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讀賣新聞の購読を今日限りやめようと思う

 みなさん知っていますかウソか本当か知らないが大学の成績が1番の者しか朝日新聞には入れない。2番はなくて3番か4番の奴が讀賣に入社するということを。以前マスコミ関係の人から聞いたことがあります。
 わたしは朝日新聞が大嫌い。1979年拙作『純』が批評家週間での上映が決まりカンヌ映画祭に行くことになったとき讀賣新聞の河原畑寧さんという記者の方にまっさきに電話をいただいて以来氏にはずいぶんとお世話になった。で、以来わたしは讀賣党だったが河原畑氏が現役を引退してずいぶん日もたつことだし、今年3月から8月まで讀賣を配達してもらう契約だったが時々休刊日でもないのに入らないこともあるし新聞受けに乱暴にたたき込み新聞が破れていることなどもあり、曇りのち雨の日は濡れてしまっていたり粗雑な配達員に愛想が尽きて購読をやめることにした。本社に電話したが係の島田という男も役所の戸籍係のようにいい加減な野郎で、こんごは讀賣新聞は行きつけのそば屋でときどき読めばいいやという気分になって本日6月30日をもって購読を金輪際やめたことをお知らせします。
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by hiroto_yokoyama | 2009-06-30 19:55 | ブログ

ICレコーダーにアイディアを吹き込んだ

 きのう(6月25日)もタクシー乗務はひまだった。あいかわらず客は少ない。客待ち(駅につけないときは「無線待ち」)時間の長いこと長いこと。ちなみにノルマの2万円稼ぐのに早朝5時から夜の11時までかかってしまった。
 大事なことはこの一見無駄と思える時間をどのように過すか、だ。ほとんどの馬鹿どもは水揚げかバクチの話。くだらなくて聞くのも嫌だ。賢明なわたくしめはICレコーダーに映画のアイディアを吹き込んだり何かする。本来は秘密なのだが、きのうの中味を内緒で披露しよう。
 吉行淳之介という作家のものは十代の頃ほとんど(と言っても初期の分)読んだ。福岡の英数学館という予備校に通うためにはじめて下宿した。最寄り駅は西鉄大牟田線高宮駅。わたしは西口をいつも利用したがそこに貸本屋があった。最近でこそレンタル・ビデオ屋がコミックの貸本をはじめたところもあるようだがわたしの年齢より下のものには貸本屋と言ってもピンとこないだろう。
 その高宮駅の貸本屋。愛想のないババァがいつも店番をしていたがそこで吉行淳之介の『驟雨』などを借りて読んだ。受験勉強などそっちのけ吉行作品をナンパの教科書にして天神の岩田屋(福岡の老舗デパート)界隈でたくさんの女性たちと無理に知り合いになったものだ。
 10年以上前になるだろうか。顔見知りの凡庸な映画監督が吉行作品の『砂の上の植物群』のリメイクを発案したが著作権継承者にそっけなく断わられたと本人から聞いた。『砂の上の植物群』と言えばわたしは新刊で出たときにすぐに購入。とても好きな小説だ。たしか絵のタイトルか何かだったらしいがとても素敵な題名だ。
 中年のしがないセールスマンが東京タワーで女子高生と知り合いになる。彼女に頼まれてこの女子高生の姉とまでナニをするのだが「これぞ文学」とわたしは読んだときからそう思ってきた。それを才能もないくせに映画にしたいと聞いて内心むらむらと来た。早速文庫で再読しさっさとこっちで許諾をとり映画にしてやろうかと考えたがそのままにしてある(淳之介の妹さんの吉行和子さんに連絡してみようかと思っただけでアクションは起さなかった)。
 『星と月とは天の穴』というのも名作だ。わたしはオートバイを運転して交差点でダンプカーに激突、九死に一生を得(ワッ、月並みな表現! )て入院中に読んだような記憶があるがこの記憶は間違っているかも知れない。読んだのは確かに読んだ。この小説と『砂の上の植物群』を混ぜ合わせてみたらどうか。これが昨日ICレコーダーに吹き込んだアイディア。
 誰かがこの拙文を読んでパクるかも知れない。それはそれで結構。映画にできるものならしてみてほしい。なまけ者のわたしだが映画館にまっさきに足を運ぶことだろう。映画化難易度ウルトラC。どうせ誰にも出来ない企画だろうからわたしが重い腰を上げようかな。
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by hiroto_yokoyama | 2009-06-26 07:40 | ブログ

アンリ=ジョルジュ・クルーゾー『密告』のDVDを購入

 パッケージの表に監督:アンリ=ジョルジュ・クルーゾー/『恐怖の報酬』『悪魔のような女』/出演:ピエール・フレネー/『大いなる幻影』『聖バンサン』/ピエール・ラルケ/『求婚』『一日だけの天国』
 と印刷してあるがわたしが見た映画はクルーゾー監督作品の2本だけ。アマゾンの広告で知っていたのだが新都心に家族で食事に行ったときにたまたま本屋で手にした。だがすぐには買わない。1日おいてタクシー乗務のときに浦和駅東口から大宮まで客を乗せチップがちょうど『密告』の販売価格になったのをさいわいに帰途新都心駅のロータリーにタクシーを停めてくだんの本屋に走った。タクシーは駅ならどこでも駐停車禁止の交通標識に「タクシーは除く」と書いてある。便利だ。駅にいつでも無造作にポンと車が停められるからタクシー運転手をやっているとまでは言わないが外交官特権ならぬタクシー特権を生かさない手はない。
 で、わたしの悪い癖で買ってしまうと「いつでも見ることができる」という安心からホコリをかぶって部屋のすみにころがしたまま放置してしまいがち。この映画もいつになるか分からないが見終わったらなにか書きましょう。
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by hiroto_yokoyama | 2009-06-26 06:54 | ブログ

湘南のMさんとオフ会

 きょう新橋駅でMさんと待ちあわせ。1時間半ほど話した。Mさんはずっとわたしのこの拙いブログを見てくださっているようだ。わたしよりひとまわり以上お若いが映画への情熱は強くもっていそう。彼もブログをやっているのでまずMさんのでこのブログを紹介して貰い、その後Mさんさえよければ彼の実名をあかして案内させて貰おうかと考えている。
 「連帯を求めて孤立を恐れず」。全共闘のスローガンのひとつだったようだが、わたしはいまでもこの標語が好きだ。
 来月でこのブログも開設して丸5年になる。当初のもくろみがはたせるかどうか。Mさん次第(と言って彼にプレッシャーをかけるつもりは毛頭ありません)。いつでも袂を分かつつもりでおつきあい願えれば幸いに存じます。
 なんのことやらさっぱり分からないとおっしゃる方も多いと存じますがもうしばらくご辛抱ください。少しずつ様子が分かっていくと思います。オフ会という言葉が嫌いでしたがもうすこし我慢強くここから連帯をもとめてみようかな(勝手なことばかり申してすみません)。
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by hiroto_yokoyama | 2009-06-20 21:15 | ブログ

担当する車両(タクシー)にやっとなじんできた

 前担当者は40代の男性。三郷かどこかの路線バスの運転手になってバードタクシー(仮名)を退社した。それでわたしにお鉢がまわってきたというわけだ。
 ほぼ1ヶ月になる。前任者がごてごてと運転席まわりに妙な部品をはりつけていたのをひっぺがしトランクにもどうでもいいものをしまってあったのを始末し車の癖をほぼつかんでわたしが運転しやすいようにした(英語ではカスタマイズというのだろうか)。運転について例をあげれば発進のとき「D」でスタートするとエンストしやすい(この車は新車のときから、それが顕著だった。アイドリング時でもストンとエンジンがとまってしまい交差点で恐い思いを何度か経験した)。客を乗せて動き出すときは「2」で動かしすぐに「D」にシフトアップする。坂道発進も同じ。
 乗務については2日乗って1日休み、1日乗ってまた休み。そして2日乗るというシフト(というのだろうか)は変わらないのだが洗車をする圧迫感がとれて何とも言えず楽になった。担当車両がないときは洗い方が悪いと担当者から何か言われはしないかとたえず気を配らせられた。(窓の拭き方が悪いと言われたことが1度だけあった。この運転手を殴ってやりたかったのだが暴力沙汰を起す前に本人の素行が悪くてとっくにクビになっている)
 プレッシャーがなくなったらタクシー乗務の日であろうが休みの日であろうが明け番の日であろうが創作(という言葉は好きではない。わたしには立派すぎる)を中心にすえた生活のリズムが作りやすくなったのだ。創作というより頭の中でこんな映画あんな映画と具体的なイメージがどんどん(いや、「ちびちび」という方が正確)湧いてくるのだ。かすかに浮かんだ画面を金魚すくいのようにメモにとる(取ろうと思いながらまだ実行できずにいる)。
 幼少からまわりの女性たちにセクハラしっぱなしの人生だった反省(「思い出」、という方が美しい)を面白おかしい話に頭の中でいくつも組み立ててあるのだが伊勢物語よろしく短篇に仕立てあげてしまう作業もなんだか進みそうな気配(わたしの書くものの主人公の名は「昔男」にすると決めただけ)がわたしの身辺に立ちのぼってくるようで少しいい気分で〆の20日が迎えられそうなのだ。
 そんな具合なので20日の土曜日は湘南に住むMさんを都心に呼び出して久しぶりに映画について人と語りあう時間を持とうと予定している。福岡でH.Y.やF.M.に煮え湯を飲まされた苦い経験にも懲りずわたしは孤立を恐れないでやはり連帯を求めているのかも知れない。(こんな風に書くと格好よすぎますかね? )
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by hiroto_yokoyama | 2009-06-15 05:12 | ブログ