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橋本治を初めて読んだ

  三島由紀夫が松本清張のことを「文体がない」などと言ったとか言わないとか、気になっていた。
 橋本治『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』(新潮文庫)を図書館から借りた。「終章 「男」という彷徨 六 松本清張を拒絶する三島由紀夫 ──あるいは、私有される現実」をまっさきに読む。つづいて「あとがき」に目を通したがなんだか理屈っぽい。
 「終章 六」から感心したところを引用する。
……三島由紀夫の側に立ったら、松本清張の作品は、どのように見えるのか? おそらく、「大人の小説」のように見えるだろう。そして、自分の小説は、「子供のようなこじつけ小説」に見えてしまうことだろう。私には、三島由紀夫が松本清張を拒絶する理由が、なんとなく分かるような気がする。
 三島由紀夫はどこかで、自分の作品、そして自分の人生が、観念だけで作られた細工物のようだと感じていたのである。
……
 橋本治のおかげでわたしは納得できた。因みに橋本さんはわたしと同じ年。しかも3月生まれ。とても親しみを覚える。『桃尻娘』など頭から馬鹿にして読む気も起こらなかったが恐る恐る手にしてみようかと思いだした。
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by hiroto_yokoyama | 2010-03-31 07:22 | ブログ

枝野幸男とかいう政治屋に失望した

 舌が短いのか長いのか分からないが甘ったれたしゃべり方しかできない、あの枝野が失言したらしい。スポーツニッポン20面、「岩見隆夫の永田町曼荼羅」から引用する。
 「日本は明治維新ができたが、中国や朝鮮半島は近代化できなかった。日本は植民地を広げる側で、中国や朝鮮半島は植民地として侵略される側になったというのは、歴史的な必然だった」と枝野は述べたという。」らしいではないか。
 もしこのことが本当なら、謝って済むものではない。「覆水盆に返らず」という。枝野は歴史オンチ、外交センスゼロの大馬鹿政治屋だ。危なっかしいとは思いつつ、ほんの少しだがキャツを買っていたのにわたしはたいへんがっかりした。
 安重根殉国100年にあたり韓国では遺骨収集の動きがあると新聞で報じていた。枝野に手錠をかけ振りチンのまま韓国ならどこでもいい、中国なら天安門広場あたりに放りだしたら、どういうことになるだろうか? 馬鹿は死ななきゃ直らない。枝野は死んでも馬鹿のまま。以後いっさいキャツの言うことには耳を貸さないことにした。
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by hiroto_yokoyama | 2010-03-30 18:27 | ブログ

久和ひとみさんのことを覚えていますか?

 わたしは「雇われ監督」をやらないつもりだったが2本撮った。 『フリーター』(鷲尾いさ子主演)と『恋はいつもアマンドピンク』(樋口可南子主演)。ともに頼まれ仕事。
 「フリーター」という言葉はいま日常的になにげなく使われているようだが語源は映画の『フリーター』です。この映画は1987年に当時全盛を誇っていたリクルートの金で作られた。『フリーター』というタイトルはリクルート側の人間 (名前は忘れた。要するに金を出す窓口の人)が社内で検討して作ってきた。映画の興行成績が悪かったのでこれだけでは「フリーター」という言葉は残らなかったと思う。ではなぜ人口に膾炙しているのか。それは亡くなった久和ひとみさんのおかげなのだ。
 もう少し詳しく書くと、杉尾秀哉とかいう口元の緩いテレビ屋が毎日新聞のコラム「赤坂電視台」で久和さんのことをちょっと言っている。わたしはその記事を目にしたとき「あれッ、久和さんはテレビ朝日だったぞ」と以外に思った。映画『フリーター』の取材にまっさきに駆けつけてくれたのが久和さんと彼女の婚約者だった某プロデューサーだった。テレビ朝日の朝の番組で紹介された。それがきっかけで「フリーター」という言葉はマスコミに広がりいまだに残っているのだ。
 杉尾某はTBSの宣伝でコラムを書いている。その中で久和さんのことを紹介するならちゃんと「テレビ朝日」で仕事をしていたときなどと局名まで明記すべきだ。久和さんが健在ならわたしはそんなことを言う気にならないけれど「私が久和ひとみさん(故人)と「ニュースの森」のキャスターをしていたころ」とこいつは当時下っ端だったくせにさも対等であったかのように偉そうに書いている。「私は」「私の」とかは大岡昇平が嫌だと書いていたがわたしも「俺が、俺が」の人間を軽蔑する。この唇が締まらない、にやけ顔の杉尾も単なる目立ちたがり屋にすぎない。
 久和ひとみさんが亡くなってだいぶ時間が経っている。久和さんが取材してくれなかったら「フリーター」という言葉が人の口にのぼることはまずなかっただろう。杉尾のコラムを読んで義憤を感じた。このことはちゃんと言っておこうと思い急いでこの記事を書いている次第です。
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by hiroto_yokoyama | 2010-03-28 07:42 | ブログ

松浦寿輝「詩の波 詩の岸辺 3月」(毎日新聞夕刊8面)から

 いま届いた夕刊をめくっていたら目に飛び込んできた字句がある。それを孫引きさせていただく。
おお、老いた魂に
血を香り立たせる冬至の薔薇!
 わたしにはよく分からないが相澤啓三さんという方の新詩集『冬至の薔薇』 (書肆山田)の「巻頭に置かれたタイトル・ピース」がこの2行なのだそうだ。つづいて松浦氏は「かぐわしい言葉が鮮烈に咲き香る」と書いている。相澤さんは「八十歳を越え」ていらっしゃるようだ。
 不勉強のわたしは「タイトル・ピース」の何たるか、相澤さんはどういう人かをまったく知らずともかく
おお、老いた魂に
血を香り立たせる冬至の薔薇!
 をなんとカッコいい言葉かと受けとめたのであります。残念なのは新聞記事が縦書きなのに弊ブログでは横書きでしか紹介できないこと。おそらく詩集『冬至の薔薇』も縦書きで書かれているのだろうから孫引きするならそのまま縦書きでないとならないのに。
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by hiroto_yokoyama | 2010-03-25 17:50 | ブログ

新藤兼人「『断腸亭日乗』を読む」(岩波現代文庫)を読む

 『断腸亭日乗』はご存じのように永井荷風の有名な日記です。裏表紙には荷風が三十八歳から七十九歳の死の前日まで四十二年間にわたって書いたとある。ほんとうは全7巻を全部読むといいのだが新藤監督の本ならダイジェストとしては最高だろうから62歳になったばかりのわたしは老境に入る記念におとといから読み始めさっき読了した。
 小野民樹という大東文化大学の教授が解説を書いているが「解説」としてとてもいい。「『断腸亭日乗』を読む」時間もないという方はせめてこの解説だけでも読まれることを薦めます。
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by hiroto_yokoyama | 2010-03-17 19:02 | ブログ

週刊誌的話題から

 週刊文春3/25号の広告。小さい活字だが「バラまき予算」の真実 鳩山首相は 日教組 自治労 パチンコ業界の〝使用人〟だ(高橋洋一と署名)。平野、山岡、北澤、輿石…アホウと罵られる 鳩山民主の「愚か者」(署名はない)。ふたつともにわたしには本当のことだと思える。
 スポニチ19面小林議員 辞職意向だって。小林とは民主党の芸妓議員・小林千代美のこと。早く辞めることを切望する。
 スポニチ1面にでかでかと風俗嬢(わたしの勘違い)の写真が出ている。「エリカ様」だって。金に困ってのことだろうが歯を矯正してまで必死の売り込み。もう遅い。若い女の股ぐらを盗撮する馬鹿野郎どもに奉仕で大股開きの携帯写真を撮らせたりすれば復帰も少しは可能だろうが文春沢尻エリカ鮮烈ボディーを独占公開程度ではダメだと思うよ、この女。
 それにしてもスメグマがいっぱいたまったような若い女の汚い股ぐら写真を撮る痴呆が減らないのはどうしたことなのだろう。どう考えてもわたしには分からない。
 いつものことですが又又つまらないことを書いてしまってごめんなさい。
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by hiroto_yokoyama | 2010-03-17 06:19 | ブログ

「映画界の人材育成」について

 毎日新聞きょうの夕刊5面「Crossroads」というコーナーに勝田知巳という人が記事を書いている。はじめの何行かを引用。
 かつて「映画の学校」と呼ばれ、映画作りのイロハを教え込む場でもあった撮影所がその機能を失ってから、人材育成の問題が映画界を悩ませていた。……
 この文章を読むと勝田さんという人は若い方だろうと想像できる。わたしは1973年(昭和48年)から4年6ヶ月東映東京撮影所で契約助監督として働いた。撮影所が「映画の学校」と思うことができはじめたのは監督第1作『純』を撮り終えてしばらくたってからのことだった。撮影所は特別の場所ではなくごくごく普通の職場でしかない。刑事が育たないという話はもう20年くらい前からときどき新聞記事などで見る。「事件」は刑事を育てるために起きるわけではない。同じように撮影所は映画を効率よく作るための工場であってけっして「学校」ではない。
 水をさすようで申し訳ないが日本映画学校で講師をしたり福岡市で映画塾をやってみた経験から言えば、映画に限らず仕事というものは口をあんぐり開けてだれかが呑み込ませてくれるものではないと思う。映画界にほとんど絶望している62歳の老人が言う戯言(たわごと)とお聞き流しください。
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by hiroto_yokoyama | 2010-03-16 18:43 | 映画

いつものようにつまらない話をひとつ

 「シルビオ・ベルルスコーニ首相をノーベル平和賞に推薦」だって。イタリアのある団体の「冗談」(いや、本気らしい。スポニチ22面)。同紙によると「首相は多くの汚職事件の被告となったほか、数々の女性スキャンダルや失言で国際的な批判を浴びている。」とのこと。
 数日前ベルルスコーニ首相の記者会見の席。ハゲの記者が何が原因か分からないがえらく怒っている。関係者がとりなそうとしてもハゲは鎮まらない。壇上の首相が口をきった。「お前が怒るのは分かるよ。毎日鏡の前で髪をとかすのがたいへんだからだよな」だって。このハゲに髪の毛はまったくない。わたしは偶々テレビで見ていて笑ってしまった。どこかの国の首相・鳩サルベもこのくらい不良で明るくしていたらわたしは支持するのだが爬虫類のような顔をして人間は小さいし女房は厚塗りのチビのくせに目立ちたがり屋だしいいところはひとつもない。イタリアに移民したいよ。イタリアで思い出したがヨーロッパ・アート系の映画で最大のヒットを飛ばした『ニュー・シネマ・パラダイス』はよかった。
 「我が秘密の半生」(秘密というほど大げさなことでもないが)を記そうとしているわたしとしては映画好きの少年が映画館に走るシーン(そんなシーンあったっけ? 覚えていない)がWったりなんかしてベルルスコーニ首相のおかげで楽しいひとときが過ごせた。
 わが鳩ポッポがんばれ! 一日も早く小沢ともども政治屋をやめてくれ!
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by hiroto_yokoyama | 2010-03-13 06:39 | ブログ

村上元三『ひとり狼』(「時代小説の楽しみ 三 関八州の旅がらす」(新潮社)所収)を読む

 映画ファンなら誰でも知っている 市川雷蔵主演『ひとり狼』(監督:池広一夫)の原作。わたしはこの映画のビデオを持っている。
 シナリオ(脚本:直居欽哉)を読んでみたくなりネットで検索してみたが雑誌などに掲載されなかったようだ。残念無念。図書館には村上元三の原作があるので前に読んだことがあるような気がしたがもう一度読んでみる気になって借りてきた。
 もうすぐ62歳。ボケるには早すぎるがどうやら今回読むのが初めてらしい。ビデオはレンタル用のものをネットで求めたのでちゃんと見られるかどうか分からない。テープに黴がはえているかもしれない。再生するのが恐い。デッキが壊れてもいいから近いうちに映画『ひとり狼』を必ずみよう。雷蔵扮する伊三蔵 (いさぞう)は原作のイメージ通りとってもカッコいい。真似したくなる。
 雷蔵の代表作は森一生監督『ある殺し屋』とこの『ひとり狼』だとわたしは思う。ビデオパッケージにある惹句を引用。
おれにドスを抜かせるな、無駄な死人がまたふえる! 木曽の夕陽に冷たく笑う一本どっこの凄い奴!
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by hiroto_yokoyama | 2010-03-12 21:56 | 映画

松本圭二『詩人調査』(「新潮」3月号)を読む

 「小説家52人の」「日記リレー」を読み終わり雑誌「新潮」に用はない。図書館に返却しようと最後の古井由吉氏の日記のページをめくってみたら、
 タクシードライバーをしておったんです。
という文章が目に入った。みなさんもご承知かと思いますがわたしもタクシー運転手を5年しておりました。たとえ小説のウソでも気になります。次は
このご時世ですから、あんまり儲かってはおりませんでしたが、人の道を外さない程度には真面目にやってきたつもりなんです。それなりのプロ意識もありました。かれこれ一五年、無事故無違反ですよ。優秀ドライバーの表彰は何度もいただいております。それがあなた、一日にして失格ドライバーだ。
 と続いているではありませんか。もう止まりません。女であれ男であれ自分より年下の者が書くものは金原某に限らず忌避する方針なのですがこの 『詩人調査』はべつ。最後まで読みました。とても興味ぶかく楽しく笑いながら昨日読み終わり気分がとてもいいのです。
 読んでいる途中これを書いた人はどんな人だろうと、まだ見ていなかった目次を覗きました。惹句は
詩人VS金髪エイリアン!? 萩原朔太郎賞作家の衝撃作。
 へたな売り文句! 映画屋さんだったらもう少しうまい。この 「金髪エイリアン」というのはわたしの大好きな妻も認めている、あのアメリカの第67代国務長官ヒラリー・クリントンなのだ。小説のなかでは国務長官ではなく
この地球と呼ばれる惑星に、本当に「詩人」なる生物が存在するのかどうか。 それを調査選別するというのが宇宙公務員ヒラリー・クリントン女史の仕事なのだ。
 国務長官をエイリアンにしたてたりなんかして不敬罪に問われないのだろうかと余計な心配をする。
「トラさん」こと(アル中)タクシードライバー園部航が、……
 語る一人称小説。ちなみに「トラさん」とはあの「フーテンの寅」ではなくましてうちの飼い猫「寅彦」などではなく映画「タクシー・ドライバー」の主人公トラヴィスの「トラ」と聞くに及んでは笑ってしまいます。
 この小説を書いた人はいくつなんだろうか? 雑誌のうしろに「今月の執筆者(五十音順、生没年は西暦)」というのがあって松本圭二(まつもと・けいじ)詩人。65年生。「ロング・リリイフ」「アストロノート」とありました。
 この記事を書く前にパソコンで検索してみたら「松本圭二」さんという方はちゃんと実在しておられるようでなんと福岡市在住というのも本当のようです。
 『詩人調査』に2ヶ所付箋紙を貼っていますが、ついでにそこのところも引用します。
だいたい日本のタクシードライバーはですよ、堅苦しい制服を着て、変な帽子を被らされて、はっきり言ってカッコ悪いんですね。おっさんにしか似合わないような格好ですもんね。ニューヨークとはずいぶん違いますから。どこがトラヴィスかよって話ですよ。
 ついでに言うとわたしの勤務したバード・タクシー(仮名)ではダサイ制服は着せられたけれどあの片岡千恵蔵の七つの顔の運転手の帽子は被らなくてよかったので運転手をやってみる決心がついたのでした。もうひとつ引用。
でもね、まだ若かったんです。それで失敗しました。「過去を棄てた男」になりきれなかったんですね。過去を問わない、語らないというのも、タクシードライバーの鉄則というか、美学なんです。「過去を棄てた男」なんてカッコいいのかカッコ悪いのかわかりませんけどね。わたしはそれができなかった。
 わたしもついに馬鹿にはなりきれなかった。
 ということで文芸誌で小説を読んだのは久しぶり。何年ぶりかも思い出せません。この小説を書いた松本圭二さんは「詩人」と書いてあるのでこの 『詩人調査』が初めての小説なのかも知れませんが次の作品を期待します。氏の詩も機会があったら読んでみたい。公式ホームページをお持ちなようなので場合によってはメールでも出してみようかなという気になるくらいおもしろい、おかしな小説でした。
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by hiroto_yokoyama | 2010-03-12 05:56 | ブログ