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『脚本家・橋本忍の世界』(村井淳志、集英社新書0305F)はおもしろい

 古本屋をのぞいたがとくに欲しい本がなかったので見出しの新書を買った。約半分、94ページまで読んだが著書の村井氏は大学で教師になる人の先生をやっている人のようだ。それだけに臭み(民社党や共産党に近そう)があるがわたしのシナリオ執筆のヒントになることを言っている。
 けさ(8月28日)のフジテレビ『報道2001』を見ていて思ったのだが民社党のいかず後家(処女かどうかは定かではない)・かってのマドンナ候補の前党首が「北朝鮮の拉致問題はでっちあげ。そんな事実はない」と言っていたことを誰も問題にしないことは問題だ。ボーッとしていたために朝鮮半島に連れ去られた人が何十人か百何人か知らないが何年かにわたっている。これがひとときにやられていたら戦争を仕掛けない方がおかしい(分割払いでも一括払いでも一人でも拉致されたら取り返そうとするのが当たり前)。護憲だとか何とか言っているが衆議院選挙で共産党も社民党もそこのところを頬被りし民社党は無論自民党までがタブー視しているのはいけないのではないか。
 チャンコロ(支那)が露助(ろすけ、ロシア)と組んで軍事演習をやってアメリカを挑発しているがわが日本は漁夫の利を占めるためにいまこそ国民はこぞって知恵をしぼるときではないのだろうか。駒大苫小牧の暴力事件が「解決」したようだがわたしは不満だ。練習に暴力はつきもの。おおっぴらに殴ったりすることを奨励はしないがスポーツをやるならこれからも同じ問題が起きるのは当たり前。ブスの主婦(この女はまちがいなく裾腋臭・スソワキガ)が選手たちが心に傷をおったなどと腑抜けたコメントをしていたがそんなこというならこの日本からすべてのスポーツを排除したらどうだろう。サッカーも野球も闇でやるといい。巨大なシェルターでも作って地下でやる。サポーターも選手も不自由だろうな。680万人のケチ(吝嗇)なサライ族どもがなけなしの退職金をつぎ込んでこんなことを実行しはじめることをわたしは期待している。
 わたしの言いたいことを何人の人が理解するだろうか。メクラ千人目あき千人。まずマスコミで働いている若い労働者(イルカ族)たちの自覚を促したい。一流大学卒のインテリの人たちは高い給料だけ貰ってボーッとしていてはいけませんぞ。
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by hiroto_yokoyama | 2005-08-28 22:33 | ブログ

『冒険者たち』(ジョアンナ・シムカス、アラン・ドロン、リノ・ヴァンチュラ)と『純』の関係

 ひるまケーブルテレビで『冒険者たち』のおしまいの部分を見た。海の中に要塞が映った。この映画が封切られたのはたしか昭和42年(1967年)ではなかったろうか。わたしは1浪して2度目の大学受験のために上京し結果待ちの居心地の悪いとき有楽町の大きな映画館(有楽座? )で見た。
 缶の発泡酒をのみながら懐かしくてテレビのチャンネルを押した。東映東京撮影所で契約の助監督のころ疲れて帰る電車の中で座席に捨てられた夕刊紙を拾った。なにげなくページをめくると『冒険者たち』の要塞ににた写真が目にはいった。軍艦島(正式には端島という)だ。担当した映画が終わって九州に帰省したおりわたしは友だちと軍艦島を見にいった。そのときはただ見たかっただけ。倉本聰さんの了解をえて『純』のシナリオを書き直すときいきづまって思い出したのがこの軍艦島のことだった。
 『純』が大ヒットしてしばらくしたら東映京都撮影所のプロデューサーから電話があった。軍艦島で『冒険者たち』のような映画を撮りたいという申し出だった。「馬鹿な! やめておいた方がいい」と思ったがどこに連絡すればいいかの質問にはちゃんと答えた。この日本版『冒険者たち』はわたしの予想通り興行的に大失敗した。
 数日前、行政の役人が地域おこしのためにこの島に渡ったと写真入りで報じられていた。 いまわたしはさいたま市でタクシー運転手をしているが毎日いろいろな風景を見る。軍艦島の写真を見たインパクトほどの景色にはまだ出合っていないがシナリオを書きだしたら煮詰まって夜中にロケ場所探しに車でうろうろしだすに違いない。そんな日はそう遠くないうちにやってくる。わたしのひそかな愉しみごとなのだ。
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by hiroto_yokoyama | 2005-08-25 23:01 | 映画

タクシー大手「エムケイ」(京都市)グループの社長は北朝鮮の工作員か

 きょうの(8月25日)讀賣新聞夕刊19面にタクシー運転手が「10分以上停車したら休憩」とみなされ「次々差し引き給料0円」という(のはひどいという)記事が載っている。ワンコイン(500円)タクシーというダンピングを始めた「大阪エムケイ」(大阪市)を相手取り元運転手ら10人が「賃金を不当に大幅カットされた」として訴訟をおこすらしい。わたしはアルバイトとはいえタクシー運転手をほぼ1年つづけたので義憤を覚えた。
  マスコミには言えない書けないことをこのブログで言う。「エムケイ」の社長はなんという名前か知らないがたしか在日朝鮮人(もしくは韓国人)のはず。(違っていたらごめんなさい。すぐ訂正しますのでどなたか知らせてください)それが賃金カットとなんの関係があるかといえばタクシーの許認可は国土交通省。ここの窓口が自虐日本史の信奉者であるために在日の要求はなんでも聞き入れてしまうことがすべての原因とわたしは推察している。来月の衆議院選挙で小泉自民党が勝てばこの訴訟は「大阪エムケイ」が間違いなく負けるだろう。ついでに経済産業省は中川昭一が大臣なのでタカ派の彼に北朝鮮が経営する日本中のパチンコ屋を何とかして潰して欲しいと祈るのはわたしばかりだろうか。
 これが構造改革なのです。自虐日本史議員のいる民主党は口先ばかりで改革などできない。社民党、共産党は売国奴の集まりだ。小泉自民党をわたしは支持します。
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by hiroto_yokoyama | 2005-08-25 22:04 | ブログ

エリザベスカラーと天草四郎

 犬猫を好きな人ならご存じだろうが畜生たちが傷口を舐めたりしないように獣医さんたちがラッパのようなものを首につけてくれる。変なものを首につけられてしおらしくしている姿を見るとどこか滑稽だ。滑稽ついでに告白する。わたしが九州英数学館で受験勉強などせず暇を持て余していたころ九州大学のキャンパスで犬に白いペンキで眉毛を描いてやったことがある。犬はなんのことやら分からずすましてその辺をほっついていたがその犬の飼い主か動物愛護協会の人に見つかったらわたしは死刑を宣告されたかも知れない。犬には眉らしきものは見あたらない。その犬が眉毛をつけている姿を想像してみると興味深いですぞ。(『シンボルの哲学』という有名な本を途中まで読んだ覚えがあるが、是非これを機会にどこかから探し出してこよう)わたしがはじめてエリザベスカラーを見たのは浦和にこしてきた1988年頃だった。妻にあれはなんだと聞いてはじめて知った。天草四郎の肖像画を見た人は多いに違いない。首にぎざぎざのついたものを巻いているのが印象に強い。わたしは犬が首にエリザベスカラーを巻いているのを見るとどうしても天草四郎を連想してしまうのだ。おかしいでしょ?
 むかし東映が大島渚監督で『天草四郎時貞』という映画を作った。画面のあまりの暗さに「お母ちゃん見えないよぅ! 」と全国の映画館でこどもたちが悲鳴をあげたという。サライ族の映画好きならこんなことはよく知っているはず。
 そんなことはどうでもいいが、けさ(8月23日)のニュースで栃木県に馬頭町(ばとうまち)というところがあるのを初めて知った。そこに広重美術館というのがあって9月19日まで歴史物語や小説に登場する英雄(ヒーロー)たちの浮世絵を展示する「浮世絵英雄列伝」という催しものをやっている。テレビにどことなくユーモラスな弁慶などが映っていた。ぜひ見てみたい。
 パラス・アテネという学芸と戦争の神さまがいてホメロスを映画にするならアニメでいくしかない。俳優をつかうと嘘っぽい。なんとかいう画家が描いた絵を見てわたしはパラス・アテネはこれでいくしかないと思って展覧会でその絵の絵はがきを買った。だいじにしまっていたらどこかにいってしまったが。
 例えば弁慶とかパラス・アテネの絵をコンピュータ・グラフィックスで動かす(CGの制作費がたくさんかかってしまうが著作権の心配はしなくて済む)。実物の人間が演じるよりリアリティを画面に持たせることが出来るのではないか。そんな映画をわたしは撮ってみたい。暑気あたりでそんな妄想がうかんでしかたがない。もう少しすずしくなったら妻をお供につれてカーナビを頼って栃木県の馬頭町までいってみようかと考えている。エリザベスカラーと天草四郎とか言いましたがわたしの言いたいこととあまり関係がありませんでしたね。ごめんなさい。
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by hiroto_yokoyama | 2005-08-23 21:09 | ブログ

伊藤整の短編『破綻』を読む

 伊藤整といっても若い人はほとんど知らないだろう。いまとなれば知的なじいさんばあさんが覚えているくらいか。詩人にして小説家、文学評論家にして文学史家、外国文学研究家にして文芸評論家(平野謙がそう言う)の伊藤整の名前を少年のときからわたしは知っている。テレビで三島由紀夫と対談しているのを見た。古本屋から10冊ちかい著書を買い集めている。その1冊日本文学全集48『伊藤整』(新潮社)を押し入れから引っぱり出して短いのがいいと『破綻』をさっき読了した。昭和12年に発表されたものだが古びていないとわたしは思う。いい気分。この小説の登場人物を映画でならどのように造型するのか考えてみるのは楽しい。ただしうまく描けたとしてもきっと誰も面白がる観客はいないだろう。そこがまた愉快だ。自分のことも含めて言うのだが現代人は軽いねぇ。
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by hiroto_yokoyama | 2005-08-23 17:52 | ブログ

駒大苫小牧野球部の「不祥事」について

 野球部の27歳になる部長が3年生の部員を殴った。この部員の親が子供が「40発ぐらい殴られ、あごのかみ合わせが悪くなった」と訴えている(8月23日づけ讀賣新聞夕刊19面)らしいがわたしは釈然としない。恐らくほとんどの人がわたしの考えは間違っていると怒るだろうがなんでこんなつまらないことが問題になるのだろうか。わたしの考えはこうである。
 わたしが親なら子供が殴られて帰ってきた日に決着をつけている。子供の話を聞きどうすべきかその場で判断する。子供だけで処理ができるのか親の出る幕なのか。できることならさいごまで子供に処理させる。どうしても無理なら殴った部長にわたしが会いに行く。どちらにしても表沙汰にすべき問題ではない。殴られた部員の親は間違っている。
 野球に限らずスポーツの練習は暴力と紙一重だろう。勝つか負けるか勝負を争うのだから穏やかなトレーニングというものはないのではないのか。むかし娘たちが正月などにやっていた羽子板とはわけが違うだろう。
 高野連(日本高等学校野球連盟)はなにを考えているのか。そもそも日本高等学校野球連盟とはいったいいかなる団体か? (どうせ朝日新聞の傀儡だろう)
 マスコミでは絶対に出てこない(もみつぶされる)だろうわたしの意見です。今回の「不祥事」は殴られたのに試合に出して貰えなかった部員とその親の腹いせがどうやら原因のようだ。くだらないことだ。あの朝日主催じゃむべなるかなでございますね。
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by hiroto_yokoyama | 2005-08-23 17:24 | ブログ

広島6区あの守旧派亀井は堀江におちょくられて御陀仏のはずだったのに

 きのう(8月19日)の夕方のニュースで脂ぎったあの堀江のでかいツラを見て虫酸が走ったので記事にすることはないと決めていたのだが新聞を見て気がかわった。
公職選挙法によると、ホームページは選挙運動に使ってはいけない」らしいのだ。
ポスターやはがきなどと同じ図画文書と解釈され、制限がある」らしいのだ。
日常の政治活動を訴える手段として、公示日前なら利用可能だが、公示後は更新してはいけない」らしいのだ。
 ホームページを選挙戦につかうと「誹謗中傷の場になる、などの反対論も強い」のはモラルの低い掲示板や低能ブロガーが多いからだとこの記事「よみうり寸評」を書いた記者でも知っているはず。なのにそのことには触れずに最後を「堀江氏はどうだろう。選挙戦にネットを活用できないことなど、「想定の範囲内」だろうから……。」と皮肉っぽく結んだだけ。
 さあどうする? 匿名でしかものが書けないアホな輩どもよ。あ、どうせこいつら選挙などしないから関係ないか。日本人はどこまでも民度が低いよなあ。
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by hiroto_yokoyama | 2005-08-20 18:17 | ブログ

クラフト・エヴィングを僭称する能天気なカップル

 きょう(8月20日)の讀賣新聞・夕刊を見ておどろいた。西田朋子とかいう提灯持ちの記者が4面に書いた記事。クラフト・エヴィングといえば谷崎潤一郎全集(中央公論社)で知ったのだがドイツの変態性欲の研究者として有名な人物らしいのだ。あのフロイドとも交流があった(? )。大谷崎は小説のネタをこのエヴィング博士の本からだいぶいただいたと正直に書いている。それなのに、ああ、それなのに他人の名前にかってに「商會」などとつけて金儲けをしている自称作家と似非デザイナーの男女がいるとはなんとも嘆かわしいことだ。
 それにしてもこの変態カップルはクラフト・エヴィングの名前をどこで知ったのだろうか? せめて新聞でそのあたりのことくらいは堂々とあかしさえすればわたしもこんなにはらわたの煮えくりかえる思いをしないで済んだのに。いまどきの新聞記者はまったく勉強がたりない。取材したほうされたほう、3人とも恥じて死ね!
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by hiroto_yokoyama | 2005-08-20 17:39 | ブログ

説明せよ、うつろな頭蓋の風車小屋での赤腹のたのしみ

 なんのことやらわたしにはさっぱり分からない。トリスタン・ツァラ『ダダ宣言1918年』(小海永二・鈴村和成訳)にあるらしい。きょう(8月20日)の日本経済新聞1面、「春秋」欄でみた。
「…これもマニフェストである。それも歴史に残る有名な。意味が分からないのは、ごく一部を抜き書きしたせいではない。全編この調子で難解至極なのだ。」とある。「『ダダ宣言1918年』は世界各地に前衛芸術運動を生み出した」らしい。「ダダ」という言葉は聞いたことがあるがトリスタン・ツァラのことは知らなかった。まいにちいろいろと新しい知識が身につき(それもすぐに忘れるが)57歳になっても生きていてよかったと思う。今週はタクシーの乗客を練馬区の氷川台、宇都宮線の土呂駅などにはこんだが聞いたことのない地名行ったこともない駅ばかり。いろいろ知ったからといって何がどうなるものでもないのだがわたしが作る映画の500ちかいショットの1つになるかも知れない可能性がわたしの希望なのだ。
 もう1つ。讀賣新聞の1面。「編集手帳」欄にある小学3年生の詩。「ふとんはタイムマシーンだよ
ふとんに入ったら/明日になるよ/だから『おやすみ』じゃなくて/『行って来ます』って言うんだよ
 そうか、ふとんはタイムマシーンなのか。これもいい。息子たちが小学生のときに熱帯魚や母の日のこと、校内マラソンについて書いた作文を思い出した。けさのわたしの気分は「いとしめやか」(中原中也)なのです。
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by hiroto_yokoyama | 2005-08-20 07:32 | ブログ

勝海舟のお父さん(小吉)のようになりたい

 みなさんご存じの通り勝海舟は江戸城を無血開城した立役者。日本史で覚えていませんか? 駄目ですねぇ。そのお父さんは貧乏旗本でヤクザとつるんで強請りたかりなどしてなんとか生計をまかなったのだそうです。この小吉に『夢酔独言』(平凡社、東洋文庫)という本がありわたしは2度読みました。わたしは2児の父親になる前からずっとこの男に憧れている。なぜか? この人は人間として大きいのです。いまどきの役人に小吉の爪の垢でも煎じて飲ませたい。
 小吉はあるとき勝海舟のお母さん(小吉の妻)に言いにくそうに「近所のあそこの横丁に誰々さんという未亡人がいる。わしはその人を妾にしたいと思うのだがお前ひとつ掛け合ってきては貰えないか」と頼んだらしいのだ。海舟のおっかさんはその時どんな顔をしたのだろう? その未亡人に話しに行き了解させたとなにかの本で読んだ記憶がある。わたしはつくづく羨ましいと思う。しかし近所のどこをさがしてもわたしが小吉の真似をして妻に頼み込むに値するいい女は銀婚式を経過して2年もたつのに未だお目にかかったことがない。残念と言うしかない。そんなことより有名にならなくてもいいので息子2人がひとかどの人間になるのを見届けるまでガンになっても死ななかったのだからいまのわたしは生き続けたいと念じているのです。わたしの大嫌いなサライ族(とそのステューピッドな子供たち。人の褌でしか仕事の出来ないあの電通がイルカ族と命名したが定着しなかった)がひとりでもこのブログを読んでくれることを期待してきょうもはやばやと寝ることにします。
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by hiroto_yokoyama | 2005-08-17 21:13 | ブログ