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連帯を求めながらも孤立(喧嘩分かれ)を恐れている人々へ

 PHSを解約しようかと考えた。ソフトバンク、ドコモあるいはイーモバイルに変更しようかと見当してみたがどうももうひとつ踏ん切りがつかない。ピッチをあと1年つづけることにした。
 そこで提案。趣味人「おいら」(この親爺は年金生活のため通信費を安くしたいからかどうか分からないがどういうわけかピッチだった)などブログを通じてこれまで対人関係でたくさん嫌な思いをしてきたがこれが最後。スパムメールか迷惑メールでボツになる覚悟をもってわたしにメールを頂けないだろうか。2、3回メールをかわしたらPHSで話をしてみるのです。(ピッチ同士なら無料だそうですから)
 波長が合わなければそれでおしまい。もしウマが合いそうなら一緒に映画を作りましょう。わたしはさいたま市緑区在住なので近くに住んでいる人が望ましいがネットという便利なものを利用すれば北海道でも沖縄でも九州でもどこに住んでいても連絡は簡単にとられる。
 くどいようだが迷惑メールはほとんどボツにしてしまうのだが見出しに工夫をしてみて下さい。ちゃんとしたメールには必ず返事を差し上げます。坂道をどんどん転がり落ちて行く気が毎日しています。命ある限りわたしは映画を撮りたいので既成の愚劣な映画作りとは違った素人だけの映画作りに挑戦するつもりなのです。「われこそは」と前向きの姿勢がもてる人は好き嫌いの激しいわたしに毛嫌いされてもいいではありませんか。喧嘩になってもいいではないですか。連帯を求めて喧嘩分かれをおそれずにメールをいただけないでしょうか。これが連帯を求めるわたしの弊ブログでの最後のメッセージになると思います。
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by hiroto_yokoyama | 2009-03-28 21:10 | ブログ

『週刊新潮』は往生際が悪い

 きようの産経新聞15面「花田紀凱(かずよし、ルビ)の週刊誌ウォッチング」の200回目が興味深い。早朝5時すぎコンビニまで軽トラックで新聞を買いに行った。
 コラムの後半を引用させて貰う。
……新右翼一水会の機関誌『レコンキスタ』(3月1日号)が、例の朝日新聞阪神支局襲撃犯の告白の件で、『週刊新潮』を厳しく糾弾している。「『週刊新潮』のあまりに情けない大虚報~島村証言を丸呑みした杜撰な取材~」。赤報隊の犯行声明を書いたのが故野村秋介氏とした点を問題にしているのだが。
 「新潮社に対して島村との公開討論を要求する」という代表の木村三浩氏はこう語っている。
 「(『週刊新潮』は)ジャーナリズムの一線を越えてしまった。(間違いに)気づいたら謝ればいいんです」
 『新潮』、音なしの構えでは済むまい。           (『WiLL』編集長)

 わたしもまったく同感です。『週刊新潮』は無論のこと新潮社そのものまで信用できなくなってしまいそう。
 ある映画監督が「すべてのヤクザは敵だ」などと粋がって故野村秋介氏の逆鱗に触れた事件を思い出した。この監督は映画屋の「一線を越えてしまっ」たのでポルシェから降りたところをたしか顔を斬られたのではなかったか。新潮社と『週刊新潮』の編集長と記事を書いた人間は早く謝るべきだとわたしは強く思う。一水会代表の木村氏がそう言っているのなら一刻もはやく素直になるべきだ。
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by hiroto_yokoyama | 2009-03-14 07:34 | ブログ

『鬼の研究』が届いたのはいいが

 練馬区南大泉の古本屋は本の中をちゃんと見ていないのか、知っててわざとなのか赤ボールペンで線がひいてある汚れたものを送ってよこした。騙された。しかも定価680円なのに800円で売りつけやがる(無論送料は別に210円かかる)。この本屋の実名をあかしたいが今回だけは我慢する。
 正義感が強すぎるというのか曲がったことが嫌いな性分のわたしはこんなつまらないことで神経を消耗させるのだ。自分が嫌になります。今晩も早く寝よう。
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by hiroto_yokoyama | 2009-03-11 21:04 | ブログ

馬場あき子『鬼の研究』を図書館から借りたのだが

 鉛筆で書き込みがしてある。生理的嫌悪感が背筋を走った。どういうつもりなのか。年配のバカ男(わたしの想像)は、浜の真砂のように尽きない。印をつけるなら買ってきた本につければいいのに。なぜ図書館の本を汚すのか、どう考えても分からない。まあ、わたしとは人種が違うということだ。
 ネットで検索。ちくま文庫版800円の古本を注文。図書館の本はあすにも返却。付箋紙に「書き込みあり読む気にもならない」と書いて貼っておこう。
 抗うつ剤と精神安定剤を飲んで本が届くのを楽しみにしながらこんばんはもう寝ようと思います。
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by hiroto_yokoyama | 2009-03-09 21:48 | ブログ

浜矩子『グローバル恐慌』(岩波新書)の書評

 きょうの讀賣新聞15面に論説副委員長の榧野信治という人が見出しの本を紹介している。本屋に行ってちょっと手にしてみようという気になった。
 著者の浜さんという人はテレビで見て知っている。髪を紫色に染めた口もとがアンコウのような、あのおばさん。この人がエラいなあと思うのは「ブス」などと言ったら罰があたりそうなくらいの気迫というか迫力を感じさせる物言いなのだ。おのが醜さを完全に飼い慣らしている。難しいことをおもしろく例えて無理に納得させてしまうのがこのおばさんの持ち味でもある。以下に記事から引用させて貰う。
……金融危機の根っ子には、低所得者向け住宅融資であるサブプライムローンがある。ローンが証券化されてばらまかれ、危機が世界中に拡散した――。これが金融危機の原因とされるが、……
 ところが、本書を読んで思わず納得。実に簡単に説明しているからだ。ローン証券化は、飲み屋のツケに例えればわかりやすいという。飲み屋にとってツケは貴重な債権だが、簡単には現金化できない。そこで飲み屋は一計を案じ、ツケの請求書を何枚か束ねて福袋を作り、それを町の人に販売する。そうすれば飲み屋は現金をすぐ手にし、ツケ回収の手間も買い手に押しつけることが出来る。
 めでたしめでたしのはずが、ツケの客が支払い不能に陥ったことで、福袋を買った人たちが大損し、怒り心頭で飲み屋に詰めかける――。
……
 分かったような気になるが、どこかで騙されたような気分が残るのはわたしの飲み込みが悪いせいなのだろうか。
 著者はこうした手法で、金融の現代史も解説してくれる。その上で世界同時不況はあと10年続くと指摘する。実に恐い予言本でもあるのだ。
 ということらしいが、本屋で手に取るほどのこともないかも知れない。
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by hiroto_yokoyama | 2009-03-08 05:02 | ブログ

小沢一郎を見損なって3年

 小沢は顔が悪い。暗がりで出くわすとわたしは間違いなく卒倒するだろう。しかし醜男でも剛腕とか言われたことがあるので決めつけはよくないとつとめてこの男の発言に耳を貸してきた。官僚主導の政治を改めないといけないという主張はいまでもわたしは賛成だが秘書が逮捕されたあとの釈明は説得力はゼロ。
 そもそも安倍が総理になったときに一騎打ちしないというかしっぽ巻いて逃げた印象をわたしは強く持ったがあのときから、あ、この男はダメだ。顔がまずいから仕方がない。かわいそうな奴だなぁと見限った。
 麻生も顔は悪い。氏より素性とか言うが血筋のわりには粗野なのでずいぶん損をしているが小沢に比べるとおのれの醜さにまだ負けていないところをわたしは頼もしく思っている。中曽根元首相もテレビで評価していたのでもう少し暖かく見守っていよう。同郷のよしみもある。それにしても小沢は顔だけではなく頭もそうとう悪いと思いませんか、皆さん。あいつ本当に慶応大学を卒業したのだろうか。
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by hiroto_yokoyama | 2009-03-06 21:12 | ブログ

「葬儀の世界にも異変」らしい

 東京新聞きのう(3月2日)の6面に「こちら編集委員室」というコラムが載っている。寺本峯祥という人の署名入りの記事。
 わたしは5年前にガンで胃の3分の2を取り去る手術を受けた。それ以来死ぬことをいつも意識するようになった。二男にわたしが病死であれ事故死であれ自殺であれ死んだときはどうするか、その時の段取りをメモに取らせて目立つように冷蔵庫の扉に貼りつけさせてある。心筋梗塞のとき、昨年のマロリー・ワイス症候群で下血・吐血で救急車を呼んだとき冷蔵庫のメモ通りにことを進めるように子供たちと妻に念押しをして家を出た。
 これでもう安心。人は暢気だと笑うかも知れないが放っておいて貰いたい。これがわたしのやり方だし生き方なのだ。
 で、見出しに書いたように葬儀の世界にも異変が起きているらしい。新聞の記事から引用させて貰う。
……病院から火葬場に直行して葬式を挙げずに身内だけが見守って荼毘(だび、ルビ)に付す「直葬」が急増している……
 わたしが息子にメモをさせたのはこのこと。なるほど直葬と言うのか。「じきそう」と読むのか「ちょくそう」でいいのか。そんなことはどうでもいいが誰しも考えることは同じなのだなあと感心して妻と子たちに読ませるつもりで切り抜いてある。
 このコラムのはじめは、
 「マンション坊主」と呼ばれる僧侶をご存じですか。
 だって。わたしは知らなかった。みなさんはべつに知らなくてもかまいませんがどうしても知りたい人は図書館にでも行ってみてください。
 この記事を書いた寺本氏の言いたかったことは、コラムの末尾から引用します。
 葬式仏教との批判に甘んじ、弔いの主役を葬儀社に任せ放しにしてきた檀家(だんか、ルビ)寺。死活問題に直面しているはずなのに、反応は鈍い。
 わたしははなから寺も坊主も信用していないしと言って葬儀社に頼むつもりもないのでなにも憂えてはおりません。
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by hiroto_yokoyama | 2009-03-03 08:05 | ブログ