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秋が近づき創作意欲がわいてきた

 『我が秘密の生涯』という本を知っていますか(知らない人はグーグルで検索してみたらいいよ)。いま58歳5ヶ月のわたしは55歳でガンになりことしは心筋梗塞。いつ死んでもおかしくない。そこで虚実おりまぜて我が秘密の生涯を書いてみようと思い始めた。いくら嘘をまぜてもさしさわりがあるので誰にも読まれない誰にも読ませないようにパソコンでこっそり書くのがいいだろう。
 フランツ・カフカは友人に読んだら原稿を消却してくれるように頼んで死んだらしい。原稿を渡された友人はカフカとの約束をやぶってカフカの作品を世間に発表した。カフカの『城』を高校の図書館で借りて読んで(自慢ではないが読了はしていない)この分裂病の文豪の魅力にわたしはとりつかれた。
 でわたしの「我が秘密の生涯」。パソコンにこっそり書きためて誰にも知らせない。わたしが死んだらそれでおしまい。愉快だ。わたしの映画も撮影は金がないのでできなくてもシナリオにはできる。書きたいものは『生きてゐる小平次』のほかにも何本かある。
 やはりすべて手書きで書きたい。パソコンはルビをうったり印刷のレイアウトをきめてデータとして保存するだけの清書用。この前みたいにハードディスクがクラッシュしたらそれまでだ。それでいい。
 なにをするにもわたしは道具立てから入る。いまほしいのは「一太郎 文藝」。しかし高くて手が出ない。毎日悩んでいる。数日中にどうすれば買えるか方法を考える。窓外に虫の声を聞きながらこの記事を書いているのだが暢気でいいなと皆さんどうか羨んでください。
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by hiroto_yokoyama | 2006-08-31 21:43 | ブログ

少子化の時代なのに幼い子たちが死んでいく

 テレビを見ていて不思議でならないのはプールで死んだ子の親がなぜ手記を発表するのかわたしにはどうしても分からない。福岡市の職員に酔っぱらい運転で子どもを3人も殺されたご夫婦をたいへん気の毒に思う。わたしがこの職員の父親なら被害者の哀れな親がこの馬鹿をあやめる前にためらわずわが息子をぶっ殺すのだが。どうでもいいがオリンピックの候補地がすんなり東京に決まったのはこのあきれ果てた事件と関係があるのではないかと想像する。
 先週さいたま支局のぺぇぺぇの新聞記者T.(あるいはA.か)Y.を例の放火事件の取材で吉川警察に連れて行った。このアホには驚いた。「事件があったので吉川警察のある吉川市までお願いします」と乗ってきたはいいが行儀がきわめて悪い。わたしもこのとき知ったのだが吉川警察は吉川市ではなく三郷市にある。吉川には2つしかない交番をうろうろしながら新米記者はわたしをせっつく。半分は自分にも責任があるのに人のせいにする。汗をかきかき三郷の警察にたどり着いた。
 数社の若造記者たちがタクシーで吉川警察にきていた。メーターはむろん倒しっぱなし。わたしも会社に確認してそのままにしていた。数字がどんどんあがってわたしはほくほく。さいたま支局の馬鹿記者は1時間以上たって車に戻ってきたが乗り込むなり「アレッ、メーター倒しっぱなしだったんですか! 」と文句を言う。わたしはカッときて「ほかの新聞社の人を連れてきたタクシーはみなそうしてますよ。わたしたちも仕事ですからね(ボランティアだと思っているんじゃないだろうなというニュアンスをこめた)」と言ったら安物のかまぼこ指輪を光らせながらこの新婚の支局員は黙った。
 「さいたま支局、知っていますか」とぬかすから知らないと言ったら今度はえらく素直に道案内。メーターは約2万円を指している。自分ではエリートの男前、勝ち組と勘違いしているちんぴら記者は降りるときチケットにもそもそとその数字を記入した。
 車庫にもどり洗車していると「力水」とかなんとかいう飲料水のペットボトルが後部座席の床に落ちていた。あの新聞記者がわきまえもなくゴミを置いていったのだ。常識のない野郎だ。テレビも新聞もこのレベルの奴が報道している。何にも知らない庶民はいい加減なニュースでしかこの世の中のこと、社会や世界を知るしかないのだ。
 奈良でおきた放火事件。埼玉でおきた放火事件。似た事件が頻発する。犯人の親(被害者でもあり被害者の親でもある)はどこでどんな面をさげて生きているのか。わたしには想像がつかない。
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by hiroto_yokoyama | 2006-08-31 20:28 | ブログ

『荒野の七人』と『七人の侍』の違い

 毎年収穫期になると野武士たちに略奪される村を食いつめた7人の侍が守る、という設定は共通だが黒澤明のオリジナルにはないが西部劇版にあるのが村を襲う側(メキシコ人たち)とディフェンス側7人の対話のシーン。
イーライ・ウォラック(野武士の親分)「頭のいいおめえらが(命がけで村を守る仕事を、注釈 横山)なぜ引き受けたかわからねえ
ユル・ブリンナー(=志村喬)「全くだ!(俺にも分からないというニュアンス)」
イーライ・ウォラック「訳を聞かせろ」(としつこく迫る)
(2人の対話をひきとって)
スティーブ・マックィーン「素っ裸でサボテンに
飛び込んだ奴に聞いたら
…」
(イーライ・ウォラックが「and」と促す)
スティーブ・マックィーン「面白いと思ったから だとさ
 わたしは「なるほど」と感心した。高杉晋作だったかが「面白きこともなき世を おもしろく」と言っていた。ガンそして心筋梗塞とほとんど死んでいても不思議でないわたしが生きていられるとしたらこれなのだ。「おもしろそうだから」生きている。
 ローンの返済においまくられ仕事にしがみつく(額に汗する)しかない哀れな庶民どもとわたしは全く別の人種なのかもしれない。
 みなさんどうぞわたしを「いい気なものだ」とお笑いください。
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by hiroto_yokoyama | 2006-08-16 19:36 | 映画

アントニイ・バークリー『毒入りチョコレート事件』(高橋泰邦訳、創元推理文庫)を読了

 不勉強でフランシス・アイルズとアントニイ・バークリーが同一人物とは知らなかった。2、3ヶ月まえフランシス・アイルズ『殺意』(大久保康雄訳、創元推理文庫)を図書館でありて読んだ。植草甚一『サスペンス映画の研究』のなかになんども出てくるので勉強のつもりだった。
 自由国民社『世界の推理小説総解説』(中島河太郎、権田萬治監修)をガイドブックとして重宝しているが、この本で同一人物と教えられた。さっそく『毒入りチョコレート事件』を購入したのが6月24日土曜日。なんと50日以上ついやしてさっき読み終わった。
『レディに捧げる殺人物語』『試行錯誤』『ピカデリーの殺人』、短編「偶然の審判」が収められているらしい江戸川乱歩編『世界短編傑作集3』などを時間をかけても読むつもり。
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by hiroto_yokoyama | 2006-08-16 10:41 | ブログ

パソコンのハードディスクがクラッシュしてしまった

 メールアドレスはすべてパー。自分宛のメールも読めない。銀行などのパスワードなども分からなくなってしまい明日から(いやいまから)どうしたらいいのかわからない。家の携帯パソコンでこの記事を書いています。
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by hiroto_yokoyama | 2006-08-15 19:56 | ブログ

芥川賞『八月の路上に捨てる』(伊藤たかみ)を読んだ

 きのう新聞で「格差社会の底辺に生きる男女の純愛 フリーター200万人時代の文学誕生! 」という宣伝文句を見た。本屋でなんども手にしてみたがきょうは時間があったので読んでみた。芥川賞に目を通したのは何年ぶりのことだろう。思い出すのは柴田翔『されど我らが日々』くらい。
 読後、うまいなあと感心はしたが得した気分にもなれない。じゃ、ここはひとつ俺も芥川賞に挑戦してみようじゃないかという意欲もわかない。賞ねらいなどせずシナリオ書いてそれを自分でノベライズしてみるのがわたしの身の丈にあっているのだろう。
 石原慎太郎、山田詠美、村上龍、河野多恵子4氏の選評も読んだ。あとの4人のものは気が向いたら読むかもしれない。
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by hiroto_yokoyama | 2006-08-11 17:30 | ブログ

安くなるのを待って『暗くなるまで待って』のDVDを買った

 オードリー・ヘップバーンという女優をわたしは好きではない。したがって『暗くなるまで待って』を見たのは最近。わたしより少し年下のある監督のお気に入りというのもなんだかしゃくにさわって見そびれていたのだ。この5月に図書館のビデオを見終わって損をしたことにやっと気づいた。
手もとに古い「映画芸術」(1968年5月臨時増刊号)がある。その52ページ~68ページにこの映画の採録シナリオが載っている。(「採録 藤田繁矢」とあるのは監督の故・藤田敏八氏のことではないか? いやこれはわたしの勘違いかもしれない)
 DVDを見ながらシナリオを書いてみる。それを雑誌の採録シナリオとつきあわせる。初歩的だがシナリオの勉強方法のひとつではあるまいか。
 わたしはもともと謙虚な質(たち)。そう言えば笑う人もいるがわたしをよく知る人(タクシー運転手の同僚など)はうなずくに違いない。死にかかって知るおのれの本性。わたしはますます謙虚になっていく。
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by hiroto_yokoyama | 2006-08-11 09:21 | 映画

息子がマックを買った

 ADSLを光ファイバーに換える。おととしの7月13日にはじめたこのブログ、いつのまにか訪問者が3万人を突破していた。アクセスするのはどうやらほとんどわたしの知り合いだがそれでもかまわない。念願の映像の配信をこのブログではじめられるかも知れない。
 マックを練習して『純』の映像の一部をながしそれについて講釈を垂れる日も近い。うちの飼い猫の様子やわたしがヒデに語りかける画面がネットで誰かに見られることを想像する快感。「わたしがひとたび言葉を発すればこの世界は凍りつく」というのは詩人の言葉。わたしがネットにビデオ映像をオンしたらひきつけを起こす奴が一人いれば充分だ。この世に生をうけた甲斐があるというものよ。
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by hiroto_yokoyama | 2006-08-08 21:13 | ブログ

このブログ、こきやめようと思ったが

 続けることにした。
 二男が借りてきた『シカゴ』(監督ロブ・マーシャル)のDVDを見て何だか勇気づけられたからだ。ラストのローリングタイトルにボブ・フォッシーの名が出て懐かしかった。たしか『キャバレー』の監督だったはず。『シカゴ』に話を戻せばレニー・ゼルウィガーという女優はちょっといいね。検索したら1969年生まれだからけっこう年だがなかなかいいよ。
 どうでもいいことだがわたしの妻も彼女と同じ丸顔です。妻は踊ったり歌ったりできないのが玉に瑕だが多くを望んではいけない、と諦めます。
 特典映像「未公開ミュージカル・ナンバー“Class”」は必見。ふじみ野市のプール事故、亡くなった少女には気の毒だがニュースに出るたびにわたしはラジオもテレビもスイッチを切っている。能代市の不気味女のニュースも同様。“Class”を見ながら笑ってしまった。人権派ののさばるこの日本には住みたくない。と言ってアメリカでも同じなのだなあ。「Class」の消滅を嘆いていてもなにも始まらないのだ。(報道するマスコミが馬鹿ばかりなのは大問題。ブロガーのがんばりでこれは何とか改善できる)
 わたしの拙い文章を分かってくださる人は何人いるだろうか。ひとりもいなくてもわたしはやはり死ぬまでブログを続けよう。
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by hiroto_yokoyama | 2006-08-08 20:51 | ブログ