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アインシュタインとフランケンシュタイン

 両者には名前のうしろの方が似ているというだけで何の関係もない。だが、わたしはいつも混同してしまう。
 数日前本屋で『フランケンシュタイン』(1931年、監督:ジェームズ・ホエール)のDVDが平積みしてあるのを見た。さっそく家で『外国映画ぼくの500本』(文春新書313)をしらべる。双葉十三郎氏のリストにこの映画はあった。3月28日の午後部屋を薄暗くし画面を止めたりなんかしてじっくりと鑑賞。
 ジェームズ・ホエールという監督はこの2年後(1933年)『透明人間』を撮っている。この作品をわたしはすでに見ている。双葉氏のリストにある『ショウボート』(1936年)という映画はどんな映画なのだろう。氏のコメントをDVDを見る前には読まない。
 『ヤング・フランケンシュタイン』(1974年、監督:メル・ブルックス)というのがあった。日本公開時点ではフランケンシュタインの「パロディ」というので馬鹿にしてみなかった。双葉氏が「美術が凝りに凝っており、ジェームス・ホエール監督の決定版とウリ二つの実験室が再現されているのもうれしい」というのを目にした。さっそく昨日レンタルビデオ屋で借りてみた。むかし馬鹿にしたりしてあの時見なくて損をした。反省。
 DVDの特典メーキングでジーン・ワイルダー(脚本、主演)が『フランケンシュタインの花嫁』のことを言っていたのでこのDVDはホームセンターにあったのでさっそく買いに行くつもり。
 別件だが石沢英太郎の『視線』(たしか推理作家協会かなにかの受賞作)はヒッチコック『裏窓』をヒントに書かれたに違いない。映画『裏窓』でジェームズ・スチュワートのアップを見ながらわたしはそう確信した。石沢氏にお目にかかってお尋ねしたくとも氏はすでに故人。残念。ちなみに氏のベストテンは1位がこの『裏窓』2位は忘れた。3位が『ダイヤルMを廻せ!』。この作品はDVDが安く発売されていないので図書館のビデオを借りてみた。
 わたしは死の恐怖と闘いながらヘーゲル『エンチュクロペディー』(樫山欽四郎、川原栄峰、塩屋竹男訳)を拾い読みしたりDVDを見まくったりして家で静養している。ハタ目にはこんな優雅なことはないに違いない。
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by hiroto_yokoyama | 2006-03-31 08:49 | ブログ

いまNHK「テレビとネット・アメリカ最前線レポート」を見ています

 ニューズ・ウィーク日本版 3月15日号の特集「ブログは新聞を殺すのか」と 3月22日号「ネットはテレビを殺すのか」をわたしは手もとに置いて(ちゃんと読んでいませんが)テレビのそばにいます。
 いまNHKがオンエア中の放送記念日特集を聞きながらこのブログを書いていますが、わたしの家族とわたし自身の活路が見いだせそうな気がしています。
 ヒッチコックの映画(DVDで見られるもの)あと9作品を あさって(3月22日)かしあさって(23日)までに見てしまいます。わたしは余命2年、60歳の誕生日までに家族4人でネット放送局をはじめるのがいちばんいいように思いはじめています。
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by hiroto_yokoyama | 2006-03-20 20:24 | ブログ

ヒッチコックと植草甚一

 植草甚一と言っても若い人はほとんど知らないだろうが、わたしはJ・J氏の大ファン。『植草甚一スクラップ・ブック5 サスペンス映画の研究』(晶文社)という本を書棚から引っぱり出した。1977年(昭和52年)2月10日に池袋の旭屋書店で780円で購入したと奥付に鉛筆で書いたメモがある。その11ページ。
映画観客や読者は、それが現実的に自分に起こる気づかいはないと知りながら、同時に主人公が絶対に死なないことを知っている。これが約束ごとになっていた。
 この約束をやぶったため、さすがのヒッチコックも大失敗をやらかしたことがある。それは「サボタージュ」という映画で、ロンドンの地下鉄ストライキがテーマになっていた。そして組合幹部の一人が、小さな映画館を経営しているのであるが、クライマックスへさしかかったとき、映画館主はフィルム鑵
(かん、原文ではルビ。横山の注釈)のなかに時限爆弾を仕込んでから、息子の手で地下鉄終点へと運ばせ、車輌の爆破をたくらむ。観客のほうではフィルム鑵の中身を知っているし、爆発する時間もわかっているのだが、このかわいい少年が途中で道草をくっているあいだハラハラしながら見ている一方、まさか少年が命をおと(以上11ページ)すとは考えてもみない。それが約束ごとになっているからである。ところが時間ぎれとなり、地下鉄の駅へとむかう電車のなかで時限爆弾が破裂し、乗客といっしょに少年は即死してしまった。
 このとき、ヒッチコックは散々にコキおろされたが、
…(以上同書12ページ)
 1977年と言えば「映画を撮ろう」(監督になる)と決心した年。『サスペンス映画の研究』のいたるところにわたしは線を引いていた。なつかしい。
 何日か前ヒッチコック『サボタージュ』を見たあと、後味が悪かったが、きょうの午前中『救命艇』も気分がよくない映画だった。夕方、口直しに近所のビデオ屋で借りて見たた『逃走迷路』(DVD)で機嫌を直した。
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by hiroto_yokoyama | 2006-03-15 22:55 | 映画

茨城県のK.T.君からのメール

ご無沙汰しております。

ブログは楽しく読ませてもらっています。

3月4日以来、新しい日記がなかなか出て来ないので、もしかして体調が思わしくないのではと、心配していました。
でも、13日付の日記が書き込まれていたので、少しホッとしました。

さて、先日の事です。
我が家の食器棚をガサゴソしていたら、奥から、秀樹さん
(わたしの愚弟の名、横山の注釈)が作ってくれたコップが出て来ました。

今から20数年前、Sさん達と一緒に飯塚市に行く途中、岡山で途中下車し、
秀樹さんの家に泊めていただいた時に作ってもらったコップです。
使いたくても、この世にひとつしかない手作りのコップだと思うと、もしも割ってしまった時の事を考えて、なかなか使えないまま、食器棚の奥に眠っています。
今でもガラス工芸はやられているのでしょうか?
あの時のことが思い出され、懐かしくなり、メールをしました。

「禁酒」「禁煙」をしろとは言いませんが、健康でなければ映画も撮れません。
春とは言っても名ばかりです。お体にお気をつけてください。
                          K.T.
                        
 いただいたメールをブログにそのまま載せさせてもらいました。以下にわたしの返事を書きます。
 メールありがとう。
 先日、筑波に家族4人で行きました。わたしの長男が筑波大学の医学部に進学したいというので建物を見たいと思ったのです。途中、たしか一昨年の12月T君に会いに行ったとき通った道だが、どうしているかなと思い出したりしました。
 息子が筑波大学に入ったら家族で引っ越すつもりです。わたしも茨城県人になるかも知れません。それまで生きているかどうか分からないけれど、次回作は戦国時代を舞台にした映画を撮ります。制作費は数十億円(映画にできるなどとは夢にも思っていないのです。口先だけです)。なまけもののわたしは金集めはしません。シナリオだけを人の力を借りずに自分で書きます。このブログで発表したいと思っています。
 あした(3月16日)はわたしの誕生日。58歳になります。60代で映画監督として再デビューをめざします。
              3月15日              横山博人
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by hiroto_yokoyama | 2006-03-15 22:05 | ブログ

心臓の一部が動いていない!

 心臓発作をおこして丸5週間。医者でエコーを見せて貰った。心臓の筋肉を動かす一番だいじな血管が詰まったのでその部分がダメージを受けたのだそうだ。モニター画面ではその部分が動いていないのがわたしにもはっきり分った。ショックだった。タバコをやめていればもう少し回復したかも知れない。わたしはどうすればいいのか?
 あと2本のどちらかの血管が詰まれば先生の説明ではわたしはただちに御陀仏するようなのだ。摂生して生きのびるべきか、いっそひと思いにこれが寿命だと諦めるべきか。タバコをバカバカすって発泡酒850㍉㍑を飲み豚骨チャンポンを食べて思案に暮れている昼下がりなのですよ。
 ヒッチコックは製作年順で記すと
『恐喝(ゆすり)』1929年
『暗殺者の家』1934年
『三十九夜』1935年
『間諜最後の日』1936年
『サボタージュ』 〃
『第3逃亡者』1937年
『バルカン超特急』1938年
『レベッカ』1940年
『断崖』1941年
『ロープ』1948年(この年の3月16日にわたしは生まれた。もうすぐ58歳です)
『裏窓』1954年(早生まれなので小学校に入学しました)
『知りすぎていた男』1956年
『めまい』1958年
『北北西に進路を取れ』1959年
 以上14本(以下の2作品をあわせると16本になる)をこのところの静養中に見ました。

『サイコ』1960年(何年かまえに見ている)
『鳥』1963年(中学3年生だっただろうか、飯塚市にあったセントラル劇場でアルフレッド・ヒッチコック作品をわたしは生まれてはじめて見たのだ)
 『トリュフォー映画術ヒッチコック』(晶文社)を座右に置いて死ぬまでにあと14、5本は見るつもりです。
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by hiroto_yokoyama | 2006-03-13 14:14 | ブログ

梅田望夫『ウェブ進化論 ――本当の大変化はこれから始まる』(ちくま新書582)を読む

 この本を書店で知ったのは数週間前。著者の梅田氏はわたしより一回り下。買おうかどうしようか迷った。その間、何度も手にしたが買わずじまい。裏表紙の氏の写真をみるとどうやら嫌いなタイプではなさそうと昨日、思いきって購入。いっきに読みおわって今、昂奮している。心筋梗塞をおこした体に悪い。ブログに記事を書くことでくぎれをつけて書棚に1度しまいこもう。読後気づいたのだが、将棋の羽生善治氏が帯に書いている文を引用する。
これは物語ではなく
現在進行形の現実である。
グーグルとネット社会について、
希望と不安が見えてくる。

 『ウェブ進化論』。ブロガーは是非読むべき本ですよ。
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by hiroto_yokoyama | 2006-03-04 11:39 | ブログ

『「崔洋一監督」の握手を拒んだ「山田洋次監督」』(週刊新潮3月9日号)

 早朝、米をとぎみそ汁をつくるあいまに新聞の広告を見る。きょうは「週刊新潮」と「週刊文春」の発売日。朝日新聞13面を見ると「民主崩壊」メールという見出しが目にはいり、「週刊新潮」を買うのは今週は見送ろう。さて文春は、とページをめくろうとしたら、「TEMPO」の下にある小さい活字「崔洋一監督」の握手を拒んだ「山田洋次監督」に目がとまる。文春はやめて新潮を近くのコンビニで購入した。
 この記事は同誌189ページにあった。2月26日に開かれた日本映画監督協会の70周年祝賀パーティでの模様を伝えている。このパーティに出席しなくてよかったとつくづく思う。ちなみに2月28日付けで監督協会を脱退したがわたしのとった行動は正しかったと改めてこの記事を見て確認した。
 さらば! 日本映画監督協会。
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by hiroto_yokoyama | 2006-03-02 08:45 | ブログ

深作欣二監督からいただいたお言葉

 わたしは1988年(昭和63年)田山力哉氏(故人)の薦めで文化庁在外研修生としてアメリカに行く決心をした。文化庁に応募するのに推薦人が必要だった。わたしは尊敬する3人の監督方に推薦文をお願いした。まず深作欣二監督からのありがたいお言葉をお披露目する。日付は昭和63年11月1日。
 横山君は困難な映画製作状況の中で
 独立プロを主宰し「純」「卍」等の作品を
 発表、注目を浴びた。また、「フリーター」
 「恋はいつもアマンドピンク」等の商業映画
 等でも、旺盛な実験精神を示している。
 彼のアメリカに於ける独立プロ活動の実地
 見聞は、閉塞状況にあるわが国の映画界
 に、必ずや有意義な結果をもたらすに
 違いないと信じ、ここに推薦する次第
 です。

 深作監督が亡くなって何年経つだろう。監督のじゃらじゃら声の水戸弁がわたしをときどき叱咤する。
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by hiroto_yokoyama | 2006-03-01 22:02 | 映画