたしは「お勉強」ばかりではなく吉村氏に伴走するくらいのつもりで『彰義隊』の連載を楽しみたい。このブログのネタにさせていただくつもりです。
 もう1つ。朝日新聞夕刊に川村二郎氏が『炎の作文教室』というコラムを担当なさっている。1、2回近所の珈琲館で読んで興味深かったのだが、わたしがまず読んだら妻と2人の息子にも強制的に読ませるつもりでいる。朝日新聞をとるメリットは本の広告が他紙に比べて多いということもある。とうぶん「運勢」の載っている東京新聞は客待ちをする駅前の売店で気が向いたら購読するしかない。
 みなさんは『彰義隊』をもうお読みになりましたか?a0036325_22112550.jpg
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by hiroto_yokoyama | 2004-10-18 21:23 | ブログ

高齢者の口の臭い

 タクシー運転手をはじめて1ヶ月近くなる。その前は体の不自由な人の在宅治療で口の中を懐中電灯で照らすアルバイトをほんの数日やってすぐやめた。それでも100名近い高齢者の口の中を覗いて、さまざまな人生を見たような気になった。
 誰も言わないことだが口の中の手入れが行きとどかない人がこんなにも多いのかと驚きが隠せない。
 タクシーにはいろいろな人が乗ってくる。高齢化社会のせいと可処分所得が多いこともあり年配のご夫婦がたくさんお乗りになる。こんなことを書けばまたまた嫌われるのは分かっているがもしかしたら「なるほど」と感じてくださる方がなかにはいらっしゃるかも知れないと期待して言えば、ある年齢以上の方をお乗せすると後部座席から異臭が必ずと言っていいほどただよってくる。理由は簡単。歳をとれば誰もが歯茎がさがってくる。歯と歯のすきまがひろがる。そこに食べた滓がのこる。義歯や入れ歯は汚れやすい。臭いは自分では気がつきにくい。異性を意識しなくなれば、自分の口の臭いなどどうだってよくなる。さまざまな原因から人は自分の口臭に配慮しなくなる。裕福でも貧乏でもこれは皆同じようなのだ。
 人間は毎日いろいろな人と会話を交わす。そのとき「あなた、口が臭いですね」とはとても言いにくい。家族に対してでもはばかるものがある。
 わたしはなぜこんな馬鹿げたことを書くのだろうか?
 生活習慣病というものがある。成人病のことをいつのころからか生活習慣病とマスコミで言うようになったが、わたしはちょっとうまい言い方だと思うのだが、人間が考えたり感じたりするのは生活習慣と切り離せないはずなのに、病気だけが生活習慣と結びついているかのような表現に物足りなさも感じている。
 ニンニクを食べたあと話す相手に不愉快な思いをさせないだろうか、までは誰しも思うだろうが、生活習慣の延長で口臭がしないかと自覚する人は少ない。日々判で押したような生活がおくれるのは人間としてたいへん幸せなことだが、つい知らず知らず判で押したようにしか感じられない、ステレオタイプでしかものが考えられない、そうなってしまっては人間としてもう終わりなのではないか。
 高齢者の口の臭いはその象徴のように思えわたしは何とかならないかと考えてしまう。わたしひとり歳をとったら口の臭いにも鈍感になるので気をつけておこう、では済ませない重要な問題があるような気がするのだが、わたしは頭がおかしいのだろうか。自分の口の臭いが気にならないなら、パートナーの口の臭いにも感づかない。わたしはそんな老後をおくるくらいなら『ロビンソン・クルーソー』のように寂しくてつらいだろうが絶海の孤島でひとり人生を終わることを望む。
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by hiroto_yokoyama | 2004-10-18 10:24 | ブログ

「死にたい奴は死なせておけ。俺はこれから朝飯だ」

 はじめにお断りしておきます。このタイトルは最近ネットで知り合って亡くなった方々にむけての言葉では決してありません。その方々のご冥福をお祈りし、ご遺族の方々へは心の底からお悔やみ申し上げます。
 白土三平さんに『忍者武芸帳』という名作があるのを、みなさん、とくに若い人たちはご存じでしょうか? わたしは大島渚監督が映画化されるのをきっかけにこの劇画を読みました。映画『忍者武芸帳』で記憶に残っているのは編集のすばらしさだけ。(編集なさったのは浦岡敬一さん)封切りはGoogleでネット検索したら1967.02.15とあります。わたしはそのとき18歳でした。映画がきっかけで原作を読んだのですがいまだに忘れられないのは唯一「地走り」のくだりです。
 ネズミは繁殖しすぎると、本能から自分たちで集団をなして海に突っ込んで行く。わたしはネズミの集団自殺がほんとうにあるのなら、それは人間についてもあてはまるかも知れない。そう考えて身の毛のよだつ思いがしたものです。
 最近不思議なことが原因で死ぬ人が多いですね。亡くなった方とそのご遺族にたいして不謹慎なもの言いになってしまうことを覚悟して言うと、わたしは上に書いたネズミの「地走り」のことをつい思いおこしてしまいます。
 冷戦が終わり世界秩序がくずれて日本はいまや流動化しつつある、などとは言い古されたことですがわたしは日本は「本当にヤバイ」と感じています。そこでわたしたちにできることは何なのでしょうか? 目で見たり手で触ったりできる範囲に限られますが、思い上がりだと他人から誹られようが何を言われようが自分たちの身のまわりで起きそうな「地走り」の予兆は身を挺して止めると強く意識すること。これしかないように思えます。
 タイトルの「死にたい奴は死なせておけ。俺はこれから朝飯だ」という言葉はたしか故・吉行淳之介氏が出版社の出す小冊子のアンケート「わたしの好きな言葉」で紹介なさっていたと記憶しています。孫引きばかりで恐縮ですが、五木寛之さんがドストエフスキーの小説の登場人物が「隣町に戦火がおよぼうともわたしはいま目の前にある一杯の紅茶を楽しく味わいたい」という意味のことを言っていると何かにお書きになっていました。共通するのは、獰猛というか、ふてぶてしいというかとても強靱な精神(自我と言ってもいい。しかし、「わがまま」とか「自分勝手」というものとはまったく違う)がこれらの言葉の根底にあるようにわたしは感じます。
 わたしは「自分の子供に限って」そんなこと(ここ十数年間に起きたじつに忌まわしい事件の被害者、加害者に子供たちもわたしもどちらにもなり得るのです)はしない、などと決して思いません。我が子がいちばん怪しい。それ以上にわたしはもっと怪しい。
 十何年前になりましょうか、サカキバラが小学生の首を切りました。
 わたしの二男もその時小学生でした。毎朝家を出るとき二男に「首を落とされないように気をつけろ! もし油断してお前の首が校門の前に転がることがあったとしてもお父さんは悲しむだろうがそれ以上ではない。なぜならお父さんの哀しみは誰の助けも借りずに自らで断ち切るしかない。お父さんはお前の首をはねた奴とその両親を殺すだけのこと。リンチは法律で禁じられている? そんなものは関係ない。法律があって人は生きるのではない。人間あっての法律なのだからそんなものは無視! 」と訳の分からないことを言って息子に嫌な顔をされたものです。
 わたしが言いたいことは「口先だけでなく、命を賭けてまわりの人にもっと干渉しないといけない」ということのようです。いまのままの生活が維持できなくなることが人生の最大のリスクだと勘違いしている人が多すぎる。人はけっしてパンのみに生きるものではないとむかしから言うではありませんか。
 安い発泡酒二缶。そしてチープなカリフォルニアワインをたらふく飲んでいまいい気持でこの記事を書いています。あす朝、読み直したら、わたしはきっと穴があったら入りたい気持ちになるのでしょうが、やむにやまれず、きょうもまたつまらないことを書きなぐってしまいました。
 と、10月15日の午前3時に書いたものを7時間経過して読み直すと多少バツの悪い思いもしますがわたしの本音なのでブログに載せることにします。
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by hiroto_yokoyama | 2004-10-15 10:23 | ブログ

小泉総理大臣のおじいちゃん

 たしか週刊朝日だったと思うが、小泉総理大臣の祖父は入れ墨を入れていたと報じていた。わたしは電車の中刷りでそれを知って嬉しくなった。小泉総理大臣を支持する気持ちを強めた。
 きょうもプールへ行った。わたしは怠け者なので泳ぐ前に準備体操などはしない。その前にサウナにはいる。サウナで体を温めてからプールへはいる。私の行くプールは公共施設。サウナに入りに入れ墨者がいっぱい来る。(民間のサウナでは「入れ墨を入れた方、お断り」の札があって入りにくいのだろう)
 数ヶ月前わたしがサウナに入ると四畳半くらいの部屋に先客で何と入れ墨者が3人もいた。いつもの場所に腰をおろすとちょうど3人のやくざ者に取り囲まれる形になった。3人の様子をそれとなく窺うと3人はそれぞれ結びつきはなさそうだった。現役の組員。ヤクザ家業から足を洗った人。フリーのヤクザ。皆バラバラに来ている。そんな感じだった。
 わたしの隣の入れ墨者がやたら「はあ、はあ」と荒い息をしながらしきりに顔の汗を拭う。拭った汗を手で飛ばす。嫌な予感がしたが、そのヤクザが払った汗がわたしの肩にかかった。「汚いじゃないか」わたしはムッと来た。しかしそう言うのは恐いのでわたしは黙ったままでいた。くやしい。どうしてくれよう? 相手に悟られないようにわたしは長身痩躯のその入れ墨者を観察することにした。身長は180センチにちかい。入れ墨はと言うと線だけの観音様。金がなかったのか我慢が足りなかったのか、線だけで細かい描写がない。チンチンを見ると多摩動物園にいた猿を思い出した。その男の体型に似て細長いのだがくびれがない。わたしの者に比べると三分の一は長いだろうか?
 わたしは泳ぎ終わって帰るときにその公共施設の事務所にいって館長に文句を言った。「俺がやくざ者とトラぶって殺されたらお前はどう償うか? 俺の遺族がお前を訴えるから名刺を寄こせ」そんなことを言ったせいかどうかは分からないが、わたしに汗をふりかけた入れ墨者はその後プッツリ姿を見せなくなった。殺されたのだろうか、それとも刑務所に入れられたのだろうか。わたしは気になる。
 きょうから臨時国会。いま民主党の岡田代表が熱心に何かを語っている。入れ墨者の孫である小泉総理よ、頑張れ! 朝日新聞もNHKももっと頑張れ!
 安い発泡酒350ミリリットル2缶を飲んでいい気分になってこの記事を書いているがそろそろ小泉総理の答弁になるのでこのへんでやめてNHKの中継に集中することにする。いつものように訳の分からないことを書いてしまってごめんなさい。
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by hiroto_yokoyama | 2004-10-13 13:29 | ブログ

野村秋介氏のご子息にお会いしたい

 1994年の夏、わたしは野村氏に近いM氏からホテル・オークラに呼び出された。なぜ右翼の大物が私ごときに会いたがるのか?
 野村秋介氏についてはみなさんもご存じだろうが天下の朝日新聞本社の役員室か社長室かで拳銃でご自分の腹を撃って亡くなった人。その場にご子息が同席なさっていたらしいことをわたしは知っていた。むせかえるような暑い日にわたしは一張羅を着てどきどきしながらM氏に会いに行った。用件は「故・野村秋介三周年記念映画の監督をしませんか? 」という有り難いことだった。だが、わたしは10年がかりの企画『眠れる美女』の製作費をテレビ局と映画会社の事業部それぞれから5000万円ずつ引っ張り出せるかどうかの瀬戸際にいた。素直に「来年ならまだしも今は無理なのです」とお断りした。
 「あなたは福岡県のご出身のようだが、玄洋社をご存じか? 」
 「いちおう名前だけは」
 「内田良平だとかいろいろな人物を輩出した右翼の総本山・玄洋社のあった福岡出身なのだから是非監督をうけていただきたい」(横山の注釈。そのご少し勉強して分かったが玄洋社は右翼の「総本山」などではない。)
 こんなやりとりをしたことを覚えている。葺手町のM氏の事務所を辞して帰り道銀座の旭屋書店に寄った。野村氏の著作『さらば群青』をもとめて電車の中でむさぼり読んだ。あれから10年。わたしは自分の2人の息子を見ていると野村秋介氏のご子息のことが気になって仕方がない。
 父と子は勝海舟とその父親・小吉の親子のことを知って以来わたしの大きなテーマなのだ。長男が生まれた年(1982年)から小吉のような父親でありたいと念じ続けた。息子が生まれた記念に泳げないのでプールに行きはじめて泳げるようになろうと思った。それから22年がたった。きょう初めてわたしは泳ぎを人にほめられた。
 1ヶ月ほど前わたしの泳ぐレーンで水泳教室をするので11時までにあがれとインストラクターが突然言ってきた。わたしは「そんなことなら俺は泳がずにきょうはサウナだけで帰った。なぜ張り紙の一つもしないのか」と叱りつけた。あのときのインストラクターがきょうはにこにこしながら「お客さん! アドバイスを1つ」とわたしのそばに来た。わたしの泳ぎは我流だ。「左手はすごくうまく動いていますが、右手が頭のすぐ上から入水しています。もっと遠くから右手を入れられたらどうでしょう? 」と教わった。とても嬉しくて、なぜか野村秋介氏のご子息にお会いしたくなり、この駄文を書くことにした。
 M氏がわたしのことを知ったのは『眠れる美女』のシナリオを書いてくださった脚本家・石堂淑朗氏が國學院大學の教授にわたしをすごくほめてくださったかららしいと後日分かったが、これも縁(えにし)。どなたか野村秋介氏のご子息の消息をご存じの方はいらっしゃいませんでしょうか。
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by hiroto_yokoyama | 2004-10-07 13:48 | ブログ