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深谷市に行ってがっかりした

 渋沢栄一の映画を市民グループが作るというので楽しみにしてきのう(10月29日)朝9時半に家を出た。開演は午後1時半。講師の話があまりにもつまらなくて3時前には途中で退席。とぼとぼと深谷駅まで歩いた。
 市民グループは渋沢氏を題材に水戸黄門や寅さんのような映画をどうも期待しているらしいのだが講師は大学の先生のように凡庸な人。いろいろこむずかしく空疎なことを喋っていた。こんなことでは痛快な映画などできっこない。しかもこのもぐりのどこをさがしても毒などない。白髪のこいつはたぶん50代になるこんにちまで助監督止まりのようなのだ。役人にでもなっていればよかったものをなにを間違って映画を志したのだろう。狐につままれたような気色悪い気持ちで帰路を急いだ。帰宅は夕方の5時。雨がしょぼしょぼと降りはじめていた。
 やはり、こうなったら自作自演でほそぼそと自分の映画を撮るしかない。わたしは芝居ができないので自分で自分をインタビューする。文字どおり裸のわたしを写して尻の穴とチンチン以外(映倫に引っかかるのでまずい)の肉体をさらけ出してみる。30分になるか1時間になるか分からないが60歳で運転手の定年をむかえる日までにネット配信することをみなさまにお約束いたします。
 乞う! ご期待。
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by hiroto_yokoyama | 2005-10-30 23:09 | ブログ

『幸せの黄色いハンカチ』はパクリだった?

 NHKラジオの夕方6時のニュースで知ったが日本国憲法をかえる案が自民党から出されたらしい。自衛隊を国防軍とするか自衛軍とするか、結局公明党や共産党、社民党、民主党をはばかって自衛軍とするようだが、わたしに言わせれば小泉さんは軟弱だ。
 文化庁の在外研修生でニューヨークとオレゴンをうろうろしたのは1990年から91年にかけてのことだった。ときあたかも湾岸戦争が地上戦に移ろうとしていたときだ。ニュージャージ州のヤオハンに買い物に行こうとレンタカーを借りて船でわたった。住宅街の玄関に夥しい黄色い布切れを見た。おもに貧しい黒人兵士が地上戦に投入される。その無事を願って家族がおもてに黄色いハンカチをつるすらしい。コロンビア大学で英語の勉強をしていた(こういうのを泥縄という)がそのときの副読本にピート・ハミルの黄色い布についての文章があった。彼はニューヨークタイムズか何かの記者だったらしいがなかなか歯切れのいい文だった。それをパクって映画にしたのではないかという疑いがかけられた。映画が当たったあとのことでもあるし剽窃のかどで訴えられるまえに誰かがだれかに金を払って事なきを得たのだろうか。つまびらかなことは新聞では報じられなかった。
 わたしの言いたいこと。自衛隊は貧乏人の行くところ。自衛軍だと貧乏人が戦争で真っ先に死ぬ。国防軍だと小泉首相のタレント息子であろうと誰であろうと国民皆兵差別なく戦争にかり出される。共産党も公明党も社民党も民主党もわが息子たちが死なないですむように貧乏人の子供をさきに殺したいから「自衛軍」を主張しているようにみえる。自民党と野党および公明党は逆なのだ! 逆立ちしている。わたしは自衛隊を国防軍にしてわが子をまっさきに戦場に送りこんでもやむをえないという覚悟を国会議員はもつべきだと言いたいのだ。
 ニートかフリーターかなにか知らないがステューピッドな若者は♂であろうと♀であろうと他人であろうと我が子であろうと戦場に皆おくりこみ殺されてしまっても仕方がないのではなかろうか。自衛軍ではそれをしなくてすむ。国防軍だと徴兵制につながりかねない。日本の人権派のおとなたちは国が沈没しそうな今こそまじめに徴兵制について議論する勇気を持つべきなのではなかろうか。その議論なく自衛隊をかんたんに「自衛軍」などとお茶を濁すべきではない。
 『プルターク英雄伝』(読みかけてほったらかしているが)ホメロス、そしてプラトン。むかしの人は偉かった。日本国民は総白痴化している。サライ族はせめて『イリアス』『オデュセイ』くらいは読んでみるといい。
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by hiroto_yokoyama | 2005-10-28 21:50 | ブログ

深谷市の市民グループが渋沢栄一の映画を作ろうとしている

 けさ(10月28日)の讀賣新聞 埼玉 県南版(31面)で見た。あした(29日)は仕事も休みなので映画『スパイ・ゾルゲ』のプロデューサー・鯉淵優氏(わたしはこの人の名前を知らない。もしかしたらもぐりかも)の講演会を聞きに葱で有名な深谷まで行ってみようかと思っている。
 さいたま市在住の人でもしこのブログを呼んで物好きにわたしに会いに深谷まで行ってみようという方はぜひ講演会場でわたしめにお声をおかけください。悪いようにはいたしません。
 讀賣の記事。講演会は、深谷市本住町の深谷市民文化会館小ホールで午後1時開場、1時半開演。入場無料。問い合わせは、同市政策推進課(048・574・8096)
 どうせいま電話しても明朝電話しても役人は怠け者なので誰も出ないでしょうが。
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by hiroto_yokoyama | 2005-10-28 20:48 | ブログ

山折哲雄「日本人の精神性」を読む

 部屋をかたづけていたら雑誌「草思」創刊号(草思社、1999年5月号)が出てきた。
 おもしろいと思ったところを引用する。見出しの山折氏の文章。
私は長谷川伸の作品にふれて、股旅任侠道における弱者への負い目に注目した。ついで司馬遼太郎の小説に触発されて、浄瑠璃町人道における人情過多の道徳感覚なるものの可能性を考えてみた。そして最後に新渡戸の『武士道』をとりあげて、さむらいジェントルマン道における弱者への憐憫、劣者への同情、敗者への慈愛について思案をめぐらしてみた。
 そこに一貫するものを、いったい何と呼んだらよいのだろうか。任侠道、町人道、武士道をつらぬいて変らぬ主題とは、いったい何かということだ。あえていえば、それがこの日本列島という風土に育まれ熟成してきた日本人のヒューマニズムの原形質ではないか、というのが私の仮説である。ただしかし、このヒューマニズムには多少とも偏向した個性がみられないわけではない。
 その偏向した個性とは、要するに弱者への無限の負い目を担いつづける傾向性のことだが、そこには立ちつくしながら膝を屈するような債務至上主義のモラルが脈打っている。対等の契約関係にもとづく債権意識を可能なかぎり無化しようとする意志がはたらいているといってもいい。西欧流儀の自立的債権者の体面を保つためには、そのメンタリティーはあまりにも含羞という強迫観念にとりつかれていたのである。眼前に眺められるのはいつのまにか、債権主義という名の累々とした土壁だけになっていたということだ。

 その壁穴からきこえてくるのものは、今やご存知、平成の嘆き節だけなのである。(同書14ページ)
 山折氏の言いたいことが分かりますか。わたしは頭があまりよくないので理解できないのでしょうか。いやいやそうではありますまい。山折氏は何かを言い切っていないから分かりにくいのではないでしょうか? おひまな方は上記の文をなんどか読み直してみてはいかがでしょう。あすも朝が早いのできょうはもうこれで寝ます。
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by hiroto_yokoyama | 2005-10-26 22:08 | ブログ

小泉首相のおじいさんの声

 酒に酔った頭をふとよぎったことがある。何日か前の朝日新聞が小泉総理大臣のおじいさんの声が昭和12年に録音されたレコードがオークションで4700円で落札されたことを報じていた。入れ墨をいれていた小泉又二郎(名前も字も間違っているかも知れない)代議士の声を聞いてみたいと思いませんか。テレビ朝日あたりが是非オンエアするといいのですがいかがでしょうか。
 きょうの党首討論は小泉総理大臣の圧勝。前原代表は自分の父親が裁判官だったなどとウソをついたばちが当たったのか訳の分からないことを口走っていましたね。共産党、社民党につづいて民主党も情けないことになってしまった。大リーグはホワイトソックスが王手をかけわが日本ではロッテが今晩中に優勝しそう。
 むかし野坂昭如氏が週刊文春にたしか「右も左もけっ飛ばせ」というコラムを連載していた。わたしは左翼なのか右翼なのか選ぶにはいまの日本には右も左も存在しなくなったことを嘆かわしく思う。冷戦終了後世界秩序が確立されないままに人類は滅びてしまうのだろうか。新しい天皇制の確立。わたしは酔った頭で真剣にそのことに思いをいたしています。沖縄の基地問題。日米が同意したというニュースにわたしは希望をもった。人民を統治するには飴と鞭、これしかないのだ。
 小泉総理のおじいちゃんの声をわたしは聞いてみたい。小泉さん頑張って!
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by hiroto_yokoyama | 2005-10-26 20:11 | ブログ

めくらのブラックジャックというのはどうだろう?

 明け方3時40分就寝。6時起床。阪神3連敗のあとの目覚めは悪い。讀賣新聞をめくると2面の「顔」欄に全盲で医師免許を取得した茨城県ひたちなか市の大里晃弘さん50(才)という記事があった。
 大里さんには申し訳ないがきょうのわたしとわたしの家族の活力源にさせてもらいました。
 北野武が『座頭市』を2、3年まえ撮った。高齢の母は弟に連れられていってわざわざ劇場で見みたらしいがわたしは二男が借りてきたDVDで見た。つまらなかった。北野武が気の毒になった。外国の映画祭は借金だらけのかわいそうな北野を救うためにほかの彼の映画に賞を与えているのかも知れない。
 ご存じのように(というのは読者へのわたしの諂(へつら)い)座頭市は原作が子母沢寛。仕込み杖を使う市という按摩がいた、という文章が彼の小説にあるらしい(わたしは未読)。
 わたしの長男は息子(わたしのこと)があとを継がなかったあわれなわたしの両親(長男からみれば父方の祖父母)のように医者になりたいと言って聞かない。ならば手塚治虫の『ブラックジャック』(わたしはこれも読んだことはない)を読ませて諦めさせようとしたがかえって火に油をそそぐようなことになった。23才にもなって受験勉強などほとんどしないくせに来年もセンター試験を受けると張りきっている。
 見出しの「めくらのブラックジャック」をかりに映画にしても座頭市どうようアングロサクソンには理解されないだろう。気味悪がられるだけではないだろうか。しかし国威発揚。日本文化を世界に広めるためには儲けは度外視して映画化してはどうだろうか。むろん監督は北野武。手塚治虫の馬鹿息子がプロデューサーをやればきっと成立すると思うのですが、どうでしょう?
 一見のひやかし読者にはわたしがなにを言いたいのかほとんど分かって貰えないだろう。常連(そんな人がいたらの話)の読者はますますわたしを不可解な愚か者と蔑むことだろう。わたしが言いたいことは国はよくぞ全盲の大里晃弘さんに医師免許をあたえたとわがニッポンを称えたいのです。欧米では絶対にあり得ない。小泉総理大臣の構造改革の大きな成果のひとつなのではないだろうか。息子はいま23才。「お前もこだわり続ければ50才までには医者になれるかも知れないぞ」と家族で朝飯を食べながら息子に讀賣新聞を読ませたしだいなのです。発泡酒2缶をのんでいい気分で勝手なことをまたまた書いてしまいましたがいつものようにおつきあい頂いて感謝感謝。
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by hiroto_yokoyama | 2005-10-26 13:50 | ブログ

ユルフン監督を見てはいられない

 わたしは阪神タイガースの岡田監督をペコちゃんと呼ぶことはあるが同監督を「ユルフン」とはひどすぎる。週刊誌で読んだときはユルフンの意味が分からなかった(およその見当はついたが)が日本シリーズ第2戦がさっき10-0になったとき霧が晴れるように見えてきた。ユルフンとは緩(ゆる)い褌(ふんどし)ということなのではないか? だとすれば一昨年同様ことしも阪神の日本一はまずないだろう。暗い気持ちになる。こういうときは寝るにかぎる。あしたも早いことだし。
 心のバランスを取るためにそうそうに蒲団にはいり読みかけの藤沢令夫(のりお)著『プラトンの哲学』(岩波新書537、きのう古本屋で買った)かアインシュタイン、インフェルト著、石原純訳『物理学はいかに創られたか』上(岩波新書R14)を睡くなって顔の上に落とすまで読むことにする。
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by hiroto_yokoyama | 2005-10-23 21:06 | ブログ

人生一度も嫌になったことがないサライ族へ

 出っ歯の井川、びっこの泉谷。きょうもあしたも泉谷の勝ち。
 テレビ朝日で日本シリーズ第一戦を中継している。無様な井川を見たくないので落日のNHKにチャンネルを切りかえた。朝日新聞は潰した方がいいがNHKは民営化してなくさなくてもいいというのがわたしの結論。
 みなさん。いますぐテレビのスイッチを入れてNHKを見ましょう。10時半までやっているようですよ。
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by hiroto_yokoyama | 2005-10-22 20:36 | ブログ

野村秋介氏の秘書だった方からおとつい(10月20日)メールを頂戴した

 もと秘書のS.F.氏にはご了解を頂いたので氏のメールをそのままのせます。
初めまして。野村秋介の秘書をしていた者です。検索していて貴サイトにアクセスしました。野村に関して何かお聞きになりたいことがありましたら、メールでもブログのコメント欄でも結構ですので、宜しくお願い致します。
 むろんわたしはS.F.氏にすぐにお礼のメールを出した。その日(10月20日)のうちにご返事をくださったようなのだがわたしが拝見したのは昨日はタクシーに乗っていたのでほんのさっき(22日午後)のこと。
 S.F.氏にお会いすれば野村氏とご子息のことなどをいろいろと教えてもらえそうだ。
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by hiroto_yokoyama | 2005-10-22 15:08 | ブログ

夫婦について考えさせられた

 例によってタクシー乗務が休みのときは書店通い。昼に発泡酒2缶飲みながらただでもらってきた出版社の雑誌2冊(文藝春秋の「本の話」11月号。岩波書店「図書」10月号)に目を通す。おもしろい記事を発見した。
 前者。特集『文春新書、おかげさまで七周年』のなかの石田陽子(石野陽子というタレントと勘違いした)さんの『「なにしろ人間の住む家じゃありません」――草森紳一さんと植草甚一さん』(同書、27ページ)のおしまいに書いてある箇所。
梅子(故・植草甚一氏の奥さま、横山の注釈)さんの言葉を最後に引いておこう
いいえ、結婚してよかったと思ったこと時は、一度もありません。あの人が書いたもので好きな本? ありませんよ。亡くなったときは、正直いってほっとしました」』
 後者。小沢昭一『遊び続けて七十年』―4『おんな』(同書、27ページ)聞き手は神崎宣武氏(公明党の代表の名前はなんと言いましたっけ)。
小沢「…だから考えてみると逃げてないのは女房だけです。
 今ごろになって、だんだん女房が、いいんですよ(笑)。毎日会ってるわけですが、飽きないんです。女房が面白くて面白くてね、昨日も紀元二六○○年を祝う歌を六○年ぶりに思い出したので、うたったら知っているんです。ふたりで抱き合って、うたってました。なんだかよくわからないんですけど、いま、趣味は女房です
。」(「よく言うよ」というのがわたしの感想。というのも今村昌平監督『人類学入門―エロ事師たち』(だったと思う)に出演していた小沢昭一氏の演技がまざまざと思い出される。劇中連れ子の女子高生のタンスのひきだしをあけその娘のズロース(? )を嗅ぎながら「みっちゃん! 」とか名を叫ぶあの演技。秀逸だった)
 こう書いているとなんだかよく分からなくなってきました。少し昼寝をして日本シリーズをテレビで見る予定。野球が終わっても睡くなければ記事をもうひとつ書くつもりです。
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by hiroto_yokoyama | 2005-10-22 14:47 | ブログ