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岡本喜八監督の映画を2本見た

 橋本忍脚本『日本のいちばん長い日』と伊藤雄之助主演『ああ爆弾』。前者は1967年昭和42年の公開。わたしは2浪目。暗い気持の日々をすごしていたころ見たのであまりいい印象がない。橋本忍の脚本ということで勉強のつもりでDVDを見た。少し勉強になったがそれ以上ではない。
 ビデオ屋に返却しきょうは半額デーなのでもう1本借りようと物色していたら『ああ爆弾』が目についた。先日山本薩夫監督『忍びの者』を見たときに書いたが伊藤雄之助という俳優はとても個性的でわたしは昔から気に入っていた。そのきっかけは高2のときに見たこの映画だったことを思い出した。なつかしくてじっくりと拝見。岡本喜八ならではの傑作だ。わたしなどが真似て撮ってもぜったい撮ることの出来ない種類の映画。脱帽です。
 ネットで検索してみたら岡本喜八ファンはいまだに大勢いることに驚いた。
 1963年の『江分利満氏の優雅な生活』、1967年の『殺人狂時代』はともに封切で見ているが見直してみたい。1959年の『独立愚連隊』は見た記憶がないがビデオ屋にDVDがあるのを確認している。愉しみが増えました。
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by hiroto_yokoyama | 2007-06-30 21:25 | 映画

ブログで書かないこと書けないこと

 人の話を聞くときは失敗譚の方がおもしろい。自慢話は聞かされればすぐに飽きるものだ。だからうまくいったことは書かないのだ。そんなこと言いながらけっこう自慢するじゃないかとこのブログを覗きながら思う人もあるかも知れないがそれは致し方ない。わたしの人生はどちらかといえば相当に幸運と言おうか強運の連続だったので自慢する気などないのだが「上手の手から水が漏れる」こともある。
 死んでも人に読まれない手はずを整えこっそり自分史をつづっている。ブログには書かない。
 書けないことはやはりセックスに関すること。前にも記したが相手がある。ほとんどの人が生きているのだから迷惑がかかる可能性が大いにある。これは書けない。本人にもモデルにされているとは分らないような書き方があるのかも知れないがわたしにはそんな技術はない。
 考えるのは仮想映画塾。カリキュラムを組み教材を決め人に読ませることはまずないであろう映画の教科書を作る。教科書の柱は『アラビアのロレンス』は高校1年生のとき福岡の中州にあった宝塚会館の5階スカラ座で母と見たとか、『砂の女』は予告篇を見ておもしろそうなので一人でいつどこで見たなどと自分史を作成しながら打ち立てる。DVDを教材に使い10回ないしは12回くらいで映画作りが一緒にできる仲間養成講座を想定(教材第1号は『切腹』)。いずれにしても自分史、教科書ともにまず書きためなければならない。途中で誰かに読まれるのはまずいので書き終らない前に死にそうなら死ぬまぎわに書いたものをプチッと一発で消去できるようにパソコンを布団の脇に置いて寝ている。
 その作業のためにはどうしてもブログで記事を書き続けることがあたまの整理のため(ときどきアクセス数を見るなどして)に欠かせないのだ。映画のこと読書のことほんの少し身辺雑記を書いているのはこんな目的があるからだ。拙いわたしのこのブログを読んでくださる方のことなどほとんど考えておりませんので悪しからず。
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by hiroto_yokoyama | 2007-06-30 07:52 | ブログ

山本薩夫監督『不毛地帯』を見た

 3時間を超える映画だが見ていて飽きさせない。山本監督はアーティストではなくアーティザンなのだなあ。「老練」という言葉がぴったり。荒っぽいと言えば荒っぽいがツボをはずさない演出はさすが。わたしの年齢ではどうあがいても真似などできる訳もない。難しく考えないで愉しみたい時に見る映画を撮ることのできたわたしにとっては日本で唯一の監督だったと言っていい。この『不毛地帯』は封切のとき見たのではないかと心配だったが見ていなくてもうかった。『金環蝕』『華麗なる一族』はともに見ていると思うがこの監督のほかの未見の映画を探しだして見てみよう
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by hiroto_yokoyama | 2007-06-29 18:47 | 映画

猫の調子が悪いと何も手につかない

 ここのところわが家の猫は下痢がつづき(昨夜遅く血便をした)今朝は水しか飲まないでクタッとしていた。高齢でもあるしこれが最期かもしれないと妻と2人で犬猫病院に連れて行ってきた。きょうあした死ぬようなことはどうやらない様子。点滴をしてもらってただいま帰宅。
 原因は妻の甘やかしすぎ。食い意地のはった猫なので何でもほしがる。鶏でも牛でも豚でも肉類はすべて大好物。なんでもかんでも喰わせるので下痢がとまらないようなのだ。今日の午前中の予定はパーになったが明日もまたつれて行く。はたで見るとたかが猫ぐらいでと思われるのは分っている(以前はわたしもそうだった。こんな人をみると「この人、少し頭が足りないんじゃなかろうか」といぶかしんでいたものだ)。実際飼ってみると成人してしまった我が息子2人とくらべても猫の方が可愛くなってしまっている。こんなこと恥ずかしくって人には言えない。だがブログなら書きやすい。ブログってなにか変ですね。
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by hiroto_yokoyama | 2007-06-29 10:53 | ブログ

『滝口康彦傑作選 壱 異聞浪人記──士道無残』(立風書房)を読んだ

 滝口康彦『異聞浪人記』は映画『切腹』の原作。橋本忍脚本を書写したらどうしても原作にも目を通したくなった。
 以前松本清張『砂の器』を読みその後、橋本忍脚本を研究したことがあるが原作が長編だったことと脚本も誰かとの共作のためにあまり勉強にならなかった。
 今回は、原作が本ではわずか18ページ。橋本忍はたしか11日間で書いたとかインタビューで答えていた記憶があるが原作のどこをどういじって映画『切腹』になったかが手にとるように分かる。ナラタージュをうまく使った見事な脚色。撮影(宮島義勇)がいい、音楽(武満徹)、美術(戸田重昌)も素晴しい。やはりDVDはどうしても手もとにおいておきたい。
 赤ボールペンで印などつけシナリオと照合させるつもりで『傑作選』からは『異聞浪人記』のところだけコピーをとらせて貰えば図書館にすぐに返却するつもりだったが他の短編も興味深くてきのうから今朝にかけてまるまる一冊読んでしまった。
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by hiroto_yokoyama | 2007-06-29 05:49 | 映画

ソクラテスについて

 「太った豚になるより痩せたソクラテスになれ」とたしかずっと前の東大総長が言ったことを覚えている。顔見知りが東大総長になったりしたことがあるのでわたしにとっては総長とかいってもタダの人。そのへんにうじゃうじゃいるワンボックスカーや軽乗用車でカッ飛ばして喜んでいるような豚になることはまずないだろうがソクラテスにはなってみたいとときどき思う。
 F.M.コーンフォード著、山田道夫訳『ソクラテス以前以後』(岩波文庫)51ページにいいことが書いてある。少し長いが引用させて貰おう。
「「人生の終極目的とは何か」というこの問いは、今日と同じく当時もまた、問われることの稀な問いだった。ある人が医者になるとすると、かれは自分の仕事は病人を治療することだと心を決めたわけだ。それから先は、だいたいは日常の規則化された仕事をこなしながら生きてゆくことになる。つぎに何をしなければならないかを立ち止まって考えなければならないときも、手段について考えるのであって、その目的の価値について考えるのではない。「はたしてこの患者は治療を受けるべきか、それとも死んだほうがよいのだろうか。ほかの大切な事と較べて、健康であること、あるいは生きていることそのことにどんな価値があるというのだろうか」などと自問したりはしない。商売をしている人も「わたしはもっとお金を儲けるべきだろうか。富の価値とは何か」などとあらてめて考えたりしない。そんなふうにわれわれは、定められた目的のための手段を工夫しつつ、その目的ははたしてそのために生きるに値するものかどうか問うてみることなどせずに、一日一日を過してゆく。
 だがそういう問いがまさにソクラテスが提起した問いであり、人々に考察するよう無理強いして、そのために大いに不興を買ったところの問いなのである。人生を全体として取り上げて、われわれの追求している諸目的のうちのどれが、何か望ましく思われる別のものへのたんなる手段ではなく、本当にそれ自体として価値あるものなのかをかれは尋ねた。それのみが希求されるに値するようなただひとつの目的が人生には何かあるのだろうか。
」 
 ここまで読んでもう頭が痛くなった人もおられることだろう。わたしは頭が痛くなろうが気が狂おうがこの種のことを考えないと充実した日々は送れないものだと確信しているがそれを人に押しつけることはしない。だから、どう逆立ちしてもソクラテスになることなど出来ないのかも知れない。豚になることは100パーセントないのだから良しとしておくか。
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by hiroto_yokoyama | 2007-06-28 09:55 | ブログ

きのう社会保険事務所へ行ってきた

 数年前までは「年金なんて俺には無縁」と考えていたが近頃のさわぎで東映東京撮影所で助監督していたときの厚生年金はどうなるなどと気が変ってきた。貰い腰の強いわたしとしては確認に行かざるを得ない。で、結論はいまのバードタクシー(仮名)、その前の国民年金、そして上記東映の厚生年金がひとつにできた。わずかの年金でも貰えるものは1円でも貰うのだ。
 それにしても各方面からのお叱りを覚悟して言うが、年金と生活保護となにがどう違うのだろう。年金は各自ちゃんと払っていたから支給される。生活保護は敗残者への哀れみというか施しというか弱者救済だから違うのよと言われてもわたしには同じに思えて仕方がないのだが頭が悪いのでしょうね。
 年金などアテにしないで老後を過したいがいい方法がないものか。
 社会保険のあとはNPOに職務経歴書作成の打ち合せに行く。タクシー運転手を卒業し、年金をアテにせず死ぬまで映画で行く手をわたしはあきらめないのです。
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by hiroto_yokoyama | 2007-06-28 07:17 | ブログ

山本薩夫監督『証人の椅子』を見た

 わたしが高校3年生のときの映画。オートバイに乗ってダンプカーとぶつかり3ヶ月入院した、その頃の封切。いまビデオのパッケージを見ると『忍びの者』が大ヒットしたご褒美にこの映画はできたらしい。原作は開高健『片隅の迷路』。徳島ラジオ商殺しのことは名前だけ知っていた。地味な題材だしなかなか上映されなくてやっときょう初めて見ることが出来た。
 山本薩夫と言えば成瀬巳喜男の助監督をしていたらしい。歯切れのいい映画の進め方はおそらく成瀬監督を反面教師(いい言い方でないのは分っているが悪気で言うのではない)として山本監督は監督デビューしたからではないだろうか(当てずっぽうの意見です)。
 安心して見ていられるのだが見終っていつも何かが足りないような気がするのは不思議だ。いまだに解明できない謎である。
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by hiroto_yokoyama | 2007-06-26 14:53 | 映画

産経新聞をとるのをやめようか

 新聞受けの新聞を見て驚いた。紙面が真っ青。よく見ると左上に「本日は特別紙面でお届けします」だって。馬鹿じゃなかろうか。目を凝らすと「この企画に関するご意見・ご感想をはがきでお寄せください」という活字が見える。「はがきで」だって。いよいよ馬鹿だ。
 何年か前にたぶん経営難からだろう、夕刊をやめて朝刊だけにして購読料をたしか月3000円以内におさえた。ネットにも力をいれて記者たちがブログをはじめたりもした。そんなやさきに一面トップを真っ青にすれば自分で自分の首を絞めるようなことになりかねないという自覚が経営陣にあったのかなかったのか。いずれにしてもこの新聞の存続が危ぶまれる。
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by hiroto_yokoyama | 2007-06-26 05:59 | ブログ

わたしは見ていないが『北京の55日』という映画があった

 たしか主演はチャールトン・ヘストン。『ある明治人の記録』145ページに、
義和団からの攻撃に応戦しているとき、遠巻きにして傍観している清国正規軍が、籠城軍牽制のために射程内に近づいて来ることがあり、誤ってこれを射ってしまったことがあった。このようなときには、白旗の軍使を派遣して陳謝するなど、細かい配慮を忘れず、沈着に行動した。この柴五郎中佐の活躍は数年前、アメリカで映画化され日本にも来たが(『北京の55日』)、アメリカの日本についての認識の低さのために、日本兵がやたらに腰をかがめ頭を下げて礼をするなど、例によって低劣なものであったから、日本での公開にはカットした部分が多く、大変に不評判な映画になった。翁に対して失礼でもあり、また同事件についての認識を誤らせる点でも不届千万な作品であった。」とある。
 以下は同書140ページ。
明治三十三年、翁が北京の駐在武官であったとき北清事変(義和団の変)に遭った。そのときの沈着な行動は世界各国の賞讃を浴びたが、その詳細は翁の講演速記『北京籠城』(大山梓編・平凡社・東洋文庫)にある。
 こういうところを目にするとわたしはすぐに図書館に予約をする。もうひとつ。149ページには、
「……いわゆる「馬賊」の指導者となった人々を、日露戦においても、満州建国に際しても、また日支事変においても、日本軍はこれらを利用した揚句の果てに、報いるどころか、匪賊の名を冠して討伐したのである。その経過は、中公新書『馬賊』(渡辺龍策著)に詳しい。」とあるのでこの『馬賊』にも目を通したくなり2冊をネットで予約。便利なものだ。
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by hiroto_yokoyama | 2007-06-26 05:16 | ブログ