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松本清張記念館に行った

 11月23日5年8ヶ月ぶりに九州の土を踏んだ。福岡空港でレンタカーを借り小倉へ向かう。清張記念館はできたときから是非のぞいてみたいと思いつつ、いつでも行けるとのびのびにさせてきた。清張さん生誕100年ということでひとくぎり、いま行かないともう行けないとわざわざ出向いた。
 翌日24日に戻ったら図書館に予約していた梓林太郎『回想・松本清張 私だけが知る巨人の素顔 』 (祥伝社文庫)が準備されていたので早速読み始める。梓氏も北九州市小倉北区にある記念館を訪ねるところからこの本をスタートさせているので親しみが持ていっきに読了。
 タクシー業務は19日から25日までちょうど1週間休んだ。もう運転手をやめようと決めているのだが金のことがあって踏ん切りがつかないでいる。処女作『純』を撮るために東映東京撮影所の助監督を辞めたときのあの度胸はどこにいってしまったのか。
 同僚の運転手が先週亡くなった。タクシー会社から営収が低いので解雇すると脅されて無理をしたせいだ。わたし同様にこの運転手は心筋梗塞をやり今回は頭の血管がつまり植物状態になっていた。わたしもこの轍を踏むのだろうか。
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by hiroto_yokoyama | 2009-11-28 07:42 | ブログ

『定本 高村光太郎全詩集』(筑摩書房)を借りた

 先日記事に書いた光太郎の詩。(縦書きできないのがなんとも残念である)『全詩集』422ページに通し番号333「死ねば」とある。
死ねば死にきり。
自然は水際立ってゐる。

 つぎの334「無いからいい」というのもいい。
生きよ、生きよ、生きぬいて死ね。
そのさきは無い。無いからいい。

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by hiroto_yokoyama | 2009-11-17 21:19 | ブログ

勝新太郎監督・主演『座頭市』を見たい

 11月13日の毎日新聞1面の「余録」に亡くなった森繁久弥のことがでている。引用する。
……(勝新太郎扮する座頭市がゲスト出演の森繁に言う)「あれだよ。父っつあんのあれ」。森繁さんは昔教わった都々逸を思い出した。「ボウフラが 人を刺すよな蚊になるまでは 泥水飲み飲み浮き沈み」▲森繁さんの語りを久世光彦さんがつづった「大遺言書」(新潮文庫)の伝えるエピソードである。……
 わたしは都々逸のなんたるかを知らない。「ボウフラが 人を刺すよな蚊になるまでは 泥水飲み飲み浮き沈み」というのはいいですね。
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by hiroto_yokoyama | 2009-11-17 21:07 | ブログ

吉本隆明『老いの超え方』(朝日新聞社)から

35ページ
――遊び
吉本 やはり猫さんじゃないでしょうか。僕が行くと、ニャンと泣いて寄ってきて一緒に寝そべっているみたいな、そういう猫が一匹、うちにいます。それも遊びの中に入れば猫じゃないでしょうか。

 わたしは表で野良猫2匹(花子、クロ)家で3匹(寅彦、さくら、リボン)計5匹も飼っている。これ以上増やさない心構えが必要だ。
134ページ
――老年期
吉本 太宰治の「アカルサハ、ホロビノ姿デアラウカ。人モ家モ暗イウチハマダ滅亡セヌ」(『右大臣実朝』)というのが好きです。僕らもそうで、まだおれは暗いから滅びないというか、まだ仕事ができるという感じですね。

 「明るさは、滅びの姿であろうか」というのを電車の中吊りか何かで見たことがある。いいなと思った。『右大臣実朝』にある、というのははじめて知った。
196ページ
――この章では老いと文学について伺いたいと思います。
吉本 文学で、僕が典型的に思い浮かべるのは室生犀星です。若いときは詩をたくさん書いて、途中から小説家として作品を多く残しました。多分、病気で最後の入院のときだと思いますが、それを主題にした『われはうたへどやぶれかぶれ』というのがあります。
……
 『われはうたへどやぶれかぶれ』というのは知らなかった。タイトルがいいですね。さっそくどんなものか目を通してみたいです。
232ページ
吉本 僕が好きな中世の宗教家で親鸞という人がいます。この人の考えと、僕が一番影響を受けている死についての考え方は、フランスのミッシェル・フーコーという人の『臨床医学の誕生』という本の中の死の考え方がいいというか、ある意味では親鸞も似ているところがあります。
 ミッシェル・フーコーは名前だけ知っている。さっそく『臨床医学の誕生』を手にしてみたい。
248ページ
吉本 要するに、一つはもちろんあの世とか浄土、天国、そういうものはないよということが重要なことではないでしょうか。「死ねば死にきり 自然は水際立っている」という二行で、後の「自然は水際立っている」というのが、とても高村光太郎の自然観、自然概念の重要なところではないでしょうか。つまり、毛沢東流に言えば自然には勝てませんと言っているのと同じで、浄土で再び生きるというようなことは一切無用であるし、ない。そういうことに対して自然がそういうふうにできているということを、「自然は水際立っている」というもう一行で言っています。これは奥さんが亡くなったときのものですが、そういうことを言っています。それは、宗教家でもない認識にとっては重要な、大変いい考え方ではないかと思います。
 いいですねぇ。「死ねば死にきり 自然は水際立っている」
 吉本さんの『老いの超え方』は最近文庫になりました。興味のある方は本屋さんでお求めください。わたしは図書館の単行本を見たのですがなるべく早く返却します。
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by hiroto_yokoyama | 2009-11-11 10:28 | ブログ

新入社員紹介

 わたくし生まれも育ちも葛飾柴又です、じゃなかった。それは秘密。きのう(11月6日)この家の主人夫婦と息子(二男)にひろわれてきた「リボン」と申します。なぜリボンと言うか説明しますとなんでもむかし同名の少女漫画雑誌があったらしくそこに連載されていた『リボンの騎士』の登場人物のだれかに似ているからと主人は申しておるのですがまだ61歳なのに近ごろボケがではじめているようなので本当の話かどうか分かりません。
 いづれにしましても本日ただいまよりこのボロブログにちょくちょく登場いたしますつもりですのでお見知りおきください。かしこ。横山リボンでした。
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by hiroto_yokoyama | 2009-11-07 21:34 | ブログ

黒岩重吾『「日出づる処の天子」は謀略か ──東アジアと聖徳太子』(集英社新書)

 ブログの「レポート」というところを開いた。なにげなく「記事数」を見ると888。ラッキーセブンならぬラッキーエイト。末広がり。縁起がいいのでもうひとつ書くことにした。
 見出しの本は例の古本屋チェーンでこれも105円。わたしは105円が好きなのだ。若い馬鹿な店員が従来のむかしからの古本屋などでは間違ってもつけない安い値をつける。これは889番目のつたない記事です。
 わたしはもう亡くなってしまったが黒岩重吾の古代史研究を信用している。学者の無難な説よりよほど興味深い。(松本清張と同じ)
 氏が『日本書紀』を読み直した(と氏自身が言っている)頃以降に書かれたものにはつとめて目を通すことにしている。そんなことから岩波ワイド版『日本書紀』全5巻は万年床の脇に置いているがときどき起き上がるとき蹴飛ばしたりして邪魔になることがある。それでも押し入れにしまいきれないのは氏の本を読んだりしてすぐに開かないとならないからなのだ。
 「謀略か」というのはすこし大げさかなとはじめ思ったが読み終わると納得。櫻井よしこという十二単に似合いそうな髪型のおばさんを思い出してしまう。巻末に「情報戦に弱い日本──あとがきにかえて」から引用。
……(謀略説を)最初に発表したのは、平成九年、航空自衛隊幹部候補生学校で行った講演会だった。もちろん本書は、それを更に深め、拡げている。……
 わたしにはとても興味深くありました。どうです? この本を読んでみたくなりませんか。
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by hiroto_yokoyama | 2009-11-02 07:49 | ブログ

池田弥三郎『光源氏の一生』(講談社現代新書)はおすすめです

 古本屋のチェーン店で105円で購入。廉価だから買った。期待しなかったが一読、目から鱗が落ちた。そこで新潮日本古典集成『源氏物語』第1巻、第2巻は家にあるのでひっぱりだしたが、「帚木」のところでもうダメ。夏目漱石は『源氏物語』をだらだらしているのであまり好きではなかったらしいが(むろん漱石は全部読んで言っているのだろう。だからわたしがここで文豪の名前などだすのはフェアではない。それは自覚している)、あの漱石でさえそうなのだからわたしごときが途中で『源氏物語』を放り出してもなんの恥にもならないはずだ。と、屁理屈を胸のうちでこねくりまわすわたしなのであります。
 別のはなしだが、昨晩久しぶりにプロ野球をテレビ中継で見た。日本シリーズ第2戦。日本ハムのダルビッシュはよかった。ちなみにわたしの二男と彼は同じ年。こんなこと書くと息子にまた嫌がられるかな。息子はこんなとき妻に「お母ァさーん。また、お父さんが関係ない、いつものつまらないことを言うよ」とか叫ぶ。あの全盲のピアニスト辻井君がバン・クライバーンのコンテストで優勝したときも彼は息子と年が近いなどと二男とは何の関係もないことを無理に関係づけようとして怒られたことがある。
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by hiroto_yokoyama | 2009-11-02 07:13 | ブログ