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江上照彦著『悪名の論理 田沼意次の生涯』(中公新書、187)を読む

 きょうは朝から雨が降り、詰まらぬことが原因で気持ちもくしゃくしゃしていたので見出しの本を読んだ。とても興味深い。著者の江上氏は福岡県生まれと奥付にあるが歯切れのいい文章が小気味よい。わたしより相当に年長でいらっしゃるが福岡県はどちらのご出身なのだろうか。
 田沼意次という名は高校の時、日本史の教科書で目にして以来だが、この本で親近感を持った。巻末に「田沼意次関係年表」が載っているが意次が生まれた年に、デフォーの『ロビンソン・クルーソー』が刊行されている。
 すこし長いがこの本の帯(裏の方)に書いてあることをそっくり引用させてもらう。
ナポレオンはメッテルニヒを「世紀最大の嘘つき」と呼び、一度はその愛人だったこともあるリーフェン公爵夫人さえもが、「世にも稀れな偽善者」とののしった。田沼意次の場合も嫌われかたがよく似ている。徳川の為政者中、彼ほど世間から口汚く罵倒され、あげくは汚辱の淵に蹴落されて深く沈淪しているものはない。東西をとわず悪名高い為政者には共通の政治的性格の特徴があるが、不評の条件とは何か。意次の生涯をたどって追求する。
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by hiroto_yokoyama | 2008-05-29 22:26 | ブログ

岡本喜八監督『侍』(脚本:橋本忍、主演:三船敏郞)を見た

 いやぁお見事。まいりました。さすが橋本忍。この脚本は『切腹』の同工異曲ではない。
 わたしは自分でも嫌になるくらい軽いというか、見もしないで、読みもしないでタイトルだけで作品を勝手に決めつけてかかるところがある。ビデオのパッケージでこの『侍』の原作が群司次郞正『侍ニッポン』であることをきょう初めて知った。知っていれば読みもしないで「なにがニッポンだ」とたぶん思いこんでネットでビデオを注文するのをやめたかも知れないのだ。ただ昨日見た『仇討』同様橋本忍脚本というだけで、駄目元じゃないか、「お勉強」しましようという気持ちから2本いっしょに発注しただけなのだ。
 拾いものと言っては失礼だが(いやわたしが軽率なだけですが)この映画をわたしは好きだ。これはいい映画だ。このシナリオを掲載している雑誌「シナリオ」をたしか持っていたはず。もっと早くに読むべきだった。損をした。
 出演している俳優がまたいい。伊藤雄之助、東野英治郞などなど登場する俳優全員が光っている。きわめつけは新珠三千代。この人の声がたまらない。若尾文子か新珠三千代か。声だけでいい。(声だけがいい、とは言いません)もっともっとご両人の映画を見たい。
 訳の分らないことはもう言いません。話を戻せばこの映画を撮った監督がいいのです。(この映画があったなればこそ『日本のいちばん長い日』(むろん脚本は橋本忍)をお撮りになったに違いない)
 岡本喜八監督をわたしは見なおした。亡くなった方に対して失礼な言い草だがご健在のときにご挨拶申し上げるべきだった。後悔している。
 いずれ『侍』のシナリオを引っぱりだしてきてじっくりと研究しようと思う。あ、最後に申し添えますがこの『侍』のDVDがあるはずなので是非みなさんにもご覧頂きたいと存じます。
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by hiroto_yokoyama | 2008-05-28 12:35 | 映画

家康の遺訓

 人の一生は重荷を負て遠き道を行くが如し。いそぐべからず。不自由を常とおもへば不足なし。心に望みおこらば困窮したる時を思ひ出すべし。堪忍は無事長久の基、いかりは敵とおもへ。勝事ばかりしりて、まくることをしらざれば、害その身にいたる。おのれを責めて人をせむるな。及ばざるは過ぎたるよりまされり。
 宮脇俊三著『徳川家康歴史紀行 5000キロ』の32ページから以下に引用。
 周知の言葉にもかかわらず、全文を引用したのは、途中で切って「以下略」とか「……」にするに忍びなかったからである。あいつはこの程度の人生訓に感心するのかと笑われそうだけれど、齢をとってくると思いあたるフシが多いのである。
 まったくその通り。宮脇さんがおっしゃる通り。同感です。
 図書館の本に線をひいたりする馬鹿は浜の真砂のように絶えないがわたしは前にも書いたように750枚105円のノリ付き付箋紙を貼る。宮脇さんの本にも同様のことをしたがやはりマーカーで印などつけたいので今ネットで注文した。470円。安いものではないか。わたしのこのブログに目を通してくださる方々にはまさか図書館の本を汚して平気な人はいらっしゃらないだろうが周りを見てもし見つけたらそんなアホは殺しておしまい下さい。
 家康の遺訓に戻るとわたしは「勝事ばかりしりて、まくることをしらざれば、害その身にいたる」のところが特に痛い。還暦になってやっとその程度のことに感心するわたしをみなさんどうぞお笑い下さい。
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by hiroto_yokoyama | 2008-05-28 09:33 | ブログ

今井正監督『仇討』(脚本:橋本忍、主演:中村錦之介)

 わたしはこの映画の存在を知らなかった。村井淳志著『脚本家・橋本忍の世界』(集英社新書、0305 F)の巻末「橋本忍脚本による上映作品一覧」を見て知った。
 この映画は東京オリンピックが開催された年、昭和39年(1964年)わたしが高校2年生のときに封切られているようだ。
 「一覧」を見るとこの映画の直前は『悪の紋章』(監督:堀川弘通)で同じ年の7月11日公開となっている。わたしは飯塚市の永楽館で見た。その前は同じく堀川弘通監督で『白と黒』。昭和38年(1963年)。この映画も永楽館で見た。さらにその前の『切腹』(監督:小林正樹)は昭和37年(1962年)の秋に飯塚松竹という映画館で見て驚愕した。振り返ってみるとわたしは中学3年生だっただろうか。この映画には度肝を抜かれた。最近見なおして(記事にも何度か書いているが)みてもすごい映画だ。わたしのベストワンだ。
 で、この『仇討』は『切腹』から丸2年後の映画。橋本氏はじめ関係なさった方々からはお叱りを受けるに違いないが同工異曲。『切腹』がなければ『仇討』もそれはそれで、うわぁ凄いと感じたかも知れないが、申し訳ないが「ま、こんなものか」と復習をし終わったときのような感じになった。『脚本家・橋本忍の世界』巻末の一覧にある題名の上に見た日付(きのう、「20080527火」)を鉛筆で書き込んでそれで終り。
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by hiroto_yokoyama | 2008-05-28 08:29 | 映画

宮脇俊三『徳川家康歴史紀行 5000キロ』(講談社文庫)を読む

 宮脇さんの名前はかねてから知っていたがお書きになったものを読んだのは「日本通史の旅」という「小説現代」に連載中の記事が最初だった。この「家康歴史紀行」の「文庫版あとがき」に詳しく書かれているがどうやらこの本が「通史の旅」のきっかけになったようである。
 順番は「家康歴史紀行」のあと「日本通史の旅」となるのだがわたしは連載の途中から読みだして「通史」のはじめの部分は『古代史紀行』として単行本化されてから読んだ。つぎの『平安鎌倉史紀行』は刊行されるのを心待ちにして新刊で購入して読んだ。つぎの本を待てども待てども本屋に並ばない。しびれを切らして講談社にまで電話をしてみたが大出版社なので要領を得ない返事が返ってくるだけ。わたしの楽しみは中断してしまった。
 あるときスーパーに妻と買物にいったおりそこの本屋に文庫の新刊『室町戦国史紀行』があるのを見つけてすぐに買った。「あとがき」に宮脇さんご自身が「小説現代」編集部から「江戸時代まで書き続けよ、と仰言おつしゃ、とルビ。横山)ってくださって」いるが体調を崩したので、
……昨年(一九九九)六月、関ヶ原を訪ねたとき、私には史跡めぐりをする力がないことを自覚しました。石段の上に目指すものがあっても登れないのです。
 と書いている。『室町戦国史紀行』本文の末尾も
……あれから一八年も経てしまったきょうは、天気も道もよいのに、私は登ることができない。
 と悲痛なひびきの文で結んである。そんな訳でわたしはがっかりしてこの文庫を読む気になれずにほおっておいた。数日前に押し入れからひっぱりだして信長のところをさがして「鉄砲伝来」の章を読み前々回の記事にも書いたが橋本忍の本に手を伸ばした。
 著者は「江戸時代まで書き続けよ」と言われたが断念せざるを得なかった。「日本通史の旅」は宮脇氏の死(2003年没と奥付にある)で途中で終りではわたしはどうすればいいのか……と文庫の裏表紙をめくると見出しの『徳川家康歴史紀行 5000キロ』というのが目にはいった。すぐにわたしは図書館に予約を入れた。
 そんな経過をたどってわたしは今、この本をむさぼるように読み終えた次第なのです。宮脇さんは「日本通史の旅」を江戸時代までお書きになれなかったけれども「家康歴史紀行」をその前に書いているのだから、わたしの中では「通史の旅」は一応通ったのでした。
 宮脇俊三氏の本をガイドに氏がたどったようにわたしも旅行がしてみたいがたぶんそれこそ夢だけで終ることだろう。
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by hiroto_yokoyama | 2008-05-28 07:08 | ブログ

方丈記の現代語訳を読む

 何ヶ月か前、家族と食事中わたしは体から老人のにおいがし始めたことを話すと二男が加齢臭のことを教えてくれた。わたしは息子がカレーがどうしたとつじつまの合わぬことを言い出したので頭は大丈夫なのだろうかと心配したが「カレー」ではなく「加齢」と知り家庭内での話でよかったと安心したものだ。
 前置きが長くなったが鴨長明『方丈記』をひっぱりだしてせめて現代語訳でも読んでしまおうと講談社文庫をひもといた。すると「6/22金」と赤鉛筆で書いてある。古本で買ったので前の持ち主が記入したのなら嫌だからあとで修正液で消してしまおうと読み出した。ところどころに赤線など引いてあるがどうもわたし自身の筆跡のようでもある。念のため原文の最後を見るとここにも「6/22金」とある。気になりだしてパソコンで「6月22日は?年」と検索してみると何と去年ではないか。この本はずっと以前から家にある。
 去年『方丈記』を読んだのにわたしはもう忘れてしまっている。うわの空というか字面だけを追っているから簡単に忘れられるのか、それとも還暦を迎えて老境にはいったためか。カレーは好物ですが加齢は本当に嫌なものですね。
 雑誌で知ったのだが加齢臭を消すのは焼ミョウバンを薬局で買って来て2リッターの水に50グラムを溶かし一晩おいて体に振りかけるのもひとつの方法らしい。加齢をとめることはできないのでせめて臭いくらいは除去したいなどと朝からつまらぬことを考えるわたしなのであります。
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by hiroto_yokoyama | 2008-05-27 07:19 | ブログ

橋本忍著『戦国鉄砲商人伝 Gun&Christ』(集英社文庫)を読み終わる

 ひとつきほど前に古本屋で何気なく手にして購入した脚本家・橋本忍氏の本。昨晩、宮脇俊三著『室町戦国史紀行』の「鉄砲伝来」の章を読んだら『戦国鉄砲商人伝』のことを思いだし押し入れからひっぱりだした。
 織田信長のことを映画にするにしても彼を主人公にしてはつまらないもの、小さなものにしかならないだろう。わたしは漠然とそう考えてきた。さすが橋本氏、着眼点がいい。主人公はポルトガル人、コンスタンチン・オルガーノ。12、3歳の信長がこのオルガーノに鉄砲100挺を発注し本能寺で光秀に殺されるまでをこの異国の男の目を通して描いている。橋本氏は「あとがき」をつぎのように書きはじめておられる。
 この作品は途方もない不思議な大きな物になる予感がしていました
 たしかにその通り「大きな物」になっているとわたしは思う。
……いつの日にかこれをとの気持ちも強かったのですが、この仕事を終れば、その後は小さいものには興味の持てなく恐れ……
 があって、
 ……自分の腕が技術的にもっと進んで一番円熟した時を待ち、改めて座り込めばいい……
 その時を待って満を持して書かれたものだけに圧倒されて当然です。わたしなどには死んでも思いつかない「信長に鉄砲を売ったポルトガル人の目を通して」描くなどとは……。脱帽しました。
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by hiroto_yokoyama | 2008-05-26 17:11 | ブログ

脇田修著『織田信長 中世最後の覇者』(中公新書、843)を読む

 つまらない映画を最後まで見てしまったあとの口直しには読書がいちばんいい。この本の最後の3行を引用する。
 おもしろいことに浅井長政とお市(言わずと知れた信長の妹、横山)のあいだに生まれた三人娘のうち、長女の茶々は秀吉の愛妾として秀頼を産んで、のち大阪の陣で城とともに死んだが、末娘のお江は、徳川秀忠夫人となり家光などを産んだ。織田家の血は、豊臣・徳川の両者に入りつづいたのであった。 
 歴史の研究家などにはこんなことは常識なのかもしれない。不勉強のわたしはちょっと利口になったような気になってうれしい。
 「あとがき」で著者は書いている。
……本書で描きだした信長は、いささか従来の信長像とは異なっていると思う。それは信長の魅力といえるものをあきらかにするとともに、彼を近世ではなく、中世最後の段階の人物として描いたことによるであろう。また、それによって戦国乱世のなかで苦闘する信長の「政治と行動」を書くことができたと思っている。……
 信長を「近世最初の覇者とみるのが通念になっているから」、「中世最後の覇者」と見ることによって視点はおおいにかわる。リアリティがでてくる。信長の顔が少し見えてきた。巻末の「織田信長略年譜」と「織田信長関連地図」は拡大コピーでもとってそばに置き時空を舐めまわしてみたいものだ。
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by hiroto_yokoyama | 2008-05-25 07:08 | ブログ

瀨川昌治監督『喜劇 急行列車』を見た

 佐久間良子見たさにこの映画を見た。主演は渥美清。封切りは昭和42年6月とパッケージに書いてある。もしかしたら松竹の「男はつらいよ」シリーズとバッティングしているのではないか、とネットで検索してみたら、こちらのスタートは昭和44年。渥美清主演シリーズを始めたのは東映の方が先だったのか。
 瀨川監督の映画は1本も見たことがない。監督協会などでお目にかかったこともない。『喜劇 急行列車』を拝見する限り、真面目な方のようだ。生真面目すぎる人には喜劇は向いていないのだろうか。いやそんなことはない。「男はつらいよ」シリーズをたくさん撮られた山田監督はどこをさがしてみても不良っぽさのかけらもない方のようだし森﨑東監督とはなんどかお酒をご一緒したが喜劇よりシリアスな映画をお撮りになるほうが似合っていそうな雰囲気の方だ。
 まわりくどい言い方はやめてストレートに感想を述べると途中で何回もDVDをとめようとした。脚本が舟橋和郞(作家・舟橋聖一の弟さん)氏なので「お勉強」のつもりで最後まで見た。というのも舟橋氏『シナリオ作法四十八章』をわたしは何度も読み返しシナリオの授業では教科書としても使わせていただいたことがあるにも関わらず氏がお書きになった脚本の映画はたぶん1本も見ていなかった。
 『シナリオ作法四十八章』を思い浮かべながらなんとか最後まで見ることができました。
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by hiroto_yokoyama | 2008-05-24 21:36 | 映画

谷口克広著『信長と消えた家臣たち 失脚・粛正・謀反』(中公新書、1907)を読み終わった

 織田信長の性格について著者は「はじめに」でも書いているしおしまいの方にも繰りかえしている。同書257ページから引用させてもらう。
……欠点とはいえ、短気、気まぐれ、傲慢、残忍、他人に厳格といった性格は、いわば「陽」の欠点といえる。しかし、信長は、猜疑心が強いこと、執念深いことといった「陰」の欠点も持ち合わせていた。そうした「陰」の欠点が家臣たちに謀反を起こさせたといえるのではなかろうか
 早朝この本を読みおわってわたしはずっと考え込んでいる。短気、気まぐれ、他人に厳格、猜疑心が強い、執念深いというところはわたしにもある。見方によっては「傲慢」と取られたこともあるだろうし正直に言えば残忍なところはずっとこれまで意識的に隠してきたのだ。猜疑心が強いという点では源頼朝もそうだったようだが信長にわたしも負けてはいないのではないか。執念深いのもこの英雄を見習っているわけでもないのにわたしの場合は墓場までも地獄までも持ちつづけそうだ。
 同書「おわりに」で谷口氏は「相変わらず信長の人気は高い。」と書きはじめておられるがこれに比べて(「比べよう」と思うこと自体すでにわたしは「傲慢」なのだろう)このボクちゃんはいまや誰からも相手にされない。さびしいことだ。
 別にこのブログを読んでくださる方々の同情をかおうとしてこんなことを書くのではありません。誤解なさいませんように。どうぞ気休めのメールなど寄こしてくださいますな。(たんなるメモ代わりに記しているだけなのですョ)
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by hiroto_yokoyama | 2008-05-23 06:38 | ブログ