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このブログもう少しで3年になる

 あと百数十のアクセスで4万アクセス。リピーターが多い。たぶんわたしの知り合いばかり。それにしても1日平均40アクセスで3年というのはすぐに消えていくブログがほとんどらしいのでアフィリエイト(なんのことかよく分らないで書いています。橫山)を始めるのに都合がいいデータなのではないだろうか。二男に研究させてみよう。
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by hiroto_yokoyama | 2007-05-31 07:14 | ブログ

『酒とバラの日々』のDVDを買った

 気分がよいので近所のビデオ屋をのぞいた。中古コーナーに見出しのDVDがあった。原題は『DAYS OF Wine and Roses』。酒がワインにかわるだけ。「ワインとバラの日々」では様にならない。やはり「酒とバラの日々」がいい。この映画はアカデミー賞歌曲賞を受賞している。DVDはいずれそのうち見る。
 で、気分のいい理由。約1年前から通っている歯医者を先週怒鳴りつけた。志村けんの変な小父さんのような技工士ふうの小父さんがいきなりわたしの奥歯をなんの断りもなくガリガリやりだしたからだ。きょう無事義歯が入り先週の「あれはどういうことか? 」という詰問に歯医者先生がちゃんと応対してくれた。結論は「あれは父です」とのこと。歯の技工士が息子を歯医者にした。その息子のところに通ってくる患者のひとりがわたしなのだ。それなら仕方がない。歯を治療中いちいち「あの、これはわたしの父で技工士なのですが……」などと説明などしてはおられないだろうということがようやくわたしには理解できたのだ。
 県の歯科医師会や県庁の厚生労働省の出先みたいなところに電話してさわぐだけさわいだ先週だったがきょうは新しい義歯も入りすっきりした。左奥歯でも噛めるようになったのでわたしはこれから発泡酒でも飲みながら昼飯にする。
 「死にたい奴は死なせておけ! 俺はこれから昼飯だ」でございますよ。
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by hiroto_yokoyama | 2007-05-30 11:51 | ブログ

『殯の森』がグランプリ

 河瀬某という女流監督に言いよられたことがあるスタッフの話などを聞いていると『ヨガリ(善がり)の森』と読むのかと思っていたが違った。「殯」と書いて「もがり」と読むらしい。いつものように電子広辞苑でひいて意味を理解しようとしたがもうひとつよく分らない。そんなことはどうだっていい。この『殯の森』がカンヌ国際映画祭でパルムドールに続く賞「グランプリ」をとったことは喜ばしいことである。
 わたしは1979年にカンヌ映画祭に行ってその時は「いつの日かきっとまた来る」と思ったがあれから28年もうカンヌに行くことはないだろうとあきらめの境地。で、『殯の森』を羨ましいと思うかといえばそれは違う。河瀬某には悪いがこの映画を見る気にはなれない。誰か見た人の感想を聞けばそれでいい。
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by hiroto_yokoyama | 2007-05-28 07:06 | 映画

不知火型の土俵入りが見てみたい

 さくばんのニュースで白鵬の全勝優勝を知った。第69代の横綱になるという。わたしは朝青龍が嫌いなので同じモンゴル出身の白鵬の横綱昇進を喜ぶ。父親の名前がムンフバトというのがいい。ブッフバルトに似ているが、ムンフバルトではなくムンフ鳩(変換まちがいではない)=ムンフバトというのが強そうでいい。強そうなんて言うもんじゃないようだ。じっさい父親はモンゴルでは強くて有名だったらしい。
 さて土俵入りに雲竜型と不知火型があることはわたしは小学校のときひとつ年上の従兄弟から教えて貰って知っていた。さっき白鵬は不知火型だと産経新聞を見て知った。小学校1年生で不知火型の知識はあっても以来1度もこの型の土俵入りをわたしは見たことがないのだ。今回新横綱・白鵬の土俵入りを見るのが楽しみだ。
 さいごに前にも書いたがモンゴルからの移民を受入れるのがわたしはいいと思う。日本は単一民族だと信じ込んでいる馬鹿者が多いが、本当は違う。大和民族などというものは純血であるわけがないのだからこれからのことを考えるなら積極的に外国からの移民を受け入れるのが現実的なのではないだろうか。けっして突飛な意見とは思わない。
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by hiroto_yokoyama | 2007-05-28 06:00 | ブログ

瀬戸内寂聴が「文豪谷崎の妻譲渡事件の真相」にふれた本

 ネットで注文した『つれなかりせばなかなかに』(中公文庫)がきのうの昼とどいた。あとがきなど入れても200ページ。夕方までに一気に読んでしまった。著者が高齢のためか編集者の怠慢なのか、両方ともが原因だろうが説明や描写に繰返しやダブりが多くてちょっと辟易したが、わたしの知らなかったこと(推理作家・大坪砂男という人物が千代夫人と結婚寸前まで行った)が興味深く書かれていておおむね堪能した。
 1日おいて今考えると、それだけのことと言うか、だからどうした、という感じがしなくもない。映画の原作にならないかという下心がわたしにあるせいだろうか。
 瀬戸内寂聴が日經新聞に「奇縁まんだら」という記事を書いていて毎回末尾に「寂聴語録」というのがある。上記の本はこの記事で知ったのだが、語録が面白いので直近3回分を引用させていただこう。
5月5日「ロマンスのヒロインも歳月は肥ったおばさんにする」
5月12日「複雑怪奇な小説家ならではの四角関係」
5月19日「悪魔主義作家狂想曲ヘンタイ調」
 ちなみに「つれなかりせばなかなかに」は佐藤春夫の詩の一節だとこの文庫本を読んで知った。
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by hiroto_yokoyama | 2007-05-24 06:35 | ブログ

ことし8月の『純』の上映が決まりました

 つまらない記事を2つも書いてかんじんなことを忘れるところだった。以前『お友達になりたい』を上映したシネマアートン下北沢で8月18日から24日までの6日間、1日1回『純』を上映することがさきほど決まった。DVD化したときのニュープリントでの上映なのでむかしお見逃しになった方は是非今回ごらんいただきたいです。
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by hiroto_yokoyama | 2007-05-21 20:41 | 映画

発砲立てこもり男に刺客を

 長久手の大林とかいうチンピラやくざはやくざの風上にも置けないのではないか。長崎市長を殺したやくざに聞いてみたら何と云うだろう。じつを言うとバードタクシー(仮名)の運転手に市長殺しの犯人の「そっくりさん」がいる。Sという口のきき方も知らないし無論挨拶も出来ない半端者だがこいつに頼んで愛知県まで大林に面会に行かせるとおもしろいのではないか。
 Sは長崎のやくざになりすまし大林に説教をするのだ。どうせ分れた女房に復縁を迫って断られるようなこの甘ったれ元山口組系は聞く耳など持つわけはないのでそのときはズドンといく。タクシー運転手の典型、流れ者Sにそこまでは出来ないにしてもビックリカメラで民放のテレビ局にこの催しを売り込めば金を出すテレビはあるのではないか。皆さんどうお思いになりますか。
 長崎と愛知で世間を騒がせた事件、わたしは長崎のやくざ屋さんのほうがどちらかと言えば本物に見えます。この市長殺しは女に復縁をせまったりなどせず自分の土地を事件を起す直前に元の妻に贈与したそうですからこの点がわたしは立派だと思うのです。
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by hiroto_yokoyama | 2007-05-21 20:21 | ブログ

思わず笑ってしまったくだり

 「シナリオ」1961年2月号の特集は「ジャンル研究1“ミステリー”」だ。渋沢龍彦─あの渋沢栄一の遠縁にあたるらしいと最近知った─が「仮面について──現代ミステリー映画論──」と題して興味深い論文を書いている。その一部分を引用させてもらう。
 中川信夫監督『地獄』という映画をほめたあと。
「非芸術の芸術とは、いわばグロテスクや悪趣味のなかに、美の再生のための魔術的なヴァイタリティを積極的に追求する方法で、その方法自体がアクチュアリティのための保証となるような、すこぶる危険な点をもっている。かつて前衛舞踊家の土方巽が、らんらんたる偏執狂的な目でわたしを見すえながら、にこりともせず、じつは今度、創価学会のおばあさんを大勢あつめて、彼女たちをヌードにして、ストッキングをはかせて、第一生命ホールの舞台いっぱいにライン・ダンスを繰りひろげてみたいのです、と洩らしたとき、わたしはその着想の非凡さに、思わず口からパイプを取り落し、ウーンと唸ってしまった。「マクベス」の妖婆とストリップ・ティーズの弁証法的統一を、いったい、今までどんな芸術家が着想し得たか。悪趣味(原文には傍点がついている。橫山)という、このどうしようもない強力なアクチュアリティの前に立たされたとき、アンチ・ロマンも、アンチ・テアトルも、いかに観念過剰のこどもだましのように見えることか。いや、わたしはべつだんふざけているのではない。
 ふざけているのではないが、またしても脱線したようであるから
、話題をミステリー映画にもどすとして──さて、ゴシック趣味が、……」
 長い引用になったが渋沢龍彦といえばあのマルキ・ド・サドの紹介者である。勉強しないとならない。
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by hiroto_yokoyama | 2007-05-21 16:46 | ブログ

広沢栄脚本『いやな感じ』(原作:高見順)の手応え

 深作欣二監督の葬式の日。東映東京撮影所の演出部の先輩たちと酒を飲んだ。席上、Hという人が『いやな感じ』の話をし出した。わたしは文庫本で持っていたが積ん読で未読だった。神波史男氏がシナリオを書かれたということも知ったので後日、直接ご本人に読ませていただくようお願いしていたが原稿をお借りするタイミングを失してしまっていた。
 1964年7月号の「シナリオ」に広沢氏の『いやな感じ』があるのを知り昨晩からむさぼり読んだ。いかんせん43年前のもの。つまらなければ途中で放り出せばいい、そう思って読み始めたがやめられなくなりさっき読了。北一輝が「南」になったり、西田某が「西口」に変ったりしているのが気になる。二・二六事件など史実とフィクションをまぜあわせて成立っているのは時代の限界かもしれないが、ともかくこのシナリオは読ませる力がある。
 なにかの雑誌で深作監督が「いやな感じ」というタイトルじゃ映画にしても誰も見に来ないのじゃないかと言っていたというところを見た。古いシナリオ誌の目次には「……ベストセラーの高見順原作「いやな感じ」の映画化」と紹介されている。「映画化」とあるけれど映画には確かなっていないはず。へぇ、昭和39年頃この小説はよく読まれていたのか? とすればどんな人たちが読んでいたのだろう。
 原作の主人公よりも広沢脚本の主役、加柴四郎(19~33才)のキャラクターにわたしは魅力を感じる。(むつかしい原作を広沢栄はうまく脚色している)
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by hiroto_yokoyama | 2007-05-21 09:08 | 映画

「ビッグベン(英議事堂の時計)がデジタルになる」

 というのは嘘。BBC放送がエープリルフールに、海外向け放送でこんな恒例のウソ・ニュースを流したところ、真に受けた聴取者から抗議や問い合せが殺到したという新聞記事を部屋で見つけた。1980年4月7日の夕刊。
 しかも、このニュース、「第一番に連絡してきた聴取者には、不要になったビッグベンの針をさし上げます」とのお知らせつきだった。貰い腰がつよいのはわたしだけではなさそう。ある日本人タンカー乗組員は、数時間のうちに、針を求める電報を打ってきたとのこと。日本人には馬鹿が多いと笑われたらしいですぞ。
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by hiroto_yokoyama | 2007-05-19 15:04 | ブログ