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大岡昇平『少年 ある自伝の試み』(新潮文庫)を読了

 自分の秘密の生涯を書く参考にしようと『幼年』そして『少年』を読んだのだが大岡昇平の書くものはさすがに格調が高い。わたしはせめて10分の1でもいいから下品にならずに自分の半生を語ることが出来るだろうか。自信がなくなってしまう。踏み出さないわけにはいかない。人は人わたしはわたし。そうは言ってもやはり恥ずかしさが先に立つ。逡巡してしまう。もう少し材料をカードにでも書きためようか。
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by hiroto_yokoyama | 2010-02-25 14:42 | ブログ

「ヨコヤマさんに私も感謝したい」

 毎日新聞きょうの23面「みんなの広場」から全文を引用させて貰う。
見出しの投稿は「無職 横山節哉72(福島県郡山市)」という方。
 10日の本紙(毎日新聞のこと)「運転手が救いの手」の記事に泣いた。
 埼玉県の中3少女が石川県輪島市にある日本航空石川高校受験に向かった。途中、大雪で長岡駅から先が不通で立ち往生。受験を断念しかかるが、同行の母に励まされ、ヒッチハイクをしてでも行くと決心する。深夜の雪道で通りかかる車を止めようとするが、誰も応じない。明け方、給油中の大型トラックを発見、駆け寄ってお願いする。中3の娘を持つという運転手は「神戸まで行くが、途中の金沢までなら」と乗せてくれ、金沢に着くや、「輪島まで行っちゃる」と遠回りしてくれた。試験にはぎりぎりで間に合った。
 この記事を読み終えてもしばらくは紙面から目を離すことができなかった。日本にはヨコヤマ運転手のような人がいることを知り、まだまだ人間を信じてもよいのだと心底思った。ヨコヤマさん、ありがとう。

 わたしも10日の記事を見ている。涙までは出なかったが読んでいい気持ちになった。バンクーバー 腰パン国母 8位とかそんな記事より遙かに遙かにニュース価値は高いとわたしは思う。
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by hiroto_yokoyama | 2010-02-25 07:52 | ブログ

篠田正浩監督『暗殺』を見てきた

 この映画の封切りは1964年(昭和39年)東京オリンピックの年。わたしは高校2年生だった。2番館か3番館か知らないが生家の近所にあったロマン座で見た。その時気になるシーンがあった。開映後30分過ぎたあたり丹波哲郎扮する清河八郎が目明かしか小者の首を斬るところがある。当時16歳のわたしにはワンカットで首をはねたように見えた。ちょうどその頃遠縁の者が映写技師をしていたので映画館がはねたあと映写室にもぐりこんでどのように撮ったかをフィルムで直接見て確かめようとした。しかし何巻目のどの辺というのが分からないので確認できなかった。
 映画監督の端くれとなっているいまなら分かるだろうとその箇所をチェックしにきのうフィルムセンターまで足を運んだ次第だ。何のことはないやはりワンショットでは無理(胴体から血が噴き出し首が真上に吹っ飛ぶ)なのでカットを割って撮っている。素人にはこれが一つのショットに見えたに過ぎなかったのだ。
 映画はどうしても試合で負けた佐々木某(木村功)が報復で清河を殺しただけという小さな話になってしまう欠点を持っているために104分(チラシに上映時間が書いてある)を我慢してみるのはつらかった。
 篠田監督には恩義がある。わたしの監督デビュー作『純』の試写会のご案内を差し上げたところ銀座松坂屋裏の小さな試写室に見に来てくださった。しかもスーツにネクタイ姿で開映30分以上前(わたしが到着する以前)にまっさきに椅子にすわっておられた。恐縮至極。ご挨拶すると監督はニコッと例の笑顔を浮かべて「ウラちゃん(編集の浦岡敬一氏のこと)によろしく言ってください」とおっしゃった。後日丁寧なお手紙を頂戴した。中国土産の切り紙が同封されていてとても嬉しかったことを覚えている。
 監督協会の50周年記念のときは深作欣二監督と篠田監督(両氏は同じ歳。東映と松竹で会社は違っていても助監督時代から交流がおありだった)のうしろからついて二次会のスナックへ青山通りをのぼっていったことがきのうのことのように思い出されて懐かしい。
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by hiroto_yokoyama | 2010-02-25 07:10 | ブログ

「週刊ポスト」3/5号がおもしろそう

 わたしはさっきから週刊ポストの広告をじっと見ている。腰パン・鼻ピアス男国母とニッポン社会のこと。呉智英が喝破というのが気に入らない。「ドレスコード」って何だ? カメレオンと死神・鳩ポッポ兄弟がほんとうに「国を滅ぼす」かも知れない。「黒澤映画の著作権」が「謎の相場師」に転がされている。これは愚かな息子がみな悪い。サッカーの岡田解任! このままでは「全敗」間違いなしそりゃそうだ。しかし岡田タコ坊ひとりのせいではない。日本じゃサッカーを取り巻く環境が悪すぎる。サポーターなんて言わずに応援団でいいじゃないか。ハングリーな選手っているの? 下手クソなくせにみなスター気取り。このもやし選手たちとバカサポども、そして全チーム阿呆フロントがサッカーを潰すとなぜ言い切らないのか? ってな訳でテンコ盛り。350円はやすい。
 でも、まだまだこのくらいではコンビニに買いに走る気にはなれません。春のきざしが見えはじめたけれどまだまだ表は寒そう。炬燵でノートパソコンをいじくっているほうがずっと楽しいのであります。
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by hiroto_yokoyama | 2010-02-22 07:23 | ブログ

松本清張『渡された場面』(新潮文庫)

 裏表紙の宣伝文句。はじめとおわりを引用。
四国の県警捜査一課長香春銀作は、文芸雑誌の同人誌評に引用された小説の一場面に目をとめた。……中央文壇志向の青年の盗作した小説が鍵となる推理長編。
 北浦和の古本屋チェーンの文庫棚で清張さんのものを物色中この文句が目に入り読む気になった。長編はどうかなと危惧したものの一気に読み終えることが出来た。すごい筆力だ。右バッターが外角に来る球を強引にレフトスタンドまで運ぶような豪快な運び。おもしろい。
 10年くらいまえから松本清張年譜をなんども見てきた。タイトルを覚えているので読んでいないのに読んだ気になっている作品がかなりある。この『渡された場面』もそのひとつ。「松本清張論」を書くつもり(わたしには書けないが)になってひとつひとつ丁寧に読んでいこうと思っている。
 古本屋チェーンであと2冊購入。『内海の輪』(角川文庫)、『強き蟻』(文春文庫)。後者はタイトルに惹かれた。巻末の権田萬治氏の解説によると西東三鬼の句「墓の前強き蟻ゐて奔走す」からとったらしい。
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by hiroto_yokoyama | 2010-02-22 06:01 | ブログ

凶悪犯罪の時効をなくすことには賛成だが

 前の記事を書いても気持ちがおさまらない。つねづね裁判について思うところを書く。「被害者の遺族の気持ちを考えて」という言葉がやたら目につくが被害者の遺族がくやしくないことなど絶対にないのだから気持ち云々を言い出すと違った方向に行く。家族がもし犯罪に巻き込まれて殺されたらわたしは犯人を自分の手で殺したい。しかしこれは「私刑」で禁じられている。日本はいちおう法治国家(そうだろうかと首を傾げることはままあるが)なのだから仇討ちをするのにわたしは最後の最後まで迷いに迷うだろう。自分の手で捕まえない限り警察が逮捕したのではそう簡単に犯人に会わせてはくれないだろう。会うことができても殺す方法が難しい(武器を携帯しては接見できない)。犯人を自分の手で殺すことを諦めいったん司直の手にゆだねると決めたら犯人の罪の軽重を言ってはいけない。絶対に言うべきではないというのがわたしの基本的な考え方だ。
 ご遺族の気持ちはわたしにも分かる。はらわたの煮えくりかえるさまが伝わってくる。けれど「死刑にしてほしい」とか「もっと重い刑を期待する」という言葉を聞くと「ちょっと違うぜ。いやぜんぜん違うよ。そんなこと言うのなら自分で殺しに行けよ! 」といつも感じる。
 タクシー強盗事件の裁判員、サラリーマンの田中さん、主婦の関野さん腰縄と手錠くらいで「見せしめのよう」とか「ショック」などと生ぬるいことを言ってはいけない。あなたがたの家族が犯罪に巻き込まれて死んだらあなたたちこそ「極刑を望みます」とほざくかも知れない。あなたたちはそういう人種なのではないですか(違うといいけれど)。
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by hiroto_yokoyama | 2010-02-19 09:06 | ブログ

中途半端な優しさ

 きょうの毎日新聞27面手錠・腰縄姿「ショック」という活字が目にとまった。「安高晋」と署名がある。いっぱい引用する。
 小見出しは東京地裁裁判員「見せしめのよう」
 タクシー強盗事件を審理する東京地裁(吉村典晃裁判長)の裁判員裁判で、裁判員の在廷中に被告の手錠と腰縄のつけ外しがあり、18日の判決後に会見した裁判員、補充裁判員計4人のうち2人が「見せしめのような印象」などと否定的な感想を述べた。……会見で、会社員、田中順さん(42)は「見せしめに近く、改善の余地がある」。主婦、関野操江さん(69)も「ショック。なくていいのではと思った」と語った。……
 わたしが被告なら手錠と腰縄をはずしてくれたならためらわずに逃走する。場合によっては気にくわない奴がまわりにいたら『羊たちの沈黙』のレクター博士のように殺傷するであろう。
 田中という会社員も関野とかいうおばさんも何を考えているのだろう。「見せしめ」けっこう。見せしめですよ。罪と罰がこの2人には分かっていない。昨今みょうな優しさだけの日本人が増殖しまくっていてわたしには不気味に思えるのです。
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by hiroto_yokoyama | 2010-02-19 07:57 | ブログ

J R高円寺駅 転落女性救助の24歳男性

 うっとうしい事件ばかり起きて新聞を読むのもいやになるがきょうの毎日新聞30面。見出しの記事。
 都内の社会福祉法人職員、佐藤弘樹さん(24)の談話が載っている。「……考えてやったことではない。でも、目の前で起きてしまったから」。
 バンクーバーのお祭り騒ぎ、サッカーの監督馘首騒動などと比べるとはるかに地味な報道だが心が洗われる気がする。以前同様のことがあった(ホームから落ちた人を助けようとして)がたしか韓国の若い人が亡くなった。あのときは痛ましくてニュースを見るのがつらかった。今回は助けられた方も助けた方も両方無事。こんないいことはない。はしゃいで浮かれるだけの若者ばかりではないことがわかってほっとした。
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by hiroto_yokoyama | 2010-02-17 06:52 | ブログ

サッカーのこと

 息子(長男)はレッズのファンのようだがわたしはサッカーが嫌いだ。好きなのは野球。阪神ファンであることは知る人ぞしる。相撲は嫌いではないが朝青龍問題(昨年限界説をふきとばして優勝したときなど蔭ながら拍手したが)をめぐる相撲協会の対応の拙劣さで見限るしかないと考える。
 サッカーに話をもどすとわたしはレッズの選手を(バードタクシー運転手として)タクシーに何回も乗せている。こいつらの話を聞いていると全員がバカ。日本代表の監督かなにか知らないが岡田は1度駒場スタジアムの報道関係者出口で見かけたがこいつは人間が小さすぎる。コーチがやっとつとまるかどうかの器量しかない。
 レッズの社長は3度乗せた。埼玉スタジアムまで2回レッズランドまで1回。この人は嫌いではない。がレッズのノータリンの選手どもやマネージャーなどをひっぱるにはおとなしすぎるような印象を持っている。
 浦和駅西口の飲み屋力(りき)にはしょっちゅう行っていた。サポーターは老いも若きも女も男も全員パー坊、バイトの店員は経営者をふくめて社会の落伍者ばかり。マナーを身につけている奴は客も店員もいくらさがしてもひとりもいない。力に行くのはやめた。
 日本のサッカーは民度の低さを象徴してどんどんダメになる。とりまく環境が悪すぎる。わたしははじめっから予測していた。岡田をクビにすればいいというものでは絶対にない。
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by hiroto_yokoyama | 2010-02-15 07:48 | ブログ

大岡昇平のこと

 昨晩『幼年』を読んだ。図書館から大活字本シリーズというのを借りた。老眼鏡をかけないで読めるかと思ったがやはりかけた方が活字をひろいやすい。この本を読んで知ったことは大岡さんが『幼年』を書いたのは62、3歳のころ。つまりいまのわたしと同じ年くらいだったということ。
 著者は言う。
……大正年間に東京郊外で育った一人の少年が何を感じ、何を思ったかを書いて行けば、その間の渋谷の変遷が現れてくるはずである。「私は」「私の」と自己を主張するのは、元来私の趣味にない。渋谷という環境に埋没させつつ、自己を語るのが目的である。
 わたしには内面をみるといつも「俺が、俺が」というところがある。これは恥ずべき事という自覚があるのでそれを隠そうとする。大岡氏が「元来私の趣味にない」と言いつつ  「自己を語るのが目的である」と語るのと似ているのかどうか。
 巻末の解説で奥野健男が書いている。
……六十歳を超えた今日、本格的にもう一度、自分とは一体何なのかと与う限り明晰に検討し、その先にある不思議な欠落や夢魔の実態を体験し、表現しようとする。
 わたしは大岡昇平のどういうところが好きなのか。何点かあげてみる。氏の晩年に『成城だより』というエッセイがある。雑誌「文学界」か何かに連載していた。わたしは毎回ではないがリアルタイムで読んでいた。
 大岡さんが昼飯時にそば屋にはいった。席はあいている。それなのに店員がさしでがましくも「おきゃくさん、ソコ! 」と指さした。氏はむっとして黙って店をすぐに出たらしい。わたしもときどきそういう経験をする。いまでもしゃくに障ると知らん顔して店を出る。
 おなじく『成城だより』のなかであの大江健三郎を田舎者の馬鹿扱いするところは読んでいて痛快だった。
 ある本には亡くなった江藤淳をもちろん彼の生前だが氏はある人に「江藤はクセの悪いところがある。気をつけるように」と忠告したことがあるということが書いてあった。江藤淳の本を襟を正して読んだりするのはもうやめようとわたしは思った。わたしは大岡昇平の言うことなら何でも信用する。
 いつだったか文化勲章かなにか賞を与えようとされたとき「俘虜記」や「レイテ戦記」(共にわたしは未読)など戦争のことを書いて国から賞など貰う筋合いはない、と拒否なさった。新聞でインタビュー記事を見てわたしは「偉い人だなぁ」と感心した。気骨があるとはこういうことなのだろうなぁといまでも思う。
 わたしはいま自分の人生を振り返り何か書き残すことはないかと考えると性に関することしかないように思える。性について語るのははばかられる。恥ずかしい。しかし大岡昇平の『幼年』を読むと照れてばかりはいられない。大まじめに口にできないことをこっそりと鉛筆をなめなめ書いてみようと励まされるのである。
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by hiroto_yokoyama | 2010-02-14 05:58 | ブログ