わたしは「雇われ監督」をやらないつもりだったが2本撮った。 『フリーター』(鷲尾いさ子主演)と『恋はいつもアマンドピンク』(樋口可南子主演)。ともに頼まれ仕事。
「フリーター」という言葉はいま日常的になにげなく使われているようだが語源は映画の『フリーター』です。この映画は1987年に当時全盛を誇っていたリクルートの金で作られた。『フリーター』というタイトルはリクルート側の人間 (名前は忘れた。要するに金を出す窓口の人)が社内で検討して作ってきた。映画の興行成績が悪かったのでこれだけでは「フリーター」という言葉は残らなかったと思う。ではなぜ人口に膾炙しているのか。それは亡くなった久和ひとみさんのおかげなのだ。 もう少し詳しく書くと、杉尾秀哉とかいう口元の緩いテレビ屋が毎日新聞のコラム「赤坂電視台」で久和さんのことをちょっと言っている。わたしはその記事を目にしたとき「あれッ、久和さんはテレビ朝日だったぞ」と以外に思った。映画『フリーター』の取材にまっさきに駆けつけてくれたのが久和さんと彼女の婚約者だった某プロデューサーだった。テレビ朝日の朝の番組で紹介された。それがきっかけで「フリーター」という言葉はマスコミに広がりいまだに残っているのだ。 杉尾某はTBSの宣伝でコラムを書いている。その中で久和さんのことを紹介するならちゃんと「テレビ朝日」で仕事をしていたときなどと局名まで明記すべきだ。久和さんが健在ならわたしはそんなことを言う気にならないけれど「私が久和ひとみさん(故人)と「ニュースの森」のキャスターをしていたころ」とこいつは当時下っ端だったくせにさも対等であったかのように偉そうに書いている。「私は」「私の」とかは大岡昇平が嫌だと書いていたがわたしも「俺が、俺が」の人間を軽蔑する。この唇が締まらない、にやけ顔の杉尾も単なる目立ちたがり屋にすぎない。 久和ひとみさんが亡くなってだいぶ時間が経っている。久和さんが取材してくれなかったら「フリーター」という言葉が人の口にのぼることはまずなかっただろう。杉尾のコラムを読んで義憤を感じた。このことはちゃんと言っておこうと思い急いでこの記事を書いている次第です。
by hiroto_yokoyama
| 2010-03-28 07:42
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