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ついに『砂の女』のDVDと『複眼の映像』を買った

 『砂の女』はオリジナル劇場予告篇と撮影風景他フォトギャラリーなどを見ただけで124分と147分の本編はもったいないので後日見ることにした。
 『複眼の映像』は81ページの『生きる』についての文章。
「…黒澤さんは3B の鉛筆で藁半紙の真ん中に一字一字を書き終えた。
      後、七十五日しか生きられない男。
  藁半紙をクルッとまわして私に突きつける。私は念の為に手に取り改めて読み直した。
      後、七十五日しか生きられない男。…」
 このへんに印をつけようと思う。『七人の侍』に関する147ページの小國英雄が『七人の侍』の生原稿を読んだあとの描写も大事だ。
「「いいよ、面白い!」
 といって、勢い込み、
「これはいける……面白いものになる!」

 小國さんの言葉通り、『七人の侍』は快調だった。
 第一に、テーマとストーリーが短い完結形ではっきりしている。
 百姓が侍を七人雇い、襲ってくる野武士と戦い勝利する話……。簡単で明瞭な二十六字のテーマで、同時にストーリーもそれと一致する、珍しい滅多にない企画である。」
 図書館から借りた本に印をつける心がけの悪い馬鹿はあいかわらず多いがわたしはそんなことはしない。身銭をきって必要ならば購入して破けるまでああでもないこうでもないとラインを引くのだ。
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by hiroto_yokoyama | 2006-09-29 13:17 | ブログ

朝シナリオ『砂の女』を読み夜『OK牧場の決斗』を見た

 原作者が自分の書いたものをうまく脚色できるのだろうか? こだわりが強すぎて視覚化するのは難しいのではないか。それはわたしの杞憂であった。何十年ぶりかに映画『砂の女』をDVDで見るのを楽しみにする。安部公房はやっぱりすごい人だった、ときょう初めて認識した。不明を恥じている。
 監督ジョン・スタージェスは侮りがたい。わたしの資質から考えると彼のような職人監督を目指すべきだったのかも知れない。そんなことを言ってももう遅すぎるのだが。『OK牧場の決斗』の後日談、『墓石と決闘』を見ずに死ねるか。
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by hiroto_yokoyama | 2006-09-24 20:50 | ブログ

安部公房『砂の女』を読んだ

 高校2年生の時(昭和39年、東京オリンピックの年)だったと思う。映画は予告編を見て安部公房が何者か勅使河原宏がどんな人なのか知らず性的な興味から福岡の映画館で見た。武満徹の音楽と瀬川浩の映像が印象深かった。
 あれから42年がたってきょうようやく原作を読んだ。わたしとしては『イリアス』『オデュセイ』そして『ロビンソン・クルーソー』の読後の充実感と同じものをもった。
 ドナルド・キーン氏の新潮文庫の解説には
「…『砂の女は』はいわゆる観念小説ではなく、優れた芸術作品であり、神話的な広がりもある」(同書275ページ)とある。「…出だしから結末までギリシア悲劇で認められるような、不可避的な進行で無理やりに読者を引っぱっていく」(269ページ)とも書いてある。
 何日か前どこかで見た讀賣新聞のキーン氏の安部公房についての文章を図書館に行ってもう1度ちゃんと読み直してみる必要がある。
 押し入れから「シナリオ」1964年1月号を引っ張り出した。安部公房脚本『砂の女』が掲載されている。ジャストシステムの「一太郎 文藝」という高価なソフトも買ったことだし『砂の女』のシナリオを一字一句パソコンに打ち込んで見るのは楽しいだろうな。
 DVDもいずれ購入するつもり。
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by hiroto_yokoyama | 2006-09-23 22:43 | ブログ

エム検について

 広辞苑にも新明解国語辞典にもこの語はない。検索してみるとさすがGoogle、出てきました。
大学入試・・身体検査(M検)の思いで
 昭和31年まで,全国の国公私立大では,入試合格者に対して,”エム検”が 実施された。 エムとは往年の俗語で,男性自身のこと。たとえば,東大では, 広大な七徳堂(旧武道場) がエム検会場だった。

(チンチンを検査官がいじくって性病に罹っていないかどうか検査した世界に唯一誇ることのできる(? )日本の軍国主義時代の遺物。検査官はまじめな顔をして実は内心「ほう、この男、体はでかいしなかなかの男前だがかわいそうなくらいの粗チンだな」とか「小男の大マラとか言うがこのチビのものは立派だ。うらやましい」などと思っていたに違いない。悔しさのあまり「宝の持ち腐れ」という言葉もきっと頭をよぎったりしたかもね)
 このサイトにアクセスしてみたが「ページを表示できません。」。残念ながらこれを書いた人がエム検についてどう考えているのかはうかがえない。
 わたしの考えはエム検を復活させてみたらどうなるか。セレブ堀江モンや教祖チズオのあそこはどうかが分かっておもしろいかも知れない(そんなことは本当はどうだっていい。無罪になったがロスの事件の容疑者三浦某のアソコを雑誌「フォーカス」がフォーカスしたことがあった。わたしは家宝にしようと押し入れの奥深く収納していたのだが紛失してしまった。)。警察や教師や役人のあとをたたない性的な愚行が収まることは請け合い。
 なぜエム検のことなど思いついたのか自分でも不思議だがいま考えてみることは意味がありそうですぜ。
 修学旅行に行って水泳パンツをはいて入浴したことのある数少ない君たちへ。エム検復活を叫びませんか。
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by hiroto_yokoyama | 2006-09-18 21:39 | ブログ

橋本忍『複眼の映像 ―私と黒澤明』に圧倒された

 本屋でこの本が平積みしてあるのを見たのは2ヶ月ほど前だっただろうか。図書館にあるのを知って予約したが希望者が多くて順番待ち。やっと昨日借り出せた。
 奥付の前にある「参考文献」の日夏繁高『本朝武芸小伝』(新人物往来社)、武士生活研究会編『武士の生活』(柏書房)にはぜひ目を通したい。
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by hiroto_yokoyama | 2006-09-15 21:11 | ブログ

自民党総裁選から目が離せない

 NHKで麻生、谷垣、安倍3氏の話を聞いてわたしはどなたが総理総裁になっても日本は大丈夫だと確信した。
 麻生外務大臣がマザーテレサの話をしてこのノーベル賞受賞者の言った言葉「愛情の反対語は憎悪ではなく無関心」を紹介していたのが強く印象に残る。安倍官房長官が言う「耳を疑いたくなる」少年犯罪が毎日のようにおきている今、車をかっ飛ばすだけが人生の母親と父親はおのれの人生の来し方行く末に今回の総裁選を機に思いをいたすべきではないだろうか。
 わたしがこう書いても分かる人は千人に一人もいないかも知れない。タクシーに乗っていてよく目撃するのはすれ違うとき互いに道を譲ろうとしない馬鹿が多いが映画『レッドブル』のように気分によってわたしは正面衝突も辞さない生き方をこれからも続ける自信を上記お三方の話を聞いてもった。20日の総裁選の投票が待ち遠しい。
 蛇足だが安倍氏の早口が少し矯正されたように見えるがこれはわたしの錯覚かも知れない。
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by hiroto_yokoyama | 2006-09-08 20:34 | ブログ

本の読みかじり

 『ミステリの書き方』(H.R.F.キーティング、長野きよみ訳 早川書房 横山所有)206ページから。
「…小説家E・M・フォースターの『小説の諸相』という薄い本から、しばしば引用されている言葉を借用したいと思う。これは一九二七年という昔に書かれたものだが、かならず得るものがあるはずだ(たいていの図書館にリプリント版がある)。彼は次のように書いている。
 「プロットについて定義しよう。物語
(ストーリー、原文はルビ。横山の注釈)とは、時間の経過にしたがって事件を語ることである、とすでに定義した。プロットもまた事件を語るものだが、因果関係に重点がおかれる。〝王が死に、次に王妃が死んだ〟というのはストーリーである。〝王が死に、悲しみのあまり王妃が死んだ〟というのがプロットである
 フォースターはさらにべつの例をあげている。
 「王妃が死んだ。しかしだれにもその原因がわからなかった。だが、あとになってそれが王の死を悲しむあまりだということが明らかになった」プロットとは、このように、内に謎をふくみ、発展する可能性をもったものである、と彼は言っている。これは心にとめておくべきだ
。」(同書 206~207ページ)
 図書館のホームページを検索してみたらこの本があったのでわたしは借りてみた。
 『小説の諸相 E・M・フォースター著作集 8』(中野康司訳 みすず書房)271ページ「訳者解題」にも
「…つまり、ストーリーに因果関係が加わったものがプロットである。(途中略、横山)したがってストーリーは、「それからどうなるんだろう? 」という好奇心だけで読み進むことができるが、プロットは、「なぜこうなるんだろう? 」と頭脳を働かせながら読み進まなくてはならない。すでに語られた事実と新たに語られる事実の因果関係について思考をめぐらせながら読み進まなくてはならない。つまりフォースターの定義によれば、ストーリーは時間と好奇心の世界であり、プロットは論理と知性の世界である。フォースターはプロットをストーリーより数段高級なものと考える。」
 とある。
 この本のどこにそう書いてあるのかわたしは味わいながら読み進めようと思うがいかんせん図書館の本なので返却期日がある。どうしても手もとに置いていたくなればネットで発注しなくてはならない。
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by hiroto_yokoyama | 2006-09-08 17:33 | ブログ

心臓の動きを見ていじらしくなった

 きょう心筋梗塞をおこして以来見てもらっている近所のクリニックに行った。エコーで心臓の動きを見せてもらった。先生の説明で前回は60パーセントしか動いていないと知ってがっかりしたが今回は80パーセントくらいまで回復しているとのこと。素人目にもたくましくうごくのがはっきり分った。
 胃は三分の一しかない。心臓は八割方に回復したもののこれ以上は望めないらしい。トライアスロンやマラソンは絶対にやってはいけませんよと釘を刺された。どうやらすぐに死ぬことはないと確信がもてた。
 図書館に予約していた『鷲は舞いおりた』(原作:ジャック・ヒギンズ、監督:ジョン・スタージェス、主演:マイケル・ケイン、1976年イギリス)をとりにいき昼寝をはさんで半日がかりで見る。小説はどうか知らないが主人公が「犬死」する映画はどうもいただけない。音楽がよかった。甘く見ていたがジョン・スタージェスという監督はどうやら研究する必要がある。双葉十三郎氏推薦の『OK牧場の決闘』『老人と海』(この2本はたしかむかし見たはずだが)『墓石と決闘』をなるべく早いうちに見よう。
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by hiroto_yokoyama | 2006-09-02 20:44 | ブログ